三成と暴れ神 ~桃山神将退治記~

九十九髪茄子

第1章 退魔の寺

第1話 「三」流「成」り上がりの軍配師

「見事な武者揃えじゃ。どこの殿様かのう?」

「あれも関白さまのご臣下だろうか?」

「じゃろうじゃろう。北条様の時代は終わってしもうた。今、あれほど堂々としたお武家様は都からいらしたに違いない」


 天正18年 上野国(現・群馬県)


 きらびやかな具足をまとった軍勢が、街道を進む。大部隊ではない。徒士かちの槍持足軽や、荷物持ちの軍夫も含めて50名にもならない。指揮をとる人物の格から考えれば、不用心とも言えるような小人数だ。

 その人物は、先頭の馬にまたがっている優男の青年だ。容貌だけを見れば、彼が百戦錬磨の猛将たちと並び立つ男とは、とても思えない。

 彼の横を歩く旗持ち侍が持つ旗が、風にたなびく。


 白地に大書された「大一大万大吉」の文字。


 この男こそ石田いしだ治部少輔じぶのしょう三成みつなり。関白秀吉を頂点とする豊臣政権。その中核を担う奉行衆の筆頭。天下の諸大名からも一目置かれる、若き俊英しゅんえい


 ……だったのだが


「おい、あの旗は石田様のものらしいぞ!」

「石田様? って、あのおしのお城の?」

「そうそう!三流成り上がりの戦下手……」

「馬鹿!! 聞こえるぞ!!!」



      *     *     *



 聞こえるぞ!! じゃない。バッチリ聞こえているわ!!


「斬りますか?」


 側近が、そう聞いてきた。家臣のそういう心づかいが、また心苦しい……。


「よい。そんな事しても誰も得しない。言わせておけ」


 答える三成の声には苛立ちが混じっていた。そう、誰も得しない。天下の奉行が、民の陰口に腹を立てて斬り殺してみろ。ただでさえ落ちている武名に埃をまぶすよなものだ。自分を取り立ててくれた、関白殿下の威光にもキズがつく。


 それにこの東国は、つい昨日まで敵国だったような土地だ。そこに住む民を不用意に殺せば、それだけ支配が難しくなる。新領主に内定している徳川とくがわ納言だいなごんだって黙っていない。

 徳川家康は、豊臣政権随一の実力者であり、最大の危険人物でもある。関白直属の奉行である私が、彼を敵に回しては、政権運営に支障が出る。


 そう。だから、誰も得しない。私一人が、民百姓にあざ笑われるだけで万事丸く収まるのだ。三成は己にそう言い聞かせる。



 そもそも何でそんな事になったか? ……全部


 全部忍城おしじょうが悪い!!



『余に従わず、天下の安寧を乱す北条家には報いを与えねばなるまい』


 今年の春。関白殿下は、東国を支配する北条家を征伐するため、天下に号令をかけた。天下統一の総仕上げとなるこの遠征には、20万もの兵力が動員された。

 秀吉率いる本隊が、北条家の本拠である小田原城を包囲する一方で、別働隊が一斉に関東中の北条家支城を攻め立てた。三成もその中の一つとして出陣。武蔵国北部(現・埼玉県)の忍城を攻撃した。


『わかっておるな、治部。これはお前が、大名どもを屈服させるための戦じゃ』


 出陣前に挨拶にうかがったとき、関白殿下にそう確認された。

 三成は、前線で槍働きをするような将ではない。だから諸大名から侮られているような所があった。それを案じた秀吉が、忍城攻めを三成に命じたのだ。


『豊臣家百年のためにも、必ずや』


 三成は、実戦経験が浅いとはいえ、軍配術の心得がある。今は亡き竹中半兵衛と、西国支配の要である黒田官兵衛、秀吉を支えてきた二人の軍配師から手ほどきを受けていた。

 その軍配術の実力を諸大名に見せつけるつもりだった。それによって武闘派の大名たちを従わせ、奉行衆による文治の時代の到来させるはずだった。


 ……なのに、だ。


 三成は失敗した。それも大失敗だ。


 忍城は沼や河に周囲を囲まれた、水の堅城だ。豊臣方はその地勢を逆用した水攻めを実施した。が、北条方の抵抗と、三成自身の見積もりの甘さから作戦は難航。味方に多数の犠牲者を出し、籠城側の士気を上げる事となってしまった。


 結果、忍城は本城である小田原が、陥落後もなお抵抗を続けた。北条家支城の中で落城しなかったのは、忍城ただ一つであり、攻囲を指揮した三成の武名は地に落ちた。


『天下の名奉行も、戦は苦手のようですな』

『両兵衛より軍配のご指南を受けたと聞くが、それであの程度か』

『左様。殿下のご寵愛があるとはいえ、武人としては三流』

『しかたあるまい。しょせんは元茶坊主の成り上がりよ』

『なるほど! り上がりで三成か!』


 諸将諸兵から漏れ聞こえるあざけりの声に、三成は唇を噛み締めていた。

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