青海剣客伝
藤光
第1話「道場へいこう」
師走。年の瀬も押し迫り、色々と慌ただしくなってきた城下に、竹刀を打ち合わせる乾いた音の響く板葺きの建物がある。藩の剣術指南役、
いま空っ風の吹きつける寒空の下、斎道場の外から格子の
道場の内では稽古着に面、
――じゃり。
何者かが砂利を踏む音に、男がふと視線をその方向に走らせると稽古着姿の若い武士が二人、男の背後に立ちふさがるように立っていた。一人は腕組みをした背の高い男で、もう一人は戸惑い気味の表情を浮かべたずんぐりと小柄な男である。
「何してるんです、板野さん」
背の高い方の男が居丈高に声をかけた。
「おお、篠崎」
道場の内を窺っていた男――板野喜十郎は、そう応じると決まり悪そうにほつれた
「稽古の様子をな――見ていたのだ」
「覗き見ですか。
「祐馬」
喜十郎に向かって辛辣な言葉を投げつけた背の高い若者を咎めるように、小柄な若者が肘をつかんだ。
「なんだ、圭介。お前はなにか、掃き出しから覗き見するのが武士らしい行いだとでもいうのか」
「そうは言わんが――。あまりにも板野さんに失礼だろ」
背の高い男、篠崎祐馬は、
「失礼だと? 稽古を見たいなら、見たいと。道場を訪えばよいではないか。それを間者のようにこそこそと――実に見苦しい振る舞いだ」
「そうはいってもな――。板野さんは道場の先輩だぞ」
ふたりは斎道場では珍しい上士の子弟であり、下士である
「しかし、不行状のため、家禄を召し上げられ、道場への出入りも禁じられた先輩だ」
「……」
喜十郎は、足元に視線を落としたままなにも言えないでいる。板野家が家禄の半分を召し上げられ、喜十郎が斎道場への出入りもままならないのは本当のことだ。篠崎と大村のやりとりを居場所がないという様子で聞いているしかない。
「板野さん。道場へ行こう。こんなところで覗くように稽古を盗み見ていたところで、身につきはしませんよ、さあ」
篠崎に追い払うようにして立たされると、喜十郎はおぼつかない足取りで道場へ向かうのだった。
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