第27話 盤上の駒
~ シーナ魔道軍将エンヴィー・ヒューズ ~
軍に入隊した頃からそうだった。騎馬の連中は妙に鋭く、傲慢で、自分の価値観を押し付ける傾向があった。かつての将、ホワイトフェザーも。
「アンネ……」
「しょうがないだろ! こいつが脅すから!」
最高の大将と呼び称えられた最年少の英雄ホワイトフェザーが認めた騎馬兵、クロック・アシモフ。騎馬に所属する兵士のなかでもズバ抜けて戦闘能力が高く、相手を委縮させ、冷静さを奪うほどの威圧感がある。
「脅すつもりなどないのだが、みな俺に恐怖する。なぜだろうな」
アイザックの方が思考が柔軟な分、まだマシだった。こいつの頭は鉱石のようにかたく融通が効かない。それにくわえて、この圧迫感だ。
「別に隠していたつもりはない」
「つもりは関係ない。事実が隠れていたのが問題なのだ。なぜ加護持ちがシーナに協力している」
「彼女はシーナ国民ではない」
「彼の暗殺が帝王の勅命であったことは把握した。英雄の子が加護持ちというのはシーナの面体に関わる」
「随分と物わかりがいいな」
「国のやり方に口を出すのは俺の仕事じゃない」
アシモフの怒りの感情が、場を満たした。
「口と態度が違うようだが?」
「もしも俺がお前の立場であったら、俺は軍人であることを止めただろう」
凄まじいプレッシャー。
アンネが口を割ったのもうなずける。こりゃ若いのには相当きついだろう。
「いまの言葉、聞かなかったことにする」
「構わん、好きにしろ。俺は知られて困ることを口に出しはしない」
兵士の優劣は非常時でないとわからない。本物だと思っていた人間が偽物で、偽物が本物だったりするもの。こういう盤面は、兵士の力を試すのにうってつけだ。この男は……。
余計なことを口にできない精神的にプレッシャーを受けるこの盤面、まったく物怖じせず冷静さを失わず、余計なことを口にしない。
「それで、なぜわざわざこの場所に来た」
「これからの動きについて確認したいのだ。まさか、彼を殺した時のような謀略はあるまいな?」
「ない。実際にアイツらと戦った。嘘や偽りはない」
「ジャバナと戦ったのか?」
「やられた。あれは強いぞ」
「お前は犬のような男だな」
「なにが言いたい」
「国を揺るがす大事件を将である俺が知らんのはなぜだエンヴィー。将が加護持ちにやられたとあっては名に傷がつく。それで情報を秘匿したのだろう? エサを隠す犬と一緒だ」
「シーナの未来のため」
「ふっ」
「なにを笑っている」
「言葉を間違っているぞ。お前の将来のため、だ」
「貴様……」
「あの人は魔道を嫌っていた。お前らのそういう側面をな。シーナの影だと」
「実体のもとに影は生じる」
「精霊と同様、必要悪だと、言いたいのか?」
「その通りだ。組織の運営には必要だ。私たちのように汚く働く者が」
アシモフの威圧感が増した。息も出来ぬほどに強烈な憤怒。
反射的にカルマが剣の柄に手をかける。
「エンヴィーが副官カルマだな?」
「……」
「選ばれた者なんてたいそうな通り名で呼ばれているそうだな。それを抜いた時が、お前の人生の終わる瞬間だ」
場に張り詰める緊張感、達人同士の殺意の応酬。
「よせカルマ。お前の勝てる相手じゃない」
「……」
「落ち着け、剣から手を離せ」
「はい……」
これが新たな騎馬の将。
あの男の陰に隠れていたのか、これほどの強者が。
「アデュバルとレナンは、シーナの危機だ」
「根拠は」
「根拠? あの男の息子が加護持ちになっただけでなく、アデュバルと手を組んでいるんだぞ? これほどの危機が——」
「見世物小屋が襲撃されたな、あれも魔道の仕業か?」
「だとしたらなんだ」
「奴らの狙いがシーナなのか、それともお前個人なのかを知りたい」
「なんだと?」
「見世物小屋を潰したのがお前だとすれば、エンヴィー。奴らが欲しいのはお前の首なのではないか?」
「自分がなにを言っているのか理解しているのか」
