第11話 レナンの棘
ハーデ・匠の精霊の暴走によって生じた殺戮兵器マキナ・シーカリウスを警戒しつつ進まなくてはならず、後方からの追っ手にも気を配らなくてはならない。
もちろん神経は使うし、山道の移動は体力も消費する。
「デジーさん、大丈夫ですか?」
「まったく問題ありません。それよりあなたは?」
「少し辛いですがこの程度なら」
「私が背負っていきましょうか?」
「ダメです」
「どうして?」
「力の精霊アデュバルの暴露事故体験者がなぜ目の敵にされるのかを考えたことがありますか?」
「それは暴走した場合の被害が甚大だからでしょ?」
「もちろんそれもあるでしょう。アデュバルの暴露事故で得るのは莫大な力と体力、再生力。暴走すれば魔物なんかを相手にするよりよっぽど辛い。でも多分、それだけじゃない」
「というと?」
「暴走しやすいんですよ。疲れを感じにくいから無理をするんだ。気が付くと精霊の力を行使している。結界なんかは自ら望んだタイミングで能力を使うでしょ? でもアデュバルは違う」
「確かに、いつもフルパワーです」
「デジーさんは僕の体力に合わせる練習をしてください。けっして無理をせず、ソフトに動くことを常に意識して欲しいんです」
「長生きするために、ですね」
僕らはいつか死ぬ。
デジーさんは獣のようになるし、僕は結界になるのだが、なんとしてもその日が来るまえに完全な幸せを手に入れたいのだ。時間は少しでも長い方がいい。幸福になる確率を増やすために。
「あと極力でいいので、体の負担になることは止めて欲しいんです」
「負担?」
「お酒ですね。もちろん完全に断酒してくれとは言いません。飲酒がデジーさんのストレス解消だということは知っていますから」
「頑張ってみます」
「すみません、あれこれ指示を出して」
「とんでとない。私たちの幸せのために言ってくれているのでしょう? 謝ることなんてありませんよ」
しばらく僕のペースで歩いていたのだが、体を動かしていると不思議と頭も回転するもので、いままで疑問にも思っていなかったことが、ふと眼前に現れて無視できないほど巨大に膨れ上がってきた。
「なんで魔獣が多いんだろう……」
「いまさらなにを言っているのですか? マキナ・シーカリウスがいるせいで山の魔物を討伐できないからですよ。あなたが言ってたじゃないですか」
「マキナ・シーカリウスは殺戮兵器なのでしょう? 魔物や魔獣は殺さないの? 山に入ってから遭遇する生物の数は驚くほど多い」
「たしかに」
えぇっと、つまり……。
「安全に進む方法がわかったかも」
「なんですか?」
「生物が多いルートを選べばいいんですよ。マキナ・シーカリウスが暴れていない場所なら必然的に生物が多くなる。魔物や魔獣と遭遇するということはマキナ・シーカリウスがいないということ」
「は! さすがジャバさん!」
「確実な方法ではないんですがね。なんたってマキナ・シーカリウスの情報が少なすぎるから。そもそも村やなんかが潰されたのが殺戮兵器の仕業かもわかっていないはずだ」
「なぜそう思うのです?」
「だって皆殺しにされてたんでしょ? 目撃者が死んでいるなら犯人が誰かなんてわかるはずがない」
「現場の状況から判断したんですかね?」
どうだろうな。
シーナなら加護持ちを弾圧するために自作自演して印象操作、なんてこともしかねない。
仮に潰された村が国にとっておもしろくない思想やカルチャーだったとしたら、精霊の株を下げつつ処理、なんてことをするかも。
「分からないことを考えてもしょうがないか」
「そうですね。こんな広い山で一体の兵器に出くわす確率なんて、雷が落ちるより低いですよ」
その通りだ。ポジティブにいこう。
「とりあえず生き物と会っているうちは進みましょうか。マキナ・シーカリウスと遭遇した場合もシーナの勢力に追いつかれた場合もすることは変わらなそうだし」
「わかりました」
貧弱モヤシ野郎の僕のせいで移動の速度はあくびが遅い。デジーさん一人で移動していたらとっくにシーナを抜けてたんだろうな。せっかくマスターの足枷がなくなったのに、今度は僕が枷になっている。非常に申し訳ない。
「ところでジャバさんはなぜレナンの棘に?」
「つまらない話ですよ」
「聞きたいです」
黒歴史だから、あまり話したくないのだがデジーさんは僕の妻。いつかは知られてしまうだろう。
「僕が住んでいるエリアでスタンピードが起こったんです。オークの」
「それは大変ですね」
「後々になって敵国の策だったことが判明したのですがね、当時はただただ怖かった。警笛、悲鳴、倒壊する建物の音。地獄絵図でした」
「オークのスタンピードはすごいですからね」
ふと、あの日のことを思い出した。
──ジャバナ、すぐに逃げるから準備をして。
母が言った。
──でも街が!
