第5話 塗り替えられた世界
一姫は、ファミレスの窓に映る外の景色を見て、言葉を失う。
幽世に来た時、彼女の視界に映るのは現世と寸分違わぬ景色だった。
ファミレスから人は消えたが、置いてある物は何一つ欠けていない。外にも車一つ走っていなかったが、道路や電柱、道路を挟んだ向かい側にあるガソリンスタンドまで、現世そのままの姿だった。
それこそ、人が消えたのはただのフラッシュモブで、彼女は現世にいるままだったと言われても信じられただろう。
幽世ゆえに感じた倦怠感のようなものも気のせいだったと済まされれば、経験のない彼女には否定する術がないのだ。
しかし、今、このファミレスの外の世界は、先ほどまでと全く異なっていた。
黒。黒。黒。
ただただ黒色が広がっている。
暗闇などではない。ペンキで塗りたくったみたいに、地面が、空が、完全な黒に染め上げられていた。
「なに、これ……」
「世界が俺達を異物だと認識したのさ。排除すべきバイキンだってな。俺が俺の陣地としたこのファミレスの外はもう、“ヤツ”のテリトリーだよ」
そう、“少年”の声が響く。
反射的に振り向くと、そこには先ほどまで話していた少女に似て異なる、黒髪の少年が立っていた。
豊満に膨らんでいた胸は平坦にしぼみ、しかし肩は先ほどよりがっしりして見える。肩くらいまで伸びた黒髪はそのままだが、硬さがほんの少し増したように感じられた。
そして何より、雰囲気が全くの別人だった。
「貴方、晶……?」
「ん、ああ。戻ったみたいだ。良かった、女性体で戦うと胸が暴れて気持ちが悪いからなぁ」
それは少年の、元の姿に戻った五条晶だった。
女性の時と同様の、整った顔立ちではあるが、一姫にはどこか人を寄せ付けない“怖さ”があると思えた。
鋭い目つき故か、への字に曲がった口元からか、はたまたそれ以外の何かからか。
「戦う……戦うのね。妖魔と、これから」
「ああ、当然だ。俺は退魔師だからな。監視者殿、アンタはここで待ってな。相手はここ以外を塗りつぶすほどの影響力を持った妖魔だ。何されあるか分かったもんじゃない」
「ここ以外を塗りつぶす……?」
「うーん、そうだな。例えるならオセロかな。このファミレスが白いチップだとして、それ以外の盤面全てが黒く染められた状態ってのが今だ」
大勢が決するほどの不利。それこそオセロのルールであれば勝敗まで決してしまっている――ほんの一瞬で、それほどまでに不利な状況に陥ってしまっていた。
しかし、晶の表情に陰りは無い。
「でも、これはオセロじゃない。相手のチップを直接ひっくり返すこともできるんだ。やりようによってはだけど」
「わ、私もついていく。監視者だもの、役目は果たすわ」
「ああいや、アンタに見せたかったのはこの世界だけさ。まぁ、この状況とも言えるが……外まで付いてきてみろ。一瞬で死ぬぞ」
一切凄んだ様子はない。大げさでもなく、軽くもなく、ただ当たり前のように晶は現実を突きつけた。
「このファミレスの中なら俺が生きている間は安全だ。窓からなら外の様子も見える。サッカー観戦するみたいに、コーラでも飲みながらのんびりしててくれや。幽世でもドリンクバーは現世みたいに使えるからな。まぁ、腹は膨れないが」
「観戦って……」
「せいぜい、俺の大活躍をその目に焼け付けるといい」
いつの間にか、晶はその手に刀を持っていた。
日本刀のような様相をしているが、その刃は白い。焼き入れの違いによって生まれるという黒色は無く、刀身全体が銀色の輝きを放っていた。
「随分心配って顔だな、監視者殿」
「……相手は世界全体を塗りつぶすほどの力を持った敵なんでしょう……? 勝算は、あるの?」
「あっはっはっ。おかしなことを言うなぁ。勝算? そんなもん無いよ」
「はぁ……!?」
晶は一姫に背を向け歩き出す。
そして、ファミレスのドアに手をかけつつ、顔だけ彼女の方を向け、言った。
「自分の姿を大きく見せようなんて奴は総じて小物だって決まってんだ。わざわざ勝てるかどうかなんてよ、そんなソロバンを弾くまでもないって話さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます