第22話 指針
なにかを始める時、
自分がなにをどうしたいのか、なにをしたら満足できるのか、そして、障害になりうるのはなんなのか、そういうことを正確に認識していなくてはならない。
僕らが幸せになるためには新天地に赴く必要がある。魚は陸では息が出来ないし、立派な魔獣だって水に入ってしまえば溺れるだけ。幸福の獲得には、相応の場所というのが必要なのである。
シーナは適切な場所だとは言えない。加護持ちはゴミみたいに扱われるし、僕にもデジーさんにもいい思い出がない。となれば旅立つ他あるまい。
勝利の条件はシーナの脱出、もっと近々の条件は橋を渡ることなのだが、もちろん五体満足で誰ひとり欠けることなく成功せねばならない。目先の利益に囚われるあまり本質を見失ってはならない。
幸せになる。
山賊に襲われた時に芽生えた強烈でリアルな目標。それが第一義。橋を渡ること、シーナの脱出はその手段でしかないのだ。
「デジーさん、マキナ、これからの方針について話したいんだけど、いい?」
ふたりは力強くうなずく。
「僕は幸せになるために戦う。いままで奪われてきた平穏な時間や愛のある空気、安心して眠れるベッドや何気ない朝を取り返したいんだ。デジーさんはどう?」
「私も幸せになりたいです」
顔を赤らめながら、デジーさんは続ける。
「あなたと、一緒に」
「文字通り危険な橋を渡ることになるでしょう。それでも進みますか?」
まるで天使のように微笑みながら、デジーさんは答えた。
「もちろん、ジャバさんが選んだ道なら」
「僕のせいで死ぬかもしれないよ?」
「あなたの妻になることを決めた日からです」
「はい?」
「あなたの妻になった日から一度だってあなたの決断を疑ったことはありません。頭が悪くて、体の使い方も知らない私だけど、まだ知り合って間もない私たちだけど、あなたを疑ったことがないという一点にだけは絶対の自信を持ってます」
「デジーさん……、ありがとう」
次はマキナか。
「マキナ、君は幸せになるために生まれたんだよね」
「肯定する」
「例えば僕らの首を差し出すことでシーナで地位を獲得することも出来るかもしれない。でなくても君の本当の性能を知れば奴らも考えを変えるかも。それでもこの地を脱出したいと思う?」
「……」
「君の生みの親、パッチのいた場所で成功することに未練はない?」
「……」
「加護持ちを護れと言うパッチの指示で動いているのだとしたら、一度しっかり考えた方がいいかもしれない」
ここまで言った時、横からデジーさんが。
「ジャバさん? なにを言ってるんですか?」
「僕が目指すのは完璧な幸福だ。僕らのために誰かが自分の感情を押し殺して傷つくとか、僕らのせいで大切な人が不運になったりとか、そういうことをしてまで幸せになりたいとは思わない。僕がなにを犠牲にしたかも、僕らがなにを望むのかも関係ないんだよ。幸せになるために生まれたこの子には、やはりパッチが望んだように、自分の意志で幸せになって欲しい。打算で行動したくない」
「でも……」
「マキナは自分で考える能力がある。自分が進む道を選ぶ権利もある。僕らの都合だけでは選べない」
「たしかに……、あなたの言う通りかもしれませんが……」
デジーさんは愛情深い人だ。マキナと繋がった関係が切れてしまうのが怖いのだろう。この子の決断次第では敵対するかもしれないし。
「てわけでマキナ、これからどうするかは自分で選べ。僕らの首をシーナに差し出すというのなら、僕らとマキナはここでお別れだ。もちろん僕らはマキナを敵として認識し、攻撃することになるだろう。負けた方が死に、勝った方が生きる。自然の摂理に従ったシンプルな流れに身を投じるだけだよ」
「……」
「僕らと戦うのが適切でないと判断し、かつシーナに戻りたければ戻ればいい。目撃者がいないから、シーナはまだマキナの顔を把握してない。普通の子供として生きてもいいだろうし、ハーデ・匠の精霊の最高傑作として生きる手段を模索してもいいだろう。どの道にも障害はあるだろうけど、君が望むならすべきだ」
