第14話 遠くの景色
ごおと風が吹き付けてきた。
風にあおられ、目の前にはしばみ色の髪がぱっと広がる。
「あ……」
風をはらみ、ふわりと浮かんだ帽子に思わず手を伸ばすユエちゃんの肩を、慌てて捕まえる
「危ないよ」
「でも……」
口ごもるユエちゃんの前で、帽子はゆっくりと城壁の下に落ちていく。
地面に落ちた帽子を拾い上げた門番さんが手を振ってきた。
「ありがとうございまーす。後でうかがいますねー」
「ああ、詰め所に置いておくから帰りによりなー」
俺の声に、城壁下の門番さんは苦笑しながら声を上げてくれた。
そう、ここはオールドーの街の城壁の上だ。魔物から守るためだろうか、結構な高さと幅がある。
上に立ち街の外、東の方を見やれば朝日に紛れ遠くに山が見える。火山なのだろう、薄く煙を吐いている。
ふと体験ムービーで見たドラゴンの姿が思い出された。ひょっとしたらあそこだったのかもしれないな。
火山から目をずらすと、隣に森がある。森とはいえ木々がうっそうと茂る青々とした森ではない。まばらな木と朝だというのに黒ずんだ霧があたりを覆う、なんともおどろおどろしい森だ。
もしかしたらあそこがテスキヨ湿原なのだろうか。なんともまあ、アンデッドのボスがいそうな場所だ。近づきたい場所じゃないな。
反対側へと体を向ける。
そちら側に広がるのはオールドーの街だ。
遺跡の上に造られたからだろうか、石造りの古い建造物と、木造の建物が混在している。
街の真ん中にある開拓使の庁舎は石造り。ということは、遺跡の建築物を利用していると言うことだろう。内部で庁舎とつながっているという宿舎も同じだろうか。
その庁舎からは、朝という時間もあり、多くの開拓者が外へと飛び出してきている。
さらに遠くに視線を向けると、港が目に入った。そこには大きな船が何隻か停泊している。俺たちはあれに乗ってこの街にやってきたのだ。
「んふふー」
ユエちゃんが得意げに胸を反らす。
「どう? いい景色でしょー。一度来てみたかったの」
「それはよかった……。でも、さっきみたいな危ないことはダメだよ」
「あう……。ごめんなさい」
ユエちゃんはしょんぼりと頭を下げた。
いやでもさっきは危なかった。あのままユエちゃんが手を伸ばしてたら、もしかしたら城壁から落ちてたかもしれない。
そういう危険もあって、ユエちゃんはここに上るのを今まで止められていた。今日は俺という保護者がいるから壁の上まで上れたようだ。
実際、階段口で「また来たのか」と門番さんにあきれられてたからな。
とは言え、ここに連れてきてもらえたのはよかった。景色はいいし、何より街の全景やその周辺がしれたのが嬉しい。だからしっかりとそれを口にする。
「ありがとう。おかげでこの町がどんな感じか知ることができた。これで迷わずにすむよ」
ユエちゃんの、風で乱れた髪を手ぐしで整えてあげる。
「んふー、よかった」
ユエちゃんはむずがゆそうに目をしばたかせながら、つぶやいた。
よし、こんなものかな? 家を出たときのようには行かないけど、髪も大分まとまった。
後は降りて門番さんに帽子を返してもらえばいいだろう。今から行けば雑貨屋さんももう店を開けてる時間だろうし……。
「それじゃあそろそろ雑貨屋さんに向かうかい?」
「ん? んー、まだだめー」
ユエちゃんはその場に腰を落とし、鞄の中をごそごそと探りはじめた。
「今行ってもお客さんで一杯なんだよ。てぃーぴーおーをわきまえないといけないんだよ。おかーさん言ってた」
……おおう、こんな小さな子にTPOを諭されてしまった。割とへこむ。
でも確かに言われてみるとその通りだ。今の時間は、さっき庁舎を飛び出した人たちが、いろんな店で準備を整えてる時間かもしれない。
……なるほど、それもあってユエちゃんは俺をここに案内してくれたのか。
なんとも気が回るお子様である。
そんな俺の考えをよそに、ユエちゃんは鞄の中から一冊のスケッチブックを取りだした。
「だから、それまでここでお絵かきするの」
そう言ってページを開くユエちゃん。
ぱらぱらとめくられるページには、“妖精のとまり樹亭”や港の船、中には時計を持ったリスといった、いかにもファンタジックなものまで、様々なものが描かれていた。
全体的に丸っこくデフォルメされているが、特徴を捉えていて、しかもかわいい。なかなかの絵心の持ち主ではなかろうか。
ユエちゃんは料理方面ではなく、ぜひとも絵の方面で腕を磨いていってほしいものだ。
それはさておき、ユエちゃんはここで何を描くつもりなんだろうか。
街の全景……、ではないよな。ユエちゃんの目は街の外、しかもずっと上を見つめている。
「何を描くつもりなのかな?」
わからなかったのでユエちゃんに聞いてみる。
「今日はね、お城を描きに来たの。ここからならちゃんと見えるかなーって」
そう言って色鉛筆を用意するユエちゃんだが、相も変わらず俺には見つけられない。
ユエちゃんの見る方向に目をこらすが、目に入るのは青い空と白い雲だ。どっか遠くに魔王の城でもあるのかね。
「お兄ちゃん、なにきょろきょろしてるの? あれだよあれー」
ユエちゃんが鉛筆を置き指をさす。その方向に見えるのは白い雲……。
いやまて、雲の合間に何か見える……、様な気がする。何かの人工物だろうか?
「確かに何か浮かんでるね。あれがユエちゃんの言ってるお城?」
「そうだよー。でも、ここまで登ってきたらきれいに見えるかと思ったのに。あんまりよくわかんないね」
ユエちゃんは残念そうに目を落とし、「でもまいっか」とつぶやくと、色鉛筆を手に取った。
さっさと動くユエちゃんの手に迷いはない。そのことから、彼女が絵を描くことになれているのがうかがえる。
よほど絵を描くのが好きなのだろう。もしかしたら一緒に遊ぶ子が少ないからかもしれないが……。
いやまて。そういえばこの街でユエちゃん以外の子供を見たことがあったか? もしかしたら……。
そんなことを考えている間にもユエちゃんの筆は進む。
スケッチブックには、下書きであろうしっかりとした城が描かれている。
……よく見えるなぁ。俺には何か建造物がある程度にしか見えないんだが……。
「よく見えるね、ユエちゃん」
不思議に思って聞いてみるが、ユエちゃんは首を横に振る。
「ううん、なんとなーくしかわかんないよー。でもね、おかーさんが言ってたの。わかんなかったらそーぞーすればいいんだって。そーぞーりょくがあれば世の中何とかなるんだってー」
いいのかよ、それで!!
屈託なく笑うユエちゃんに、思わず心の中で突っ込んでしまった。
なんというか、そこここにソレイユさんの教えが垣間見える。
まぁ絵の方は、料理と違っていい方向に影響が出てるみたいでいいんだけどな。
「それよりもおにーちゃん、なんかお話しして? お肉とかいーっぱい取ってきたんでしょ。おにーちゃんの冒険、聞かせて欲しいな」
ぐりぐりと素描きに色を加えながらユエちゃんが聞いてきた。
大量のお肉って、あれって全部マーモットだからな。冒険って言われても昨日までの俺って、ハーブ取ってマーモット退治するくらいしかしてないぞ。
だというのに、ユエちゃんは鼻歌を歌いつつも、早く早くとせかしてくる。
さて困った。一体どんな話をすればいいのやら…………。
――――気づくと結構な時間がたっていた。
ユエちゃんにはいろんな話をした。最初はカネティスやフジノキ、キツネさんとの話。トライゾンとあったときの話しもした。
加えて旧版のヴァルホルサーガ、ユエちゃんにとっては過去の英雄譚に当たる話しもした。
結構うろ覚えだったし正史かどうかもわからない話だから、適当に脚色して話したけど結構楽しんでくれたみたいだ。
「あーー面白かったー。私もその猫さんに会いたいなー」
ユエちゃんはぐっと伸びをする
猫? ああペルーのことか。
「それなら今度、トライゾンをご飯に誘うよ。もちろんペルーも一緒にね」
「わーい。ありがと、おにーちゃん」
俺の言葉にユエちゃんは手を上げて喜んだ。
「それじゃあそろそろおばあちゃんのお店に行こ」
腰をはたき立ち上がると、ユエちゃんは再び俺の手を取る。
あ、まだ手をつなぐのね……。
◆
「こんにちわー、おばあちゃーん」
ユエちゃんが、勢いよく扉を開けながら店に入っていった。チリンチリンとドアベルが鳴る。
ユエちゃんに引かれ入った店の中は少し薄暗く、雑然と品物が並んでいる。
ロープや折りたたみのテントのような冒険者セットに始まり、デフォルメされた熊の人形まで置いてある。
ある意味、まさしく雑貨屋といったていだ。
そんな雑貨屋の奥から、のっそりと鷲鼻のばあさんが出てきた。
ばあさんは顔に似合わぬ猫なで声で話しかける。
「おんや、ユエの嬢ちゃんじゃないかえ。今日はどうしたんだい?」
「えっとねー。おばあちゃん、ひぽごんのおやつに困ってるって言ってたでしょ。だから来たの―」
元気よく言うユエちゃんに対し、ばあさんは少し困り顔だ。
「ひぽごんのおやつかえ……。あれは獣魔ギルドじゃ取り扱っとらんからのぉ。確かに困ってはいるんじゃが……。まぁまだ少し在庫はあるし、何よりあれは力仕事だからのぉ」
「大丈夫だよおばあちゃん。おにーちゃんが依頼を受けてくれるってー」
ユエちゃんが俺とつないだ手を上に上げる。
「……こやつが、かぇ?」
胡乱げに見るばあさんに対し、俺は頭を下げた。
「はい、コダマと言います。依頼を受けに来ました」
「ふん、頼りなさそうな小僧じゃのぉ。そんな細腕で大丈夫かぇ」
頼りがいが……、あるとはいえないか。そこの所は強く否定できない。
そんな俺たちをユエちゃんが取りなす。
「もー、そんなすぐ意地悪言わないのおばあちゃん。おにーちゃん、とっても面白いんだから。それに今日は迷子にならないように私が付いてくの。だから大丈夫なの!」
胸を張るユエちゃんだが、全くもってフォローになっていない。
「ヒッヒッ」
案の定ばあさんは低く笑った。
「なるほどの、小僧はユエに世話をされとるわけだ。それなら確かに信頼できるの。だったらひぽごんのおやつを取ってきてもらうとしよう」
相変わらず低く笑うばあさんに「わかりました」と答える。
すると、システム音が鳴りクエストを受領した旨が知らされた。
―――――――――――――――――――――
クエスト名:芋ほれ! わんわん
内容
ヒポゴンのおやつである芋を掘ってくる
報酬
要相談
―――――――――――――――――――――
なんともふざけたクエスト名である。
だいたい、ひぽごんってなんなんだよ!