「加護持ちの協力で我が師を殺したのだろう? 奴らがただの化け物ではなく、必ずしも敵対するとは限らないことをお前自身が証明した」
「奴らは暴走する」
「死の直前にな。暴走以前の彼らは良き隣人になりうる」
「国はそう考えていない」
「都合の悪い情報は上申しないからな」
「なんだと!?」
「お前の反応ですべてを理解した。我ら騎馬は主要都市の専守防衛に勤める。レナンのホワイトフェザー、アデュバルのスカイラー、ハーデの兵器については攻撃されない限りタッチしない」
「シーナの危機だぞ? なにを甘いことを」
「お前は本当に汚い奴だ、エンヴィー。彼は間違っていなかった」
騎馬大将クロック・アシモフは悠然と立ち上がり、背を向ける。
「まて、話は終わってないぞ!?」
「すでに知るべきことは知り、行動の指針も得た。今回の争いの王はお前だ。危機的状況に陥っているのは国ではなく、お前個人。お前が恨まれ、お前が攻められている。騎馬は関係がない」
若造が。
「騎馬、弓、魔道、重装が互いに支援し合うのは当然のこと」
「嬉々として彼を殺害した魔道と足並みをそろえろと?」
「国の意向だ」
「お前の都合のいい情報だけを与えられ、偏った知見で行動せねばならぬ上が不憫でならん」
「不敬だぞ」
「いったい誰に」
「皇帝に」
「俺は上としか言っていない」
アシモフが去った後、ふと気がついた。まるで悪夢から目を醒ました時のように、てのひらにも、背中にもびっしょりと汗をかいている、と。
「騎馬にあんなのがいたなんて」
と、アンネがもらす。
「ホワイトフェザーの後ろにいて目立たなかったのだろう。次だ」
「え?」
「精霊のガキふたりとマキナを仕留めた後は、あれを失脚させる」
「おいおい勘弁してくれよエンヴィー。騎馬と揉めたくない。あいつが敵になるって考えるだけで寿命が縮まるって」
「だからだ。クロック・アシモフがいる以上、重装にも魔道にも安息の日は訪れんだろう」
内にも外にも、敵。
ホワイトフェザーと比較すれば頭の回らぬだけアシモフの方が楽かもしれんが、あの圧迫感だけは……。
とにかく、ひとつずつ片づけていかねばなるまい。
まずはホワイトフェザーの負の遺産、ジャバナ、そして危険な精霊・アデュバルの娘、殺戮兵器マキナ。
「アンネ、奴らの情報は?」
「沈黙してる。山狩りに出たうちら重装の部隊が全滅したのが最後さ」
「埋葬されていた部隊か」
「奇妙な話だね、いったい誰がそんなことをするんだろう」
「すくなくともジャバナではない。そんな無駄なことをする男ではないからな」
「ではマキナが?」
「殺戮兵器が死者の埋葬を? バカな。かつて襲われた村で埋葬された形跡はなかった」
「軍に思い入れがあるとか。確かマキナを作った技師はシーナの軍部が保護していたんだろう?」
「魔道の者がマキナらしき者に襲撃されたことがあったが、埋葬などされていなかった」
「じゃあいったい誰がしたんだろうな、嫌われ者のシーナ軍人の死を弔うなんて奇妙な真似を」
なにが起こっているかはわからないが、ここまで情報がないとすれば……。
「あるいは奴ら、相打ったのかもしれん」
「マキナと加護持ちが?」
「例えばアデュバルの女がマキナに殺害される、そうなれば残るは結界のジャバナだが、奴には攻撃手段がない。ジリジリと攻められて結界すら張れなくなり……」
「だといいけどね。ところでさ、奴ら、本当にラクト=フォーゲルに?」
「ジャバナの母、シェナ=グラシアはグラスラーの出身だ」
「それだけが理由?」
「南方に逃げれば海しかない、船で渡っても獣人の国ヨルグ。北方は蛮人の住処で西にはホワイトフェザーを討った嵐の王妃。北と西、南に逃げたのなら対処のしようはあるが東にいかれれば手が出せん。護るなら東」
「ふぅん」
ラクト=フォーゲルの防衛という先手はうった。各都市の警戒レベルも最大限に上げている。
次はお前が駒を動かす番だジャバナ。
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