ダークワールド 王の物語 狂王戦記 死刑執行人編。蔑まれて虐げられる死刑執行人の望みは、復讐。そのために強大な力と狂った王になることを欲す。報復してやる。憎い奴らに、世間に、神に。
第3話 河川敷 傭兵にからまれ、死刑執行人は銀貨を恵む。
第3話 河川敷 傭兵にからまれ、死刑執行人は銀貨を恵む。
「おい、おっさん。なに気絶してやがる。とっとと起きろよ。起きて、俺の服を泥水で汚しやがった落としまえをつけやがれ」
霧雨のなか、泥水をかけられた兵が御者の襟首を両手でつかんで揺さぶっている。
ひえっへへへ。周囲では酔っぱらった兵士たちが、その光景を面白そうに眺めていた。
「駄目だ、こりゃ。完全に伸びちまってるぜ。こいつから落としまえをとるなんて、無理じゃねえか?」
傭兵のほかの男がそう云うと、今度はべつの兵士が提案する。
「そうだぜ。馬車のなかにだって、人が乗ってるんじゃねえのか。落としまえをつけるなら、そっちから取ったらどうだ?」
「そうすっか。その方が手っ取り早そうだしな」
泥水をかけられた男は、完全にのびている御者の襟首を離す。御者はそのまま地に倒れ込んだ。それにかまわず、泥水をかけられた男はふらふらと酔いによる千鳥足で馬車の扉に近づいた。
「こら、なかに誰かいるんだろ? 出て来いよ。てめえらの乗る馬車が泥水で俺の服を汚してくれたんだ。乗ってる手前、その落としまえをつけやがれ」
泥水をかけられた男は、怒鳴って馬車の扉を蹴とばした。
「ひへへ。そうだ。出てきやがれ」
「落としまえをつけろ、ぎゃはは」
「いるんだろ? 出てこいよ。出てこなけりゃ、扉をこじ開けて無理やり引き出しちまうぞ」
すでに傭兵たちは、酒を相当に飲んでいた。かなりの酩酊が傭兵たちの悪ふざけを助長する。傭兵たちは面白がって馬車を蹴とばしはじめた。
何度も蹴とばされ、馬車のなかでおおきな音が響き渡る。師は舌打ちをする。
行きには護衛がついてきた。囚人の護送と、処刑をつつがなく完了するために広場でも警護する任があったからだ。
帰りにも護衛がついてきてくれてさえいれば、こんなことに巻き込まれずに済んだろう。護衛が、傭兵たちを追い払ったであろうから。
だが死刑執行人は、世間でも底辺に位置する卑しい身分の人間だ。
その死刑執行人に対し、国も馬車程度なら貸し与えてくれる。死刑執行人が公務を果たすのに必要と認めた場合にだけだが。しかし護衛はちがう。そうもたやすく卑しい死刑執行人などに国も貸し与えたりはしない。
今回にしてもそうだ。国はまるで認めなかった。行きはともかく、処刑後の帰りにまで死刑執行人ごときに護衛をつけてやる必要性などは。
ともに帰るのならついでのことなので、そのときに警護兵が死刑執行人の護衛をするのはかまわない。
ただ今回、警護の兵は死刑執行人たちと、ともに帰らなかった。処刑場へ行くときに同行した警護の兵たちは、処刑後には国の役人にしたがって広場の混雑を解消するために動かねばならなかった。
一方で死刑執行人たちは拷問のために、すぐに王城へ戻らなければならない。
そのため帰りは護衛なしに王城へ戻るよう、死刑執行人たちは今回あらかじめ定められていた。
とはいえ護衛もなく帰途につくのは、べつにめずらしいことでもない。
よくあることだった。さらにはこうして警護のいない帰りに、死刑執行人が厄介事に巻き込まれる例も。
死刑執行人は世間から嫌悪されている。処刑した者の家族や仲間から恨みも買っている。無防備になるときを狙って襲ってくる輩もいるのだ。
そんなときには、自らの身は自分たちで守るよりほかない。今回も面倒だが、なんとかこの事態に対処せねばならないだろう。師は馬車のなかで、そう考えていた。その一方で、ゴーマが師に対応を尋ねてくる。
「さて、この状況。いかがします?」
「このままでは馬車に引っ込んでいても、どうせ外へ出るよう強要されることになろう。だったら、こちらからさきに出ていってやろうじゃないか」
「わかりました」
ジマが扉を開けた。死刑執行人たちは扉からぞろぞろと出ていき、その姿を傭兵たちのまえにあらわした。
うおっ。泥水で汚れた男が驚きの声を上げた。その姿を見た途端に、馬車を蹴るのをやめる。ほかの連中も同じだった。足を地に降ろしてざわつきだした。
「やつら、死刑執行人だぜ」
「死刑執行人の乗った馬車だったのか」
傭兵たちの態度は、薄気味悪い連中とかかわっちまったという印象だった。あきらかに傭兵たちは死刑執行人を蔑視していた。
おかしなものだね。おなじ人殺しの商売をしているというのに。傭兵にも死刑執行人は嫌がられるなんて。
ルートヴィヒは傭兵たちの態度を見て、内心でつぶやく。
おなじ人殺しでも、より陰惨な手練手管を使って殺害に及ぶ点もあるために死刑執行人は傭兵からも嫌われている。
人殺しには違いないのにという矛盾はあるが、不平を述べたところで状況が変わるわけでもない。ちいさく舌打ちしただけで口をつぐみ、ルートヴィヒはそのことを言及しなかった。
「ふん、馬車は壊れてはいないようだな」
ひとしきり、師であるベルモンは自分たちの乗っていた馬車を見回した。それから今度は傭兵たちに視線を送る。
「この馬車は、国からの借り物でな。壊すとおまえたちが国から罰せられよう。これ以上、蹴ることは止めた方がいいと思うぞ。おまえたちの身のためにもな」
うう、と傭兵たちはうめいて腰をひかせた。国から罰を受けると聞いては、たじろかざるを得なかった。
「それとそちらの会話を聞くに、おまえたちはぶん取ろうとしているらしいな。俺たちから落としまえを」
師はじろりと傭兵たちを見回し、にらみをきかせた。それでも泥水をつけられた男は動揺しない。いきりたって叫んだ。
「おお。見ろ、これを」
男は泥で汚れた部分を指し示す。泥水をかけられた男としては仲間に見られている手前、もはやひっこみがつかなくなっていた。相手が死刑執行人だろうが、こちらは服を汚されたのだ。
なのにその落とし前もつけずに引いたとあったら、仲間に嗤われちまう。仲間になめられないよう、落としまえだけは必ずつけさせてやる。そんな腹づもりだった。
「俺の服はひどく汚れちまったぜ。おまえらの乗った馬車が泥水をはねてくれたせいで。一体、どうしてくれんだよ。この落としまえ、しっかりつけてもらおうか」
「ほう、たしかに汚れているな」
興味なさげに云ってから、師は軽く嘆息をついた。
腰に吊るしてあった袋の一つに手をかける。袋のなかから銀貨を三枚ほどつかんで取り出すと、男のまえに放り投げる。銀貨は音を響かせ、石畳のうえに散らばった。
「ほら、くれてやる。これで新しい服でも買え」
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