第28話 来訪者

 その夜。

 晶は自室の畳の上で横になりながら、ただ黙って目を閉じていた。

 眠っているわけではない。

 ただ静かに、CDプレイヤーから伸びたイヤホンを耳に付け、何かを深く考え込んでいる。


 そんな晶の姿を、一姫は緊張した面持ちで見つめる。


 今までこんな彼の姿を見たことがなかった。

 彼が趣味と自称する、サウンドトラック鑑賞をしている姿はこれまでに何度か目にしたことがある。

 しかし、それらは手持ち無沙汰故に行っているのか、身体も表情も弛緩しきっていた。

 今とはまるで違う。


 晶は退魔装束を身に纏い、まるで殺気とも呼べる気配を容赦なく放っている。

 彼に声を掛けるなど、とても一姫にはできなかった。

 晶から目を放すことができず、浅い呼吸を繰り返しながら、一姫は自分の背中にじっとりとした汗が浮かぶのを感じていた。


――ピンポーン。


「っ!」


 そんな緊張した空気を阻害するようにインターホンの電子音が鳴り響く。

 反射的に身を竦める一姫だが、対して晶には一切反応が見られない。


――ピンポーン。


 繰り返し鳴る電子音に、一姫は玄関と晶の間で視線を彷徨わせ――そして、晶に声を掛けずに玄関へと向かった。

 彼の家に出入りするようになって1か月が経つが、来客が来るのは初めてのことだ。

 晶の様子に、来客。初めてづくしな中、一姫は晶よりも来客の対応に動いた。


 それが妥協であると、一姫自身自覚しつつ。


「どちら様でしょうか……」


 インターホンといっても部屋の中から外に呼びかける機械は無く、ドアを止めるためのチェーンもついていない。

 一姫は恐る恐るドアを開き、震える声で外に問いかける。


「やあ、御堂君」

「え……生徒、会長……?」


 そこに立っていたのは彼女らが通う神谷高校の生徒会長、二鶴桜花だった。

 彼女は美少年にも見える中性的な顔を愉快気に歪めつつ、一姫の背後、室内へと目を向ける。


「通してもらってもいいかな」

「え、いや、その――」


 一姫は半ばパニックだった。

 どうして生徒会長がこんなところにいるのか。どうしてこの部屋に入ろうとしているのか。

 そして――どうして、晶が纏うのと同じ意匠の退魔装束を纏っているのか。


 最もシンプルで真実に近いであろう答えに辿りつきながら、それでも足は床に接着されたように動いてくれない。


(……嫌だ)


 何か本能のようなものが一姫の思考を縛る。

 この少女が“敵”か“味方”かは今は関係無い。


 一姫の中の何かが訴えている。

 この感覚は、今日、晶が菫を見ていると分かった時に、彼女の中に生まれた感情と非常によく似ていた。


「なんの、用です」

「ん? もしかして、僕、警戒されてる?」

「僕……?」

「ああ、この恰好の時はこうなんだ。学校のみんなには秘密にしてもらえると嬉しいよ。変な子だと思われてしまうからね」


 よくよく聞けば、喋り方も若干異なる。

 学校で話した時がボーイッシュな女性だったなら、今は女性の姿をした男性といった印象だ。


「警戒しなくても、僕は彼の敵じゃあないよ」

「……」

「君の敵ではあるかもしれないけどね」

「……は?」


 桜花はニヒルに口角を上げると、優しく一姫を押しのけ、部屋に入っていってしまう。


「ちょ――」


 呆気にとられた一姫が振り返った時には、既に桜花は晶のいる居間へと入ってしまっていた。

 しかし桜花はすぐに何かするではなく、寝転がる晶を見下ろし、わなわなと肩を震わせていた。


「か、会長……?」

「け……」

「け?」

「結婚しましょうっ! 師匠ーッ!!」

「は!?」


 先ほどまでのクールな雰囲気を一転させ、少年のように衝動的に声を震わせながら、桜花は晶へと跳びついた。


「ん……」

「あ、避け――げひぃっ!?」


 どこかで見たことあるような、コミカルな動きで晶へとダイブしていた桜花は、晶が突然寝返りを打ったことで見事に躱され、思いきり顔面を畳に打ち付けた。


「んだよ、騒がしい……あぁ? お前……」


 さすがに晶も音と畳越しの衝撃には気が付き、そちらに目を向けた。


「いちち……たはー! 師匠、さすがですねっ! 隙だらけに見えたのは完全にブラフでしたかっ!」

「ちょ、ちょ、ちょ……!? な、何やってるんですかっ!? それに、師匠って……!?」


 顔面殴打によって鼻血を垂らす桜花と、混乱する桜花を見て、晶は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「なんだこの状況……」

「それはこっちが聞きたいわよ!?」


 混乱を真っすぐ晶にぶつけてくる一姫。

 そしてキラキラと期待するような視線を遠慮なしに飛ばしてくる桜花。


 2人に相対し、晶はやはり嫌そうに顔を歪めた後、一姫へと視線を向けた。


「監視者殿、こいつは桜花。二鶴桜花だ」

「し、知ってるけれど……生徒会長だし」

「生徒会長?」


 晶が首を傾げる。彼は桜花が自分の通う高校の生徒会長だとは、いや、それどころか神夜高校に通っていることさえ知らなかった。


「えへん」

「生徒会長かどうかはどうでもいいけれど……こいつも退魔師だ。まぁ、この地区の担当じゃあないが」


 子供っぽく胸を張る桜花を胡乱げに見つつ、晶は実に面倒臭げに吐き捨てた。

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