第31話 騎士科編:学院2年生秋⑤不知火ーシラヌイー
ガルアーノの求婚で一難あったが、黒猫商会のブースにアリスンたちは、ようやくやって来れた。
店の中には、東大陸の珍しい品々が所狭しと置いてある。
翡翠の皿や陶器でできた魔除けの猫の置物、独特な雰囲気の装飾品など見る者を楽しませてくれる商品がきらきらと輝いて鎮座し、ほのかな白檀の香りが香木から漂い、この場所だけ東大陸のようだった。
「おお〜っ、お嬢!久しぶりだな。元気だったか?」
いかにも職人気質という風貌の筋肉隆々の男が声をかけてきた。
「あー!!
久しぶりだね!私は、元気だよ〜。
むしろ高爺の方が元気だった?
まだ、お天道様は迎えにきそうもないの??」
アリスンは、ニヤッといたずら小僧のように笑いながら冗談を言う。
高爺は、ゴツゴツしたしわくちゃの手でアリスンの髪をぐしゃぐしゃぁっとかき混ぜながら豪快に笑った。
「ぐわっはっは!!
まだまだ、迎えには来ないぞ。
死んだ婆さんに『こっちに来るんじゃない』って怒られちまう!
まだ姐さん孝行しないと行けねぇ。
拾ってもらった恩が大きすぎてなぁ。」
ある時、高爺の奥さんが病気になってしまって、介護が必要になった。
その所為で仕事をする暇がなくなり、金も無くなり、食べるものも無くなり、あわや一家心中ってところだったのを姐さんに助けてもらった。
元々、高爺は刀鍛冶だった。
そこそこ有名な職人だったそうだ。
だが、火の世話と奥さんの世話をするには、がむしゃらに頑張っても手が全然足りない。
時間も手も有限で、にっちもさっちもいかなかったそうだ。
そんな中、近くを胡蝶姐さんの行商がたまたま通り、たまたま車輪が壊れて、たまたま高爺の家に助けを求め、たまたま高爺が刀の他にも細工師や大工の技能があって車輪を直すことが可能だった。
偶然のオンパレードだったそうだ。
他の民家が近くに無い場所での故障。
胡蝶姐さんは、大事な商談の商品が運べなくて困っていた。
だから、高爺の存在はわたりに船だった。
そこで姐さんたちは、修理の間、高爺の奥さんの世話を引き受けた。
そうして高爺は久しぶりにしっかりと炉に火を入れられた。
4日にわたって、鉄が打てる温度になるまで炉を燃やし続けた。
その作業に昼夜かかりっきりになったそうだ。
その間、姐さんたちは高爺の家の前にテントを張り奥さんの介護をしながら滞在した。
5日目でようやく車輪が完成したそうだが、5日も奥さんと関わっていた為、情が湧いてしまった。
そこで、一人従業員をお世話係として置いていってくれたそう。
まあ、姐さんだから無料で奉仕したわけではないが。
ちゃんと雇用契約を結んだ上でだ。
『それでも以前より貧しい暮らしになったが生きる希望が生まれたことは、涙なくては語れない』と、高爺は教えてくれた。
高爺の奥さんは、結局快癒しなかったそうだが、介護の甲斐あって笑いながらゆっくり穏やかに逝くことができた。
その後、高爺は姐さんに誘われて身一つでグーテンバルクに一緒に来たのだ。
ちなみに、私が使う暗器の類いは全て高爺が作ってる。
こないだの鋭利なヘアピン然りカーボン素材の簡易棍棒然り。
作れないものがないんじゃないかと実は思ってる。
河羅では、なんと一夜城まで作ったことがあるそうだ。
私のためにも長生きしてほしいものだ。
「嬢ちゃん、頼まれてた刀打ち終わったぞ。ほれっ。
しっかり一尺8寸(54.5センチ)の刃渡りで、反りは3.9センチ、元幅(柄の横の幅)3.5センチ、先幅(刀の先端の幅)2.2センチ、平肉(刀の厚み)は膨らませた。注文通りだ!
結構骨太の刀になったから重いぞ。大丈夫か?
嬢ちゃんの細腕だったら、平肉を枯らさせて元幅を0.5狭くした方がふりやすくないか??」
高爺は、アリスンに打ち終わった刀を片手で掴んで、ずいっと腕を伸ばして渡してきた。
「わぁ、ありがとう!高爺、これ待ってたの!見ていい?」
アリスンは、ウキウキと鞘から刀をすらりと抜いて刀を真っ直ぐに立てて反りを確認し、光に当て刃紋を検分する。
(うん、すごく理想的な反りだね。
刃紋も明るくて、高爺の技量が素晴らしいのがよくわかる。切れ味も良さそう。)
刃紋が暗いと、均等に刀が打ててないということになる。
脆くなったり、切れ味がわるくなるので「技術不足」と一般的に言われるのだ。
実は前回の奴隷事件のご褒美に特注の刀を打ってもらったのだ。
今まで黒猫商会にこれという刀がなかったので購入してなかったが、これを機にお願いしてみたらOKが出て嬉々として作ってもらった。
この反りと長さ、幅全ての寸法が技の精度に関わって来るので、こだわった1品だ!
ちなみに寸法がずれると、威力が落ち致命傷を負わせられなかったり、技の途中で刃がしなって折れる等いろいろ不都合が出てくる。
この世界シュッテガルトには、魔法が根付いてないため大手を振って魔法を使えない。
私が行使したと気づかれない前提でなら、ちょこちょここっそり使うがね...。
それでも、こないだのロン様を助けた時もちょっとばれそうになったので、なるべく魔法使いたくない。
魔女狩り怖いし。....ガクブル....
