第7話 2人の距離
ファミレスに残された一姫はただただ言葉を失っていた。
当然、窓に映る晶の姿を見てだ。
「強すぎる……」
それしか感想が出てこなかった。
一姫が退魔師の戦いを見るのはこれが初めてだ。
果たして何ができれば退魔師として優れていて、何ができなければ退魔師失格なのか、そういったことを何一つ知らないまま、この幽世にやってきている。
しかし、それでも分かってしまう。
五条晶という退魔師は、この世界を支配する妖魔を一切寄せ付けないほどに強いと。
一姫は目の前で起きていることが理解できなかった。
初めてマジックショーに連れて行かれた子供がステージ上で起こる奇々怪々に驚きふためくのと似ているが、少し違う。
晶は無限に地の果てから現れ出る異形の類を呼吸をするかのように殺していっていた。いや、その一方的な様子からは、呼吸をするよりも容易い行為なのかもしれない。
ただ刀を振るい、それだけで何体もの妖魔が沈む。予定調和のように簡単に。
「これは、本当にコーラでも飲んでいた方がいいのかもしれないわね……」
そんな冗談ともつかない独り言を漏らしながらも、一姫は窓から一切視線を逸らすことはない。
手に汗を滲ませながら、眩暈のような感覚を覚えながら、それでも測る。
今の自分と、彼の間にある距離を。
(晶……)
晶は一切、一姫に対し特別な反応を見せなかったが、一姫にとっては違う。
なぜなら彼女にとって、五条晶という名前はこれ以上なく特別なものだったからだ。
「遠すぎる……」
一姫の目にうっすらと涙が滲んだ。
白いシルエットの大群を、汗を滲ませることなく一方的に蹂躙している晶は、物理的な距離よりも遥かに遠くの存在と感じさせた。
晶がまるで演舞と思わせるほど軽ろやかに刀を振るう度、数十のシルエットの首が吹き飛ぶ。縋り寄るように伸ばされた腕が吹き飛んでいく。
一つ一つはおそらく小さな呻き声だ。しかし、その呻きが同時に生み出されることで、確かな叫びとなり空間を揺さぶっていた。
晶からすれば何でもないことなのだろう。仮にあのシルエット達が意図的に、消耗戦を仕掛けていたとしても、おそらく晶の限界に届くことはない。
あの妖魔は毛ほども晶に届いていない。それは、素人の一姫にさえ疑いようのない事実だった。
そして、それは自分も同じだ。
「晶……」
これは偶然の出会いだ。
彼女の目標が、夢が、事故的に降ってきただけだ。
それは奇跡のようで、しかし今の一姫にはとても残酷に思えた。
彼女は漸くスタートラインに立ったばかりだ。それも業界の標準よりも遥かに早い段階で。
漸く、遙か彼方にいる彼を追うことができる。幼い頃の誓いを目指すことができる。そう思っていた。
しかし、その夢は彼女の想像よりも遠く――最早距離で測れない別世界を走っていた。
届くなど微塵も思えない。子供が空想にのみ生きるヒーローとなることを夢見るのと全く同じくらい、自身の夢が滑稽に思えてしまう。
「晶、私は、貴方に……貴方を……」
一姫は視界が滲むのを感じながら、窓の外の晶向かって手を伸ばしていた。
しかし、その指先は窓ガラス当然によって遮られる。一姫にはその隔たりが、薄いガラスの板一枚分よりも厚く、重く感じられた。
心が飲み込まれていく。深い、闇の底へと――
「アアア……」
「――ッ!?」
指先に何かが触れていた。
否、実際には触れてはいない。しかし、ガラス越しに指と指を突き合わせるように、いつの間にか白いシルエットが立っていた。
「ひっ!?」
生まれて初めて間近に見る妖魔。
その圧は晶が安全だと言ったファミレスの中にいてもハッキリと伝わってきた。
白い体に取って付けたような黒い目が、じっと彼女を見つめている。
(の、飲み込まれる……私なんか、一瞬で殺されてしまうっ!)
殺気というより、死の概念そのものだ。
触れればたちまち一姫の生は失われるだろう。明確にそのイメージが頭に焼き付いてしまった。
「アアア……!!」
そして、シルエットにもそれは理解できている。目の前にいるのは餌だと。
語気を強め、死の臭いをハッキリと放ちながら、シルエットはガラス窓を砕き割ろうと更に指を伸ばした。
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