第17話 座敷童の話

 ポンが若桜町の中学校に通いはじめて数日がたった。

 サナの幼なじみだというセリカはなにかとポンの面倒をみてくれた。

 学校のこと。町のこと。色々教えてくれたし,クラスメイトとの仲も取り持ってくれた。

 セリカの紹介で、イマとカノンという二人の女の子とも仲良くなった。

 イマは同い年とは思えない大人びた見た目で、モデルだといっても通用しそうな体系をしている。ちょっとうらやましい。

 カノンはちょっと気弱で占い好き。昨日占ってもらったところによると、ポンは近々財布を無くすから注意、とのこと。気をつけよう。

 毎日、楽しかった。

 現在。

 ポン、セリカ、イマ、カノンの四人で机をくっつけて給食を食べている。

「ねえねえ。今夜さ、うちに泊まりに来ない? 今日お父さんもお母さんも仕事で帰ってこられなくって」

 そういったのは、イマだった。

「うん。いく」

 最初に返事をしたのはセリカだった。

「ごめん。私は今夜、お父さんとお母さんとご飯食べにいくから」

 カノンは残念そうだった。

 そして全員の視線がポンに集まる。

「私も……いっていい?」

 少し悩んだけど、ポンはそう答えた。

 返事をしてから、ちょっと楽しみだなって思った。


 皮がついたままのタケノコ。その先っぽを切り落とすと、先端でV字に切れ込みを入れる。この時、皮だけに切れ目が入るように、力加減に注意する。

 大きな土鍋にタケノコを入れると、そこに米のとぎ汁を注ぐ。

「米ぬかを使うのが一般的やけど、とぎ汁でもええんやで」

 ここは『和食処 若櫻』の店内。ポンは学校から帰ってくると、いつものようにコンに料理を教わる。

「あの、コンさん。今夜、イマちゃん……友達のところに泊まりにいくんです」

 手を洗い、タオルで拭きながらポンはいった。

「ああ。イマちゃんのところやね」

「コンさん、イマちゃんのこと知ってるんですか?」

 コンは笑顔でうなずく。

「楽しんで来てや。ミキさんにもよろしく」

 ミキ、というのが誰かわからなかったが、とりあえずうずいておいた。


 古民家を改装した民宿。

 その薄暗い廊下を、一人の女性が歩く。

 その一歩ごとに、床がギシリ、ギシリと軋む。

 歩く。ギシリ。歩く。ギシリ。歩く。ギシリ。

 微かに声が聞こえるが、廊下の先は暗く、何も見えない。

「シゲルさん?」

 女性は恐怖に震える声で暗闇に呼びかけるが、返事はない。

 意を決した表情で、歩みを進める。

 徐々に声がはっきり聞こえてくる。

 それは幼い女の子の声で、歌を歌っていた。


 あんたがたどこさ 肥後さ

 肥後どこさ 熊本さ

 熊本どこさ 船場さ

 船場山には狸がおってさ

 それを猟師が鉄砲で撃ってさ

 煮てさ 焼いてさ 食ってさ

 それを木の葉でちょいと隠せ


 声の方へ、一歩、また一歩と進んでいくと突然、なにかにつまずいた。

 見ると、それは人間だった。

 成人男性が廊下にあおむけで倒れていた。

 それを見た瞬間、女性の目は見開き、足はガクガクと震えはじめる。

 暗くてはっきりとは見えなかったが、男性の腹部は血で赤く染まっていた。ケチャップに見える気がするが、血ということになっているらしい。

「お姉ちゃん。遊ぼ」

 女の子の声。

 ゆっくりと顔をあげると、廊下の先に女の子が立っていた。

 女の子はおかっぱで、和服を着ている。

「遊ぼ。遊ぼ。遊ぼ。お姉ちゃん、遊ぼ」

 女の子は感情のない平坦な声で笑顔を浮かべながら、女性に近ずく。

「私ね、手毬で遊びたいんた」

 そして、女の子は倒れていた男性の腹部、血だまりの中に手を入れ、引き抜く。

 その手には、血の塊、何らかの臓器らしきものが握られていた。ゴムのような質感に見えるが、臓器だ。

「さ、遊ぼ」

 女の子はその臓器を、床に投げつける。

 ピチャリ、という嫌な音と共に、それが飛び散る様子が安っぽいCGで表現される。

「つまんないの。手毬、壊れちゃった」

 女の子の視線は、女性にむけられる。

「お姉ちゃんの手毬は、これより丈夫かな? いっぱい遊べるかな?」

「あ、え、ああ。ああ」

 女性は震えながら、言葉にならない声を発する。

「遊ぼ。お姉ちゃん」

 女の子は無邪気な笑顔を浮かべた。

 女性の絶叫が響く。


 古民家を改装したイマの家。

