第36話 人類の淘汰(3)バレンタインの差し入れ
この日本の対立の構造は、ほかの国でも起こっている。これまで日本で無かったのが、海外からすれば不思議だったというのが本音らしい。
だからと言って、対立を放っておくことはできない。
魔術士にはひたすら今は我慢を求め、過激な行動に出る者は法に則って対処していく。モグラたたきでもなんでも、悪い事をすれば逮捕される、と示すのが大事だ。
そしてそれと同時に、不穏な書き込みをチェックする。賛同した者も、リストに加えて行く。
グッタリとしてやっとの思いでマンションに辿り着き、不安がっていないかと、希のメールだけはチェックしてから寝る。
そんなあまねにヒロムは「安眠抱き枕」と称してくっついて来るが、それを引き剥がす体力も惜しいとばかりに寝る毎日だ。
そしてその中で、
「冷静に。魔術士がいきなり何かしたりしないのは、皆知っていたはずだろう。危険な行為に及んだら、魔術士だろうと一般人だろうと法律で公平に裁かれる。日本はそういう国です」
と訴える大前の存在感が増し、マギが、
「我々は、法に則り、倫理観に従い、業務を行います」
と言ったCMを流した事で、株価が急上昇して行った。
そんな中、公安のとある班が動いた。
結果、大前は公安の協力者となり、マギ警備会社は公安のアンダーカバーとして使われる事になった。
聞いた話では、こうだ。
一度下落しまくったマギの株を大前が大量に買い、この発言で急上昇したところで手放す。その上、大前の政治家としての株まで上がるし、マギも大きな仕事を大前の口利きで受注できるようになる、という計算だったらしい。
本当は、事故を起こして、それに居合わせたマギの魔術士が救助するという事も計画していたらしいが、先に本当に事故が起こって騒動になってしまい、それだけは計算が狂ったという。
マッチポンプというやつだ。
しかしそれでも、騒動は沈静化していき、表面的には元の関係に戻ったように見えた。
深見は一連の騒動の流れを聞いて、優雅に肩を竦めて見せた。
「計算通りに鎮静化できなければどうするつもりだったんでしょうか」
あまねは甘い香りのする紅茶を飲んで言った。
「さあね。その時は、警備に強力な力が必要とかいう流れになるだろうから、やっぱりマギの仕事にはプラスになったとか?」
「大前議員は、間に入って仲立ちをしようとしたというので、リーダーシップを見せつける事にはなる、ですか。
やれやれ。
魔術士が新しいヒトの可能性だという考えには私も同感です。ですが、種としてかけ離れているというところまで別物になっているとは、今の時点では思えません」
言って、上品にチョコレートプリンをすくう。
「うん。もう少し甘さ控えめが好みですかねえ」
希から届いたチョコレートプリンを、深見にも差し入れに来たのだ。
「希はまだ子供ですからね」
あまねも、もう少しほろ苦い方が好きだが、希が一生懸命に作ったのを思うと、微笑ましくなる。
「しかし、興味はありますね」
「ん?」
「魔術士同士が交配を重ねて行くと、どうなるか。本当に別の種になって、一般人との交配が不可能になるかも知れませんね。
試してもらえたら嬉しいですが」
「僕がですか?」
「ええ。私が女だったら今すぐ膝に乗りますし、悠月君が女だったら今すぐ押し倒します。
レクリエーションか親睦の意味でなら、別にこのままでも構わないのですが」
「お断りします」
「残念です」
あまねは、どちらも男で良かった、と安堵した。
「まあ冗談はさておいて、人工授精をするという手はまだありますね。魔女の卵子と掛け合わせて」
「やめてください。マジで」
これ以上いても精神が摩耗しそうだと、あまねはそろそろ帰る事にした。
「では今日はこの辺で」
「ありがとう、悠月君」
「ホワイトデーはどうしますか」
「飴玉かクッキーでいいのかな。ホワイトデーまでに取り寄せておこう」
「わかりました。預かって、一緒に渡しておきます」
深見は笑みを浮かべてあまねを見送った。
「新人類か。
さて。悠月君のDNAは複製できるほど取れるかな」
スプーンと紅茶のカップを見て、笑みを一層深くするのだった。
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