第21話 ノアの代理人(2)警戒態勢

 あまねとヒロムも、警備のために会場付近をパトロールして、おかしなものや人がいないかを見ていた。

「ノアって、ノアの箱舟のノアだろ?」

「まあ、本人がそう言ったわけじゃないけど、たぶん」

「どんなやつなんだろうな」

 ヒロムが言い、あまねも考えた。

 神出鬼没、性別も年齢も何もかも不明。

「それが入国したって、どうやってわかったのかな。外事からだろうけど」

 情報というのはどこからどうやって入ったのだろうかと、気になって来る。

「考えたら変だよな。透明人間発見、みたいに変だぜ」

 ヒロムは言って、肩を竦めた。

 まあ、警備をする事が今の任務だ。出れば捕まえるし、阻止する。それだけの事だ。そう割り切って、人混みの中をチェックして歩く。

 今度のサミットの議題は、エネルギー問題、温暖化問題、魔術士についての3つが主な議題になると新聞やテレビで報道されていた。

 そして警察は、国の威信にかけても、要人暗殺などを阻止しろと言われている。

 ただでさえ人も車も多いのに、いたるところで検問や職務質問がなされていて、混み合うどころの騒ぎではない。

 パトロールにまわるのも、楽ではない。

 一般市民もうんざりだが、警備する方もうんざりしているのだ。

 その時、イヤホンが指令を伝えて来た。

『手配中の被疑者を発見。遠藤恵一、28歳。去年5月に国会議事堂に手製の爆発物を設置した容疑です。現在位置はB区画』

 それと同時に、手首に巻いたモバイルウォッチに地図が転送されて来る。

「僕達の担当区域だな」

「ひとつ向こうの通りだぜ」

 あまねとヒロムは、足早にそちらへ向かった。

 すると、同じようにB区画担当の警察官が向かっていた。

 遠藤は制服警官を見て、逃げ出そうと身を翻したが、その先にも警察官がおり、足を止めて身構えた。

 しかし遠藤は1人ではなかったらしい。近くにいた観光客風の若い女が、身体強化を使い、逃走しようとする。

「逃がすかよ!」

 これにはヒロムが対処する。

 遠藤は大した荷物を持っていない。女も小さなバッグを肩から斜めがけにしているだけだ。

「爆弾はどこだ?」

 もうどこかに設置してきたのか、それとも3人目がいるのか。そう思ってあまねは周囲を見回し、動きの不自然な人物はいないか探した。

「いた!」

 この捕り物劇に驚き、足を止めたりカメラを向ける通行人がほとんどの中、チラッとそれに目をやって、背を丸めるようにしながら急いで離れて行く若い男がいた。

 学生風だが、カバンが中年ビジネスマン向けな感じで、違和感がある。それに、俯き加減で、誰とも目を合わさないようにしている。

 おまけに、あまねと目が合うと、ギクリとしたように目をそらして自転車に飛び乗った。

「ちょっと待って下さい!」

 あまねが声をかけるが、待つ様子はない。

 警察官達は遠藤を抑え込んで荷物のチェックをするのに手いっぱいで、何より徒歩だ。

 頼みの綱のヒロムは、女と追いかけっこしている。

 あまねは自分しかないと走り出した。身体強化をあまねは持っていないが、パルクールを趣味にはしている。

 向こうは自転車だ。どうせ車で追っても、この混み具合では渋滞で追いつけない。

 とはいえ、走って自転車に追いつくには、少々工夫が必要だ。

 魔術を使うのは、この混雑した道路状況と人混みでは危険すぎる。

 あまねは男の逃走先を見た。道は大きくカーブしており、脇道は無い。右側には渋滞した車列、左側にはフェンスに囲まれた公園。

 あまねは迷わず公園に足を向けた。

 そのまま芝生を突っ切って走り、所々に置いてある動物の銅像の間をすり抜け、ベンチに飛び乗って踏み台にするとフェンスに手をかけてそのまま飛び越える。

 着地すると、すぐそこに到着したその若い男が、あまねに驚いて急ブレーキをかけ、逃げ場所を探してオタオタとした。

「警察です。止まって下さい」

 男は自転車から下りると、あまねに向かって自転車を蹴り倒し、カバンを抱えて人混みに紛れ込もうとする。

 あまねは自転車を悠々とかわすと、男の背中に空気の塊をぶつけた。

「うわあっ」

 男はたたらを踏んでよろめき、そこに接近して、手錠をかけてしまう。

「公務執行妨害の現行犯で逮捕します」

 言って、カバンの中身を確認した。手製の爆弾だった。

「B区画悠月です。逃走した男性を確保。マル爆を所持していました」

『了解しました。そのまま待機してください』

 応答の後、しばらくすると制服警官が走って来たので、身柄とカバンを手渡して戻る。

「ワタシ、リュウガクセイ。ナニスル、オマワリサン。タイシカンカラコウギスルネ」

 ヒロムとやり合っていた女はヒロムに捕まったらしいが、片言の日本語で抗議していた。

「留学生でも犯罪はだめだろ?」

「オウ、ワッカンナァイ」

「バリバリ日本語で書いてあるじゃないか、このライン」

「チッ」

「チッじゃねえよ」

 ヒロムは女のスマホを眺めて言った。

「はあ。パトロールに戻るぞ」

「おう」

 あまねとヒロムは後の処理を任せ、パトロールに戻った。



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