第3話 爆ぜる魔術士(2)悪夢
被疑者と女性は元恋人同士だったが、被疑者のDVが酷くなり、女性は逃げ出したらしい。しかしそれを被疑者が不服とし、ストーカー化。裁判で接近禁止令を出されたが、今夜こうして、襲って来たのだという。
「あの男は、魔術士だったんですか」
そんな記録はなかったがと思いながら訊くと、まだ震えている女性は、首を横に振った。
「違います。わ、別れてから、魔術を少し使える同僚に相談に乗ってもらってたんですけど、それであの人、『そんなに魔術士がいいのか。オレが魔術士になればいいんだな』とか言ってたけど……」
人為的に魔術師になる方法なんて聞いた事がない。
それから2、3質問し、後は女警に任せて、あまねは廊下に出た。
そこには、イライラとしながら立つヒロムがいた。
「あの被疑者、DV野郎だったのか。クソッ!」
「落ち着け、ヒロム」
「DVは許せねえ。弱い者いじめなんてもんじゃねえ。体も心も殺していくんだ。殺人なんだよ――!」
「ヒロム!」
落ち着きなく視線をさ迷わせていたヒロムは、あまねに視線を定めると、大きく深呼吸して言った。
「悪りぃ」
「ん。
被疑者は、『オレが魔術士になればいいんだな』と言っていたそうだ。明日からそっちの調査をする事になると思う。それと、頭が急に弾け飛んだのも気になるしな」
「ああ、あれ。マジでビビったぜ」
ヒロムが笑い、それでホッとしたようにあまねも笑う。
「もう夜中で、訊き込みもできないけど、帰って寝るほどの時間もないしな。今日は仮眠室に泊まるか」
「おう。
ああ!リコちゃんに電話番号訊いてない!」
頭を抱えるヒロムと笑うあまねは、並んで仮眠室に行った。
夜中。寝ていたあまねは、うなされる声に目を覚ました。
(やっぱりか)
小さく嘆息して、ヒロムを覗き込む。
ヒロムは子供の頃に母親と姉と共に父親のDVを受けており、姉が殴り殺されたのを見て母親が父親を文化包丁で刺し殺し、自分も首を半分も切って自殺するその一部始終を見ていたのだ。
DVとその現場の恐怖と怒りと痛みは消える事がなく、DVの事件に当たった時には、激昂し、1人で寝ると必ずと言っていいほど悪夢にうなされるのだった。
それにあまねが気付いたのはコンビを組んで始めてDV事件に当たった時で、今に至るまで、こうなった時の対処はあまねがしてきた。
「ヒロム。ヒロム」
うなされていたヒロムはパッと目を見開いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、だからもうやめてください、やめて――あ……」
全力疾走した後のように肩で息をし、呆然とあまねを見る。
「僕がわかるな」
「あまね……」
「もう、大丈夫だ」
「ああ……うん……うん」
落ち着いたらしいのを確認し、あまねは自分のベッドに戻る。
と、ゴソゴソとヒロムが入って来る。
うなされた夜、誰かと一緒に寝れば、もう朝まで悪夢は見ないで済むそうだ。
うなされるかもと思っていたが、仮眠室だし、ベッドが狭いし、自分から言うのもどうかと思って最初から一緒に寝なかったのを、あまねは後悔しながら、
「半分からこっちは僕の領土な」
と言いながら、目を閉じた。
相棒が悪夢を見ないで済む事を願いながら。
起きたら悪夢が待っていた。
「……何してるんですか」
目を開くと人の気配があり、目をやると、嬉しそうにカメラを構える笙野がいた。
「しいーっ。お・は・よ・う!うふ!」
語尾にハートマークを付けているのが丸わかりな調子で笙野が言う。
普段はできる美人上司である笙野は、BL好きだった。
最初に一緒に寝ている所を見られた時、別人かと思うくらいに喜ばれた。
そう。仮眠室ならこうして入って来られるので、この笙野に絶対に見られると思ったのがためらった原因のひとつだった。
あまねの背中にピタリと抱きついて幸せそうな顔をして眠りこけているヒロムとまだ寝ぼけ眼のあまねを何枚も写真に収め、笙野は、
「そろそろ朝ごはん食べないと始業時刻になるわよ」
と投げキッスをよこした。
「……くそぉ。やられた」
「いやん。やられちゃったの?」
物凄く嬉しそうな笙野に枕を投げつけると、笙野はひょいとかわして出て行った。
「はあ……」
あまねは溜め息をついて、取り敢えず背中に貼りついているヒロムを起こす事にした。
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