「……」
しばらく間があった。
僕らの首をシーナに差し出す、と決断してもすぐに対応できるよう、速攻で結界を張る準備をしながらマキナの反応を待つ。
アホで怪力のシスターから学んだこと。後悔をしない生き方を選ぶということ。
僕は実践する。
【癒しの結界】で生命力を分け与えたから、戦力が欲しいから、そんな理由でマキナを連れて行って、逃げた先でマキナが不幸になったら僕らはきっと後悔する。
少々の不利益を被ったとしてもいい。まったく不本意だけど、志半ばで折れてしまってもいい。
いまこの瞬間、正しいと思ったことをするんだ。
マキナは、僕とデジーさんの顔を交互に見て、ぶつぶつとなにかを呟いた後、結論を出した。
「ジャバが苦しい、マキナは悲しい。デジーが悲しい、マキナは苦しい」
「僕らはまだ知り合ったばかりだ。マキナがそう感じているのは状況がそうさせているだけかもしれない。世界と敵対し、孤独だったからこそ僕らにポジティブな感情を持っているだけだとしたらどうだ? 僕らが君の考えているような人物じゃなかったとしたら?」
「マキナ、パッチを知らない。パッチはマキナが完成する、死んだ」
拙い言葉で一生懸命に自分の思考を伝えようとするマキナの言葉を、僕らは黙って聴いた。
「ジャバが定義する、愛を。マキナは知る。マキナは愛を持っている。パッチの愛、デジーの愛、ジャバの愛。マキナは持ってる」
と、どこぞやのアホが感動のあまりマキナに抱きつこうとした。
はい、結界。
「アホ! マキナを殺すつもりか!」
「だって! だってマキナちゃんが! マキナちゃんがぁ……!」
まったく、少しは学習したらどうなんだ。
「マキナ、愛についてもうひとつ、教えておく」
「……」
「もしマキナが誰かに愛されていて、マキナもその愛を受け止める余裕があるなら、愛を返すといい」
「返す、意味を問う」
「僕らはマキナの愛を受け取った。そして返す。つまりなにがあってもマキナを見捨てないってことだ。それが僕らの愛の形」
「……」
マキナ・シーカリウスが誕生した時、ハーデ・匠の精霊の曝露事故経験者パッチは命を落とした。
能力が極限まで高まり、能力が肉体を呑み込む。それが精霊の暴走である。
パッチとマキナがどんな風に関係を築いてきたのかは想像するしかないが、彼らが交流した期間は長くはないだろう。だが、愛があった。僕とデジーさんのように。
「ありがとうマキナ」
「感謝の、意味を問う」
「マキナのお蔭で学んだ。愛に時間は関係がないことを」
状況が生みだす感情が、愛を偽装しているだけかもしれない。マキナに放った言葉は、そのまま自分の心にも突き刺さった。
デジーさんを救う道が結婚だったからプロポーズしただけ。
デジーさんしか頼る相手がいないから愛していると思い込んでいるだけ。
デジーさんが僕を求めてくれているから、僕は応えているだけ。
本当にそうだろうか? 状況だけが僕らの関係を支えているのだろうか?
僕は思い出した。僕らがまだ見世物だった頃の一幕を。
――ジャバさんはいつも暗い顔をしていますね。
――家族を失って、見世物になったら誰でもこんな顔になります。
――そうですか?
――デジーさんは物事を深く考える
――ではジャバさんも考えるのを止めてみたらどうです?
――え?
――心をまっさらにして眠ってみるんです。目が醒めたら陽の光を吸い込んで、お腹いっぱいにご飯を食べてごらんなさい。
――そしたらどうなるんです?
――ちょっとだけ、生活が明るくなるかもしれません。
橋の周囲の兵士を見下ろしながら、僕は言った。
「渡ろう。進むんだ」
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