第34話 戦後
~ シーナ魔道軍将 エンヴィー・ヒューズ ~
偵察に向かわせた第一陣はほぼ全滅した。三分の一が殉職、三分の一が前線復帰までに数か月必要なレベルの重傷を負い、残りの三分の一も完全に心が折られた。
アデュバルの娘による投石、ただ一度の接触で徹底的に鍛えられた我が軍の兵士が崩壊させられてしまった。パントダールの鉄壁の外壁のように。
「カルマ、嵐の巫女はいまどこに?」
「精神的に不安定で動けないとのこと」
「ちっ」
これだから貴族は……。
ひとり殺させただけでこれだ。
「どちらにせよ嵐の巫女を運ぶにはムグラの森を経由するか、尾根伝いに誘導するしかありません。あの不安定な加護持ちの護衛をトラブルなく完遂できる兵など……」
ムグラの森か……。
「クラウス」
「なんでしょう、ゴホッ」
「ジャバナとデジーに協力者がいるとは考えられないか」
「あの者たちに
見世物小屋の連中の遺体は回収して解剖に回したし、ノーマットも確かに死んでいた。
「マキナ・シーカリウス……」
「ハーデの人形がなにか?」
「いや、なんでもない」
マキナ・シーカリウスは完成した瞬間にシーナの兵を殺し始めた。逃げてからもずっと無軌道な殺戮を繰り返している。行動から推測すれば、あれは殺すことしか知らぬ意思のない人形だ。ホワイトフェザーの指示でムグラの森の交通を妨げていると考えるのは無理がある。
ホワイトフェザーが結界を使って生存しつつマキナをムグラの森に誘導したとすればどうだ。
父とよく似ている。
こちらの予測しない行動で翻弄、気づけば不利になり、行動が制限されてしまう。
ムグラの森から攻め、充分な兵を確保したうえで山狩りを開始するのもひとつの手かもしれん。
いや、まてよ。
「ラトを呼べ、カルマ」
「はっ」
アイザックの報復。
魔道の戦力を削るのが目的、あるいは俺を失脚させる目的でクロックが芝居をしている可能性も否定できない。
ムグラの森を封鎖すれば正規の援軍は望めず、ラクト=フォーゲルから送られる魔道と重装が中心になる。加護持ちと我々を衝突させて戦力、魔道の政治的な発言力を減らせば、相対的に騎馬が力を得るわけだ。
騎馬には動機があり、遂行するだけの力もある。
もしも騎馬が俺を陥れるために
騎馬の将クロックは失脚、断罪され、軍内部での力もなくなる。敵勢力、それも加護持ちにつけ入る隙を与えたとなれば、魔道の罪など
「お呼びでしょうか、エンヴィー殿」
「ムグラの森の怪異について知りたい。なにか情報を持っているか?」
「素早い魔物であるとしか……」
「姿は?」
「見た物はおりません。闇に紛れて急襲、兵士に重傷を負わせたうえ、小麦などの食料品などを奪い逃走」
「被害に遭ったのは騎馬か?」
「護衛任務にあたる者が襲われております。主に騎馬、重装、弓兵。重傷を負い、療養している者のなかには私の直属の部下もおりました」
平然とした様子で言ってのけるラト。
嘘をついた時の緊張はないし、声がうわずった感じもない。
「ムグラの森の怪異はクロックの自演だと、俺はそう睨んでいる」
「御冗談を」
ラトは手を後ろに組み、直立不動で俺を見据えていた。
騎馬にしては線が細いし、威圧感がない。一見するとどこにでもいる優男のような印象だった。
が、俺の発言を聞いたラトの立ち振る舞いや表情は、幾度となく俺を苦しめてきたシーナの矛、騎馬の男そのものだった。
「なぜ冗談だと言い切れる」
「騎馬大将クロック・アシモフは将の器ではない。ですが騎馬の美質、騎馬の兵士としての魂は、他の誰よりも色濃い」
「問う、騎馬の美質とは?」
「仲間や民を護り、最善を尽くす」
たしかに騎馬の性質から考えると、仲間を傷つけてまで魔道を
「お前が将になればどうなる」