疑問に思い、ばあさんに尋ねてみる。
「なんじゃ、小僧の目の前におるじゃろ」
そう言ったばあさんのしわくれた指がさす先には、デフォルメされた熊の人形がある。しかもでかい。
「いや、どう見ても熊の人形なんですが……」
そんな俺に反応するかのように熊の人形、いやひぽごんは薄目を開け大きくあくびをした。
マジか!? なまものかよ、こいつ……。
「そんなこと言ってひぽごんを馬鹿にしとったら、小僧。おぬしの頭なんて丸かじりにされてしまうぞい」
驚く俺を見て、ばあさんはヒッヒと笑う。
おいおい、こんなマスコットみたいな顔をして、凶暴なのかこいつ?
「ヒヒ。ま、冗談じゃがの。ただワシの店で悪さをしようものなら、ホントに丸かじりにされてしまうから、気をつけるんじゃぞ」
脅すようにばあさんは付け加える。
それに対しユエちゃんはプリプリと頬を膨らませる
「んもー、そんなことないもんねー。ひぽごんはとーーっても可愛いんだもん」
そう言ってひぽごんのおなかにダイブするユエちゃん。
あぶない、と思うも、ひぽごんのおなかはポヨンとユエちゃんを受け止めた。
ひぽごん自身も薄目を開けユエちゃんを確認すると、頭をぽむぽむと叩き、また居眠りの体勢に入る。
ユエちゃん自身も、ふかふかのおなかに顔を埋めている。
そんな二人の和む光景を眺めていると、ばあさんが声をかけてきた。
「こりゃ、小僧もなにぼーっとしとるんじゃ、はようこれを受けとらんか」
ばあさんが差し出してきたのは大きめのスコップとツルハシだ。
受け取りつつも疑問符を浮かべる俺の頭を、ばあさんはポカリと持ってる杖でたたいた。
いってぇな。
「なにあほづらをさらしとる。戦乙女の啓示を受けたんじゃろうが。ならやることはわかっとるじゃろう。それ使って掘ってくるんじゃよ、芋を。ヴォラス草原にポツポツと木が生えとるじゃろう。そん中に蔓が巻き付いた木があるからの。そこをふかーーーく掘るんじゃ。芋を折らんように気をつけるんじゃぞ」
なるほど、山芋みたいなもんか。確かに重労働だ。
俺も高校の時の林間学校で一度掘ったからな。あのしんどさはユエちゃんにはさせられない。
……ていうかこいつ、芋がおやつなのかよ。
ひぽごんを見るも、相変わらずぼけっとした顔でユエちゃんを腹に抱いている。
「わかりました。掘った芋はここに直接持ってくればいいんですね」
気を取り直しばあさんに向き直る。
「それでええ。報酬は帰ってくるまでに、なんか適当に考えておくわ。小僧は冒険に出られるような格好じゃないしのぉ。そこら辺を適当に見繕ってやろう」
俺の格好を見てばあさんは軽くため息をつく。
まぁ、初期装備のままだからな。だからこそばあさんの申し出はありがたい。
正直、冒険に何が必要かなんてわかってないんだよな。
「わかりました。それでお願いします」
ばあさんに頭を下げ、ユエちゃんを呼ぶ
「ユエちゃん。そろそろいくよ」
「わかったよー、おにーちゃん」
ガバッとひぽごんのおなかから抜け出ると、ユエちゃんはこちらにとてとてと歩いて、手をつないできた。
「なんじゃい、ホントに世話されとったのかい」
あきれ顔のばあさんに対しユエちゃんは胸を張る
「んひひー。お兄ちゃんは私がいないとダメだもんねー。ほら行こ」
俺はユエちゃんに手を引かれ店を出た。
ひっひとばあさんの笑い声が追いかけてきてる気がするが、そこは気にしないことにしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
エルのひとりごと
遠くに見えた火山。足子に行けばムービーで戦ったドラゴンと戦える、かもしれないよ。条件はあるけどね。
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