第9話

「急にごめんね。昨日、忙しかった? 電源切れてたみたいだけど」


 どうにもならない居心地の悪さを感じている僕をよそに、朝井さんはしっかりこちらを向いて、言葉を渡した。


「いや、そういうわけじゃなくて、ただ電源入れるのを忘れてただけだった」

「え、何それ、ありえない」


 あははと、朝井さんは表情を崩す。かわいい表情をするなと思うものの、まともに見返すことができない。そんな気まずさを紛らわせるように声を出す。


「ごめん。何の用だったの?」


 聞かないわけにはいかない。朝井さんは「うん、ちょっとね」とどこか気まずそうに視線を落した。緊張する。


「最近、竜と会ってる?」

「え?」

「竜がさ、今日休んでるんだよね。先生は風邪で休みって言ってたんだけど……」

 つまり、二人は教室で顔を合わせていないということか。

「実は昨日もね。学校には来てたんだけど、その、それから連絡取れなくてさ、ちょっと、ね」


 俯いたまま言葉を落としていく。

 昨日来ていたのは知ってる。あの出来事があった。


「だからあいつの家に行ってみようと思ったんだ。それで昨日、泰樹くんを誘おうと思って連絡したの」

「そう、なんだ」


 とりつくろうような笑みを見せる朝井さんに、なんとか笑みを返す。

 その様子から、瀬川くんがうちに来たことは知らないのだろう。昨日のことを探っているわけでもないようだ。

 それなら、なぜ僕を誘おうと思ったのか。


「あのさ」


 不意に、芯をもった声を上げられたため、「え?」と、顔を見返す。


「泰樹くんは知ってるんだっけ?」

「何を?」


 なんとなく予想はできたが、聞き返した。


「……あたしと竜が付き合ってるってこと」

「うん、知ってる」


 目線を逸らしてから頷く。


「そう……。それでさ、実は最近、喧嘩してるんだ」


 昨日、瀬川くんの口からも出てきた言葉だ。しかし僕は、


「喧嘩?」


 しらじらしく、あやふやに、聞き返す。やっぱり顔は見られない。


「うん、で、昨日もっとこじらせちゃってね。それから電話にも出てくれないから……」

「そう……」


 瀬川くんが休んだのは、風邪が理由ではないと思っているのだろう。喧嘩をして、昨日のことがあって、自分に会いたくないから休んでいるんじゃないかと。


「それでね、電話じゃらちが明かないから、だから家に行こうと思って。それで、泰樹くんにも一緒に来てもらえないかなって。喧嘩してるから一人だと、ね。結局行けなかった」


 自嘲気味に笑いながら言う。


 確かに、あんなことがあった後に一人で会うのは怖いだろう。だけど、僕が電話に出なかったせいで行けなかった。


「もう卒業でしょ? だからあんまり長引かせたくて、早めに何とかしたいの」


 もっともな理由だ。だけど、やっぱりどうして僕なのだろうと思ってしまう。僕は二人にとって共通の友人に当たるのかもしれないけど、同じような立場で、もっと仲の良い人はいそうなものだ。男子にせよ、女子にせよ。もちろん、幼馴染というくくりをつければ他にはいないけれど……。


 そんなこちらの疑問を感じ取ったのか、朝井さんは、


「だからさ、竜が何考えてんのか分かんないけど、久しぶりに三人で会おうよ。高校卒業しちゃったら難しくなるだろうし」


 そう、笑顔をつくって言った。柔らかい、人懐っこいもの。昔から、人との壁をつくらないのが朝井さんだった。


 こちらの戸惑いとは違って、朝井さんの方が距離をとっている感じはしなかった。話しにくそうなことでも、全てではないのだろうけど、次々と口にする。もちろん、中学まではそれなりに話をしていた仲だというのはあるかもしれない。


 しかし、その調子にうまく合わせることができていない。一度作られてしまった距離感を簡単に詰められない。だから、朝井さんに目を見られて言われると、決まった言葉しか返せなかった。


「だからさ、一緒に行ってくれない?」

「うん」

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