 泊まりにきたポンとセリカ。

 夕食を食べて、お風呂に入って、それからイマが「GE〇で映画借りてきたんだけど、みんなで見ない?」といいだしたのだ。

 で、いざ見始めるとそれは出来の悪いスプラッターよりのホラー映画だった。


 あらすじ

 都会から田舎に引っ越してきた、ある若い夫婦は古民家を改装し民宿を営みはじめるが、実はこの古民家には座敷童が住み着いていた。

 その存在に気付いた夫婦は当初、座敷童を大切に扱い、民宿は不思議な力で繫盛していった。

 しかし、次第に欲に目がくらんだ夫婦は座敷童を脅して客を呼ばせようとする。

 だが、激昂した座敷童の反撃がはじまる。

 はじめは宿泊客を。続いて夫婦を襲撃しはじめたのだ。


「うーん。B級映画だと思ってたけど、なんか思ってた以上にチープだったね」

 イマはやや不満げにいいながら、レコーダーからディスクを取り出す。

 セリカも少し不満そうだ。

「この映画ね、見るのははじめてなんだけど、役者さんのインタビューが前に読んだ雑誌に載ってて、それが頭をよぎって集中できなかったかな。あの目玉をすするシーンはヨーグルトを寒天で固めてるんだって、余計なこと考えちゃった」

 そしてポンはというと。

 ゆっくりと立ち上がる。引きつって、青ざめた表情で。

「あの、イマちゃん。お手洗い、借りていいかな?」

 どこかぎこちない口調でポンはいった。

「あ、うん。廊下まっすぐいって、階段の隣のドア。大丈夫?」

 イマは心配そうな視線をむける。

「うん。ダイジョウブダヨ」

 ポンはそういっておかしな歩き方で廊下に出る。

 小学校に上がるかどうかという頃、知り合いにチケットを貰ったとかで、ホラー映画を見にいった。ホラー映画といっても、子供向けのかなりコミカルなやつだ。

 しかし、恐かった。

 一週間、まともに寝付けなくなって、熱を出して、両親には心配を通り越して呆れられた。

 以来、ホラーというジャンルには近寄らないようにしていたが、もう中学生だし大丈夫だろうと思った。

 駄目だった。

 恐かった。

 さらにイマもセリカもあまり恐くなかったなんていうものだから、周囲と恐怖感を共有することすらできなかった。

 大きなため息をつく。

 忘れよう。

 飛び散る血潮も、肉片と化した臓器も、不気味な笑顔の座敷童も。全部忘れて、楽しいお泊り会を楽しもう。

 そう思いながら顔をあげると、そこにいた。

 おかっぱの、小学校低学年くらいの女の子がそこにいた。

 その見た目、まさに座敷童。

「あら。お客さんってセリカだけじゃなかったのね」

 そういいながら女の子は近寄ってくる。

 ポンは逃げ出そうとした。しかし出来ない。足が震えて動かなかった。

「ふーん。アンタ、アタシが見えるの」

 物珍しいものを見るように女の子は近寄ってくると、クンクンと匂いを嗅ぐ。

「化けダヌキね。相変わらず珍しいものと仲良くなるわね。イマも」

 ポンはワナワナと口を震わせながら、その場に尻もちをついた。

「大丈夫?」

 女の子は微笑みかける。その笑顔は、さっきの映画の座敷童にそっくりだった。

「ギャー!」

 ポンの悲鳴が響いた。


「まったく。イマが変な映画借りてくるからよ」

 イマの自室。女の子は腕組みをして足元に正座するイマをにらみつける。

「ごめんなさい」

 イマは女の子の前に正座している。

「き、気にしないで。ちょっとびっくりしただけだから」

 ポンは女の子の横に座り、目元の涙を指先で拭う。

「でも、イマちゃんって妹いたんだね」

 女の子に視線を移しながらいったその瞬間。

「誰がチビよ! アタシ、これでも十六なのよ! お前の目は節穴かー!」

 女の子はポンに詰め寄る。

「あ、あの、えっと」

 ポンは勢いに押され、再び目に涙がにじむ。

「はいはい。ミキちゃん先輩も、ポンちゃんを恐がらせないでください」

 そういってミキの首元を掴んで引き離したのはセリカだった。

「ごめんね。ポンちゃん。このヒトはミキちゃんセンパイ。イマちゃんと暮らしてる、おキツネさんの幽霊さん」

「ミキよ。イマの、お世話係。よろしく」

 セリカに紹介されて、ミキは首元を掴まれたまま頬を膨らませ、不機嫌そうにいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る