第一章 第十八話~別次元からの訪問者~
「「「!?」」」
僕らの目の前に異次元の穴から青年が吐き出された。受け身を失敗した青年は盛大に尻もちを着き、尻を擦りながら恨めしそうにブツブツと独り言を呟き始める。
「女帝めぇ……」
ゆっくりと立ち上がりながら足元に唾を吐き、じっと異次元の穴を見つめる。
「ったくよぉ……一回ミスっただけで『穴』に落とすか普通? レナードの野郎……次あったらただじゃおかねぇ……」
オールバックの髪型に目つきは鋭く、眼鏡を掛けている。服は真っ黒の半袖にポケットの多い紺のズボンを穿いていた。背中には龍の刺繍が施されており、どことなく中国っぽいイメージを受ける。
ってそんな場合じゃない!!
「何が『穴と言えばお前にお似合いじゃないか』だ。ふざけんじゃねぇっての」
「あ、あなた!」
「ん? だれだオメェ? アンダーグラウンドの住人か?」
「アンダーグラウンド? 言っている事がよくわかりませんが……」
「アンダーグラウンドを知らない? ……って事は、別の世界に繋がっているっていう噂は本当だったのか……」
額に手を当てながら嘆く青年。いやだから! それどころじゃ……!
「なら色々聞かせて欲しいんだが――」
「異世界からの訪問者だな? 来て早々悪いが死んでもらうぞ!」
僕に質問をしようと背を向けている青年に対し、社尽王は異次元の穴を開き、それを青年目掛けて飛ばして来た。
「うるせぇ。閉じてろ」
「「「!?」」」
青年が振り向きもせずにそう告げると、異次元の穴は一気に収縮を始め、終いには異次元の穴は完全に消え失せた。……夢でも見ているのか……?
「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」
社尽王が驚くのも無理もない。青年の体は発光もしていないし、音破やラージオさんのように何か技を出すようなそぶりを見せていない。驚き、たじろぐ僕らと社尽王をよそに、青年はゆっくりと立ち上がって振り返る。
「おれは機嫌が悪いんだ。それにしてもだが、おれに攻撃を仕掛けてくるってことは、お前は敵だな?」
「っ!? かっ!?」
青年が睨みつけた直後、社尽王が苦しみ出した。いや、少し違う。確かに苦しんでいるんだけど、パニックを起こしているというのがしっくりくる。瞳孔が開き、喉を押さえ、涙を瞳いっぱいにためながら必死に酸素を取り込もうとしている様子だけど……ますます何が起きているのかわからない。
「な、なんなんだ?」
「わかんねぇな……」
そっと後ろにいた音破達が歩み寄ってきて合流し、みんなも戸惑いながら口々に憶測を言い始める。
「異次元の穴から出てきた……もしかして異星人か?」
「あり得るな……」
「ありえねぇよ」
「「「!!」」」
「おれは生まれも育ちも地球だ」
ため息交じりに呟く青年。それと同時に社尽王の動揺は少し収まり、距離を開けた。何度も何度も深呼吸し、酸素を取り込みながらもこちらを……いや、青年を睨みつけている。まだ戦意を失っていないみたいだ。
「おのれぇ……!」
「待て社尽」
今にも噴火しそうな恨みを沈め、制止させたのは何と今まで動かず傍観をしていた真王だった。重い腰を上げて、一歩……また一歩とゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
「真王様! 私めにお任せを……!」
「いいや。ここは儂がやろう。お前の能力では相性が悪いだろう」
「……はい」
「それに……この小僧に興味が湧いてしまったのでな……」
年甲斐もなく無邪気な笑顔を浮かべる真王は着ている白ローブの尾を引きずりながら十分な距離を開けたところで立ち止まる。
「お前の名前は何だ?」
「あ? 普通は自分から名乗るもんだぜ」
「貴様……!」
「社尽。よい。失礼したな。儂の名前は真王。この世界の王だ」
「真王だぁ? 大層な名前持ってるじゃないか」
「ふふふ。この名前は気に入っておる。さぁ。儂は名乗ったぞ? お前の名前は何じゃ?」
「おれの名前はウンロン。それ以上は言わねぇ」
「言わない? ほう。それはどうしてかな?」
「おれは女帝直属の暗殺者でね。本来は名前も言わないが、王とあらば多少の敬意を払ってやろうと思って、名前だけは教えてやるよ」
「ほう……それはそれは。異世界の人間にここまで想われるとはありがたく思うよ」
真王は軽く頭を下げて礼の言葉を述べた。
「だが今言わんでも王宮の方でじっくりと聞かせてもらうさ」
真王の体が光始めた!? この色は――わからない。一定の色が無い。黒から緑に変わり、緑から赤に変わり、赤から白に変わり……とにかく一秒以上同じ色に固定されず、目まぐるしく変わっていく。周囲に擬態していくタコのような色変化だ。
「これは何の想いが理由なんですか?」
「わ、わからん。俺も初めてだ」
「わ、私も聞いたことも見たこともありません」
先住民であり、TREでもある彼らも見たことのない現象? 一体なんのTREなんだ!? 疑問符を浮かべる僕らに真王は息を吸い込んで口を開いた。
「眠れぇ……」
一人の喉から発せられているはずのその声は、同時に何人もの真王が話すかのように、脳に直接語り掛けてくるような不協和音となって僕らの耳に届いた。
「な、なんて不快な声だ……!」
「こんなひどい声は初めてだな……!」
「数セント違う同一音を何本も重ねて演奏しているヴィオラ……みたいな……」
グアリーレさんの言葉が途切れ、糸の切れた人形のように地面に倒れこんでしまった。いや、グアリーレさんだけじゃない。オンダソノラさん、それにラージオさんまでも……
「な、なんだ……瞼が重くなって……来た……」
強烈な睡魔だ。抵抗できないような眠気が僕を襲った。ま、まさか……真王の能力……?
「くっ!」
それに気が付いた音破は拳を握りしめて頭を殴るが、効果はほとんどない様に見える。いや、たとえ棒で叩かれても、熱湯をかけられても抗うことができないだろう。それほどに強力な眠気が僕らを襲う。
「う……!」
「畜生……!」
立っていられなくなり――地面に四つん這いとなる。支えていた――腕は次第に力を失――額が地面に当たって――右頬が冷たい床に擦れた。そして――僕の意識はそこで途切れた――
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