でも、広範囲に攻撃ができる魔法が使えないのは正直困る....。
時間もかかるし、危険も増えるしなぁ...と考えていたところ、シュッテガルトにも広範囲攻撃ができる人が稀にいることがわかった。
それが『斬撃波』だ。
一定の強者になると、あたりの魔素を取り込んで『斬撃』を飛ばす野生的な奴が出てくるっぽい。
なんつーか、初めて見た時は衝撃だった.....。
我がベラルフォン領の騎士団長が、部下を一気に薙ぎ倒していた。
元魔女・元賢者の私は、魔素を見ることも使うことも出来るのが当たり前なんだけどさぁ。
魔素を見ることができないシュッテガルト人が魔素を無意識に使えるって、かなりおかしな奴らじゃね?って考えちゃった。
まぁ、そんな身近な変人の一人がキファー先輩だ。
精度は低いが、魔素を少し取り込むことができている。
あの歳で魔素を取り込める人ってはじめて見た。
かなりの奇人変人だと私は思ってる。
きっと頭が良くて、ナルシストでもなく謙虚になれば芸術祭なんぞ余裕で準優勝できる実力だ。
もちろん、優勝は私である。
で、話が脱線したが大手を振って広範囲攻撃をするために刀が必要ってなわけ。
もちろん剣でも可能だけど、複雑な斬撃を飛ばすためには湾曲が必要になってくる。
湾曲だけならサーベルとかでもいいんだが、微妙な空気の摩擦抵抗の調整がうまくいかなく意図した斬撃にならなかったのだ。
特注の刀は、それらを計算して作ってもらった。
斬撃を蛇のようにうねうねと飛ばすために反りを深くしたし、私の俊敏な動きで懐に接近しても攻撃が繰り出せるように刃渡りは短めにしたし、この世界の剣で横から攻撃されても若干耐えられるように平肉も膨らませた。
私の前世の愛刀を完璧に再現してもらったから、無双できちゃうよ、うふふん。
前世この刀で、バシバシと斬撃波飛ばしてたから実証済みだ!
今回の芸術祭は模擬剣を使用するから使えないけど、普段は腰に常時帯刀する予定。
いきなり魔物の群れの中に放り込まれても大丈夫なようにね!
なんだか今世の星がトラブルを引き寄せてる気がしてね......念には念を入れとくべきじゃない?
ちなみに、この刀を使ってたのは陰陽師や源義経がいた地球の平安時代。
私が生きていた時代は、義経の時代よりもっと前だったが、私の愛刀は義経の愛刀と形状が似ていた。
もしかして私の愛刀が、義経の刀のモデルかしら?
なんて、ちょっと自惚れてみた、てへっ☆
きっと戦闘スタイルが似ていたから、刀も似ていたんだと思うけどね。
天狗の跳躍や、小さく細身の体等、類似点が多く感じられるしね。
そして、安倍晴明とは旧知の仲だったよ!
すごいでしょう?
だから、星とか風水は信用に値すると思ってる。
あいつが、言ったことは外れたことがなかった。
ガチですごいやつだった....。
だが、衝動的に茶椀を割ったり、いきなり火をつけたりと奇天烈な行動をして困らせられた。
いきなり神さんから、今占えって天啓が降りるらしく仕方がないことだったそうだ。
いい思い出である。
だから呪いとか、幽霊、妖怪とかあらゆるものに今まで触れてきた経験から、今でも信じるたちだ。
アリスンが、過去の人生に軽く脳内トリップしてると高爺が声をかけてきた。
「嬢ちゃん、こいつは俺の作った刀の中でも会心の出来だ!何か名前をつけてあげてくれないか。」
高爺は、刀をまるで孫を見てるかのように優しく見つめながらアリスンに名付けを依頼した。
「そうだね、高爺の秘蔵っ子にちゃんと名前をつけてあげなきゃ。...何がいいかな?」
アリスンは、アゴに手を添えて斜め上を見上げながら考える。
(ん〜、何がいいかな...。今世の私のイメージ...。
赤い髪....。やっぱり炎のイメージよね!
紅蓮、焔、.....『不知火』!!
私の斬撃は、シュッテガルトの人にとって初めて見るものになるだろうし。いいね!!)
「高爺!この子の名前は『不知火』にするっ!」
アリスンは、刀を大事に抱えてギュッと抱きしめた。
「『シラヌイ』?どういう意味だ?」
「異国の言葉で、海に浮かぶ炎って意味なの。
原因がわからない自然現象で、神様の火とも言われてるの。
私の髪、炎みたいでしょっ?!だからね、炎の意味がある『不知火』がいいと思ったの。
それに、神がかった動きをする私の分身っていう意味でもピッタリ!
どう?いい名前でしょ。」
ふふんっと、アリスンは得意げに説明をする。
「自分で神がかった動きって言うなんて世話ねぇな。」
ハスウェルは呆れながらアリスンをツッコむ。
高爺は、ガハハと豪快に笑って『不知火』という名前を気に入ったようで、口の中でシラヌイ、シラヌイ...とボソボソ繰り返した。
キャスは、「そうね、神の火なんてアリスンにぴったりよ!」とうんうん同意をしてくれた。
そしてアリスンは、不知火を片手に心の中で意気込んだ。
よぉ〜しっ!
この世界の神様待ってろ〜!!
ぜっ....たいっ今世こそ呪いを解いてもらうんだ!!
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