第4話 黄金の軍配

「なんだと? お前が? あの? 三流成り上がりの石田か!?」


 夜叉はケタケタと笑う。


「三流軍配師ごときに何が出来る。ぶち殺す……とな? わらわを?」


 パパパパパパァン!! ……とその時、無数の破裂音が連続して川面に響き、夜叉の高笑いをかき消した。


「クズは黙って殺されろ。こっちは水攻めからずっと三流三流言われて、いい加減我慢の限界なんだよ」


 三成は右手を天に向かって掲げていた。それを合図に、橋の左右に展開していた部下たちが一斉に火縄銃を放ったのだ。


「クククッ、面白いことをするじゃぁないか」


 が、夜叉には傷一つついていない。彼女は太刀を抜き、その切っ先を三成に向けて構えて立っていた。

 闇の中での発砲は、ほとんどが夜叉の立つ橋の上をとらえることが出来なかった。何発かは彼女の方向へ弾が飛んでいったようだが、それは抜き放たれた刀身にぶつかり弾道をそらされていた。


「じゃが……ちとお粗末な不意打ちだったのう?」

「抜刀と同時に銃弾を打ち返したか」

「剣には多少自信があってのう。わらわに弾を放ったこと、後悔させてやろう」


 夜叉が切っ先を前方に向けたまま、三成に向かって走り出す。


「軍配!!」


 三成が叫ぶと、即座に側近がそれを三成に手渡した。


 黄金きがねの軍配。関白秀吉より下賜された、三成の愛用品だ。秀吉の馬印である金の瓢箪ひょうたんをかたどったもので、秀吉によって認められた軍配師しか持つことが許されない。その表面には、三成の家紋のひとつである九曜紋が、裏面には旗印と同じく「大一大万大吉」の文字があしらわれている。


「きぇえええい!!」


 猿の叫びにも似た、言葉にならないけたたましい絶叫とともに夜叉は三成に太刀を振り下ろした。三成は手にしたばかりの軍配で、その一撃を受け止める。


「それがお前の軍配か? ははっ! 三流にはもったいない見事な作りじゃのう?」

「ほざいてろ」


 軍配から炎がほとばしり、夜叉の刀を包み込む。


「ちぃっ!」


 夜叉は飛び跳ねるように後へ退いた。その隙を逃さず、三成は軍配を大きく振る。炎が大きくなり、つむじ風のように渦を巻きながら夜叉を追撃する。


「この程度ッ!」


 夜叉は太刀を振り抜いて炎の旋風を両断する。四散した炎が橋に降り注ぎ、木の板から煙が上がる。


「なるほど、炎を使うか? 三流成り上がりにしては、そこそこの覚えがあるようじゃな」

「これでも金の軍配を授かった身でね。五行を操る術は心得ている」


 軍配師とはただの作戦参謀にあらず。天脈・地脈・人脈、三界を流れる気脈を見極め、それらを自在に操り、戦を制する。その手立てを軍配術と呼ぶ。

 もとは陰陽師たちの技を軍事転用したものであり、長き乱世を経て、独自の技術体系を形成している。兵を動かす軍法はその一分野に過ぎない。


「三流といえども基礎はあるという事じゃな。ならば、わらわも手加減はせぬ」


 夜叉は太刀を正眼に構えた。

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