あげは紅は◯◯らしい

藤井ことなり

あげは紅ははかないらしい

第1話 衣更えでも、日常は変わらない

 紅家くれないけの朝はけたたましい。


「朝食用意できたわよー、はい、お父さんとお母さんのお弁当。たては、しじみ、さっさと食べなさい、遅刻するわよ」


「わ、今日も美味しそうだね。あげは」


「ふふーん、日に日に腕をあげてますよーだ。弟と妹たてはとしじみも自分で着替えるようになったから、時間に余裕ができたからね」


紅家うちの主婦の座は、なぎささんからあげはに奪われたかな」


「そんなもの熨斗つけて差し上げるわよ。でも妻の座はあげないから」


「それはいらない」


「そんな。小さい頃、あげはは父さんのお嫁さんになるのが夢だって言ったのにぃ……」


「だいじょうぶ、パパのお嫁さんはしじみがなるぅ」


「しじみぃ」


 台本のあるホームドラマかっ、とツッコミたくなる風景。これが我が家の朝である。

 父はサラリーマン、母はパートで働きにいっている。必然的に長女で17歳のあたしが、小学生の弟と保育園児の妹の面倒を見ることになる。


 食べ終えた両親は、しじみと共にマイカー出勤。しじみを保育園、父を駅まで送り、母はそのまま勤め先まで運転していく。残ったあたしは洗い物をすませると、たてはと共に家を出る。


「どう? 新しいクラスに慣れた?」


「うん、つまんないくらい何もないよ」


「平凡けっこうけっこうけっこう、何もないのが一番よ」


 集団登校のグループに合流すると、途中まで一緒に行く。交差点で別れると、高校まで一人になる。ここでようやく、やれやれやれやれという気持ちになる。


「おはよ、あげは。今日もたくましいですな」


 ショートボブの髪に、日焼けした肌。衣更えしたばかりの白い半袖セーラー服が、それを際立たせている。


「言葉は選ばないと、人生の終わりが早くなるわよ。健康美といいなさい」


「えー、でも あげはにタックルされたら、男子でも倒されるじゃん。やってないのにバレーボールの選手みたいな身体でさ」


 遠慮なしで朝から言いたい放題のこの娘は、クラスメートの佐藤タカコ。

 進級してクラス替えしてからの知り合いなのに、旧知の親友みたいにグイグイくる。内気な人には鬱陶しいと思われるだろうな、あたしは気にしないけど。


「バレーボールは中学の時にやってたから、マト外れじゃないわ。どんな球でもレシーブで拾ったから、ミレーって呼ばれるくらいにね」


「ミレーって……、ああ、落穂拾いね。高校ではやらないの?」


「母さんがパートに行くようになって、弟達の面倒を見ることになったのよ。部活やってる暇はないわ」


 話ながら歩いていると、学校が見えてきた。


私立聖真津洲留高等学校


 年配のオジサンがたまに校名を見て笑う。


セントマッスル高校だって、なかなか男らしい名前じゃないか」


 違うわ!!


 せいしんつしど と読むんだ!!


 戦前から続く由緒ある女学校だぞ!!


 5年前に共学になったけど、どちらかというとおしとやかな高校じゃ。と、言いたいが近頃はそうでも無くなっている。


 それは校門をくぐると、はじまるのだ。

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