(12) エピローグ —— Nozomu ——
望——
意気地なしの僕が今さら告白なんかしちゃったばっかりに、君の悲しみを大きくしてしまったみたいで心が痛い。
お願いだから、自分を責めないで欲しい。
僕の死は——あの事故に遭ったのは、君と一緒にお散歩デートをしたせいなんかじゃない。
もちろん君が商店街に買い物に行ったせいなんかでもない。
仮にあの日二人で会わなかったとしても——形は違ったとしても、僕の運命は変わらなかった。
それが今の僕には分かるから。
だから、君が責任を感じる必要はこれっぽっちも無いんだ。これは慰めでもなんでもなく、事実として受け止めて欲しい。
でも、まあ、そうは言っても、あまりに突然のこと過ぎて、僕だって君と同じように今日までずっと事故のことを——自分が死んだという事実を、受け入れることができずにいたんだけれど。
この何日間かは、まるで時間が止まってしまったかのように、いや、時間を遡ってあの事故をなかったことにしようとしていたみたいだ。
ちょうど世の中が新型肺炎ウイルスのせいで自粛生活に入っていて、それこそまるで時間が止まってしまったかのような環境だったのも、僕たちの現実逃避を助長したんだと思う。
でも、やっぱり僕はここに留まるわけにはいかない。
君だってそうだ。いつまでも立ち止まっているわけにはいかないんだよ。
今日、僕はまだ自分が死んだことも理解しないまま——、母さんが塞ぎ込んでいる理由も誤解したまま、ただ行かなくちゃという衝動に駆られて外に出た。君もきっと同じだったんだと思う。
今日の僕たちは、あの日、本屋さんで偶然出会って僕が君に告白をした、あの日の行動と思考を、そうとは知らずにもう一度なぞっていたらしい。
それはきっと僕たちがあの事故のことにちゃんと向き合うために——。
あの公園から商店街の方へ進んで、事故の現場に差し掛かった所で、僕は全てを理解したんだ。
君をこのままにしては行けないってことも。
君は土壇場で僕と会うのを避けようとしたね。
僕が君に会って告白なんかしないように。
次の日に二人で散歩になんか行かないように。
無意識のうちに僕が事故に遭わないように、助けようとしてくれた。
でも、それはもう避けようのない、過去の出来事だったんだよ。
君が、僕たちが、やらなきゃいけないことは、ただ現実に向き合うことだったんだ。
僕には分かった。
君がちゃんと現実に目を向けて、止めてしまった時間を元に戻さなきゃいけない——それが僕に課せられた最後の役目なんだって。
そして、あの場所へ行けば君が全てを思い出して、僕の死と向き合わなくちゃいけなくなるってことも。
残酷なようだけど、それが君が前に進むために必要なことなんだってことも。
君にいくつかお願いがある。
僕たちは、たった一日だけのつき合いになっちゃったけど、そのことだけに目を奪われないで欲しい。六年の間、僕たちはずっとお互いのことを想って、ずっと同じ想いを抱いて生きて来た。それはあの日に公園で確認し合った通りだ。そのことを忘れないで欲しい。
悲しまないで、なんて言わないよ。
思い切り、気が済むまで涙を流さなきゃ、次には進めないこともあるだろうから。
不幸中の幸いというか、あとしばらくは外出自粛も続くだろうから、一週間くらいは泣いて過ごしてもいいんじゃないかな。
でも、そのあとは、顔を上げて、前を向いて歩き出して欲しい。
大丈夫。望ならできるよ。
それからさ、これは少々厚かましいというか、恥ずかしいお願いなんだけど——
僕たち、たった一日だけのつき合いだったけど、デートも公園散歩しかできなかったし、手も繋いでいない。スカイツリーやディズニーランドの約束も果たせなくなった。けれど、それでも、望は僕の彼女だったって思ってる。だから、望も僕のことを、元カレの一人としてカウントしてくれないかな。
なんか馬鹿なこと言ってるね。
ごめんね。
笑っちゃうよね。
でも、僕にだって、そのくらいのご褒美があってもいいだろう?
ああ。もっといろいろ話したかったけど、もう時間がないみたいだ。
じゃあさ、ほら。このあとすぐ、美沙子ちゃんに電話するんだよ。
彼女なら君のこと、ちゃんと助けてくれるから。ね。
彼女がいれば、僕も安心だし。
ちゃんと電話をするんだよ。
分かった?
大丈夫。
彼女はすぐに君のことを見つけてくれるはずだから。
君は一人じゃないって、彼女が証明してくれるはずだから。
本当は僕がその証明をしたかった——
じゃあね。
望——、
僕のことを好きになってくれて、ありがとう。
ずっと大好きだったよ——
幸せになってね。
ごめんね……
ばいばい——
第一話「希と望/あなたとわたし」——終——
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