──命があれば何度でもやり直せる。
──シーナは父さんが守る街なんだ! 僕達が逃げるんわけにはいかない!
──あなたに国を守る義務はない。
──父さんが来るまで、守らなくちゃ! この街を!
なぜ母の静止に反駁したのか、なぜ街を守らなくてはならないという気持ちが抑えきれなくなったのかはわからない。
気が付けば、僕はいつか耳にしたレナンの棘のこと考えていた。
体を貫けば最強の結界を張れるようになるという、精霊の棘を。
「僕はレナンの棘を体に突き刺しました。いま思い返しても、なぜそんなことをしたのかはわからない。なにかに導かれて体が勝手に動いたような感じだった」
「導かれるという表現は妙に納得できます。私も似たような感じだったから」
「精霊の暴露事故体験者は少なからずみな、同じような感覚に陥っているようですね。操られるような体験。僕ら加護持ちの証言から、マスターも精霊の挙動には明確な意図があると睨んでいたようだし」
「意図?」
「マスターの研究では、加護持ちの性格と精霊の種類には相関性があるみたいなんですよね」
「そうなんですか?」
「例えばアデュバルなら能天気で豪快。マスターの奥さんの大地の精霊なら優しくて愛情深い」
「私、能天気ですか?」
「どちらかといえば。お酒の飲み方なんか豪快だし、あながち間違ってないかもですよね」
「棘の加護は?」
「加護持ちの症例が少なすぎてわかってません。とにかく、性格に偏りがあるのです。精霊は自分の好みの性格の生き物を探して加護を与えているのではないか、とマスターは考えていました」
「なぜそんなことを?」
「それがわかってたら少しは加護持ちが生きやすい世の中になってるよ」
「たしかにそうですね」
精霊に関してはまだわからないことの方が多い。研究が進めば僕ら夫婦が幸せになる道筋も見えてくるかもしれないが……。
「それで、続きは?」
「軍がオークの群れを討伐するまでの数日間、僕は大規模な結界を張り続けて街を守りました。結界というのは大きくなればなるほど負担は増すし、攻撃されればなお辛くなる」
「かなり大変だったんですね……」
まったく、思い出したくもない。
「最悪の経験でしたね。街を覆うほどの大きさ、そしてガンガン結界を殴ってくるオーク共。何度も心が折れそうになりました」
「でもあなたは最後まで張り続けた」
「なんでそんなことをしたんでしょうね。なんの得にものらないのに」
精霊の導きのせいなのかな。迷惑な話だ。
「あなたのお陰でたくさんの人が救われたのでしょう?」
守った人々から化け物だと蔑まれたこと、その多くがウラム教徒だったことは言わないでおこう。デジーさんの信仰を否定したくない。
「自分自身を救えないのなら、なんの意味もないですよ」
「それでも私はあなたを誇らしく思います」
「ありがとう」
「私が救ってあげましょう」
「はい?」
「あなたが自分自身を救えないのなら、私があなたを救ってあげます」
デジーさんの笑顔はキラキラと輝いていた。
やっぱり人生、ノリと勢いも大切だ。
こんな人が妻になってくれるんだからな。
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