「本質は変わらないでしょう。戦い方が変わるだけで」
「理想論。大局的な勝利を手に入れるためには、民や兵を犠牲にすべき場面もあるぞ」
「だとしても……」
ラトの背後に騎馬の気配を感じた。
英雄アイザック・ホワイトフェザーや、クロック・アシモフが放っていた、己を貫く信念、殺気にも似た、濃密な意志の気配を。
「だとしても我々は最期まで抵抗するでしょうし、命尽きる瞬間まで最善を尽くすでしょう」
少しは見所のある奴だと思っていたが、騎馬は騎馬か。利用するだけ利用したらこの男も処理するとしよう。
騎馬には抜本的な改革が必要だ。正義だ理想だなど口にしない従順な兵士を育成する組織になってもらわねば。
「もういい、行け」
「はっ」
ムグラの森は……。
使いをやってラトの発言の裏をとるか。加護持ちの相手をしている間に妙な動きをされたら面倒だ。
内にも外にも敵がいる。最大限に警戒せねばならん。
「クラウス、ムグラの森の怪異とラトの証言の真偽を確認しに行け。本当に騎馬の兵が受傷していたのか、怪異の姿を見た者がいないのかを」
「かしこまりました」
騎馬の動きが明白になれば、怖れるものはない。
「カルマ、戦の仕度を」
「どのような布陣で?」
「先陣は魔道、投石を防ぐ。重装とパントダールにいた弓兵を後ろに控えさせ、加護持ちふたりを警戒しつつ前線を押す」
「結界はどのように?」
「あれは並大抵の魔道士ではどうにもならん、俺が破壊する」
「杖を?」
「無論。使える戦力はすべて使う」
「……」
無言でうつむくカルマ。
「どうした」
「恐怖を……、感じました」
「アデュバルの娘か」
「剣もなく、バックアップも望めない状況で……、私はあの化け物と対峙し、なすすべもなく敗北した……」
「加護持ちを相手にすれば、どのような強者であっても臆する」
「決して潰れぬ剣を……、持たせてはくれないでしょうか……」
なるほど、そういうことか。
「ハーデの武器を使いたい、と?」
「私のような立場の者が振れる品でないことは理解しています。ハーデの遺作は国宝。一兵士である私が使ってよい物ではない。そんなことは重々理解しているのです。しかし剣の柄を握るたびに思い出すのです。潰れた剣先、ホワイトフェザーの表情、迫りくるアデュバルの拳」
「……」
「あの男を、あの娘を貫かなければこの屈辱が拭われることはない……」
噛んだ唇から血が滴る。
「前任の魔道軍将は雷を操った。悪知恵の働く、悪運の強い女だった」
「
「グレスラーの魔道の血、そしてシーナの謀略の血、そのどちらもが、あの女のなかに存在していた。まったく悪い見本だった」
「最期は自らの魔法で命を断ったとか……」
「俺が追い詰めた。あの女もよく言っていたよ。前任者は悪い見本だったと。これが魔道の歴史なんだろうな」
「あなたが悪い見本だとは思いません」
「ククク。いつその考えが変わるかが楽しみだ」
魔道の歴史は、シーナの陰の歴史。
国を揺るがすような大事件の陰には、必ず魔道がいた。
正義や理想などは必要ない。
国の安寧のために自ら泥をかぶる。それが魔道だ。
「ハーデの突剣の使用を許可する」
「よろしいのですか!?」
「ただし俺の許可は非公式だ。意味がわかるか?」
「私の責任で持てと、そう仰っているのですね?」
「俺はもっと上に行く。魔道の将で終わるつもりはない。お前を
「了解しました。私は、私の意思でハーデの突剣を抜きます」
「とはいえ、お前のような忠実な副官を失いたくはない。俺は必ずホワイトフェザーの結界を割る。お前はなにも考えず奴らの胸に剣を突き立てろ」
「はっ!」
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