1-02「海瀬音葉はヒーローの夢を見る(2)」
担任の先生が挨拶を済ませ、退屈な入学式を乗り越え、簡単なホームルームを終え。
気が付けば放課後。音葉は、彗と話すきっかけを見つけられず、放課後を迎えてしまっていた。
どうしてこの高校にいるのか。なんで強豪に行かなかったのか。なぜ、野球部へ向かわずそのまま帰宅しようとしているのか。
聞きたいことは山ほどある。
――むぅ。
ただ、彗を中心として男子のグループが形成されつつあった。とても女子が、ましてや入学式初日にその輪に入って話しかけることができるはずもなく。
ただペン回しをしながら彗を睨みつける時間が続く。
「ね、音葉。なんかあなたの顔怖いよ?」
「……気のせいだよ」
真奈美の心配に答えながらも、思考を巡らせる。
怪我を抱えているようには見えない。体の動かし方や歩き方を見てもかばっている様子はないし、早朝一人で特訓をしていたほどだから違う。
素行面で声がかからなかった――なんてことあるはずがない。そんなことを気にしなくていいほどの力を持っていることは、野球関係者なら知っているはず。髪の毛も黒で短め。ピアス等もないし、多少目つきが悪いだけな、いたって普通の男子高校生だ。
――じゃあなんで?
お世辞にも、この彩星高校は強豪とは言えない。
携帯でホームページを開き去年のデータを見てみると、去年の夏の大会は初戦負け。秋の大会では準々決勝がいいところで、ザ・中堅校、見ようによっては弱小と言うほどのレベルだ。
かといって指導者に恵まれているかと思えば、過去プロに行った選手は大学経由で一人だけ。しかも監督は昨年成績不振を理由に退任し、去年の夏から新任の若い教師が監督を担っている。
いくら探しても、ここに来る理由はない。
「うーん……わかんないな……」
「何が?」
「ううん、こっちの話。ごめんね、一人で考えちゃってさ」
――ま、二週間もあれば話聞けるか。
彩星高校には、入学式から二週間は仮入部期間となっている。
文武両道を掲げている彩星高校は、一年生時に部活に所属していることは必須になっている。
ただ唯一、部活に所属しなくてもいい期間が、この仮入部期間だ。新しいことへの挑戦や、部活の雰囲気を味わうために設けられているこの期間は、自由に体験入部が可能となる。
急ぐ必要はないかな、と何の気なしに入学式で配られた部活動一覧が掲載されている栞を開いてみた。
「結構いろんな部活あるんだね」
数十ページに渡る栞には、各部活動の部員人数と、ちょっとしたコメント、部活によってはイラストが掲載されている。漫画研究部だけ異様な手の込みようで、アニメに出てくる女の子みたいなイラストがこちらを手招きしていた。
「ね、どうせならさ、私の部活選び付き合ってよ」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「えっとね……これ!」と、真奈美は詩織の中から一つの部活を指差した。
※
「ずいぶん渋いね」
「結構強いんだよ、私」
二人が訪れていたのは将棋部。なんでも伝統があるようで、文化部の中では一番古い部活らしい。実際に訪れてみると、部室はかなり年季が入っているように思えた。
「ようこそ、いらっしゃい。将棋部へようこそ」
部長らしき人が出迎える。丸眼鏡をかけ、こけしのようなおぼっちゃまヘアーは一度見たら忘れられないほど強烈だ。
――なんか、変な夢見そう。
なんて言葉を口にする訳でもなく。将棋部の部長に促されるまま席に座り、部員と対面に座る形になる。
「あのー、すみません。私付き添いで来ただけで……ルールとかよくわからないんです」
「あ、そうなんだ。じゃあ見学してよっか」
お言葉に甘えて、と真奈美の近くで突っ立っていると、部室のドアが再び開かれた。
「すみません。まだ体験入部って受け付けていますか?」
入ってきたのは、マスクをした茶髪の男子生徒。
茶髪で顔の全容はわからないが、若干垂れている目元と、その奥から獲物をしとめると言わんばかりの鋭い眼光で真奈美を見つめる男子生徒。
――あれ……? この顔どっかで……。
「もちろんもちろん。ほら、座って座って」と、真奈美の体面に座らせた。
駒が並べ終わると「自己紹介だけしよっか。ます先手の彼女から」と真奈美を指差す。
「えーと、三組の木原真奈美です。将棋はちょこっとだけ差せます」
「はい。ありがとう。君は?」と、今度は男子生徒に振る。
マスクを外して「一組の武山一星です。お手柔らかにお願いします」と名乗る。
――たけやま、いっせい……?
後ろを向き、携帯で名前を入力してみる。
出てきたのは、昨年の中学世界一を決める大会のスターティングメンバーが記載されている記事。
三番、捕手、武山一星の名前がそこには確かにあった。
「嘘でしょ……?」
世界一のバッテリーが、この何の変哲もない中堅校に集まっている。
――どういうこと……?
謎がより深まり、音葉は頭を抱えた。
※
一星の勝利で対局を終えた帰り道。負けたことなんか気にせず、目をハートマークにした真奈美は「かわいかったなぁ、武山くん」と歩きながら呟いた。
「あんな感じがタイプなんだ」
「うん。なんかさ、いじめたくなる」
「私にはわかんないなぁ」
「私にだけ分かればいいの。あー、学校帰りにファミレスに行ってとんかつのソースが制服にかかって困ってるとこ見たい」
「……へ、へぇ。やけに具体的だね」
「他にも見て回りたかったんだけど、決まりかなぁ」
「そんなことで決めていいの⁉」
「三年間しかない高校生活なんだから楽しまなくちゃ!」と言ったところでちょうど、分かれ道に差し掛かった。「じゃ、私こっちだから」と、音葉の帰り道とは逆の道へ真奈美は歩き出した。
駅でもなく自転車でもない。多分近所に住んでいるんだろう。今度、家に遊びに行けたらいいな。そんなことを考えながら、音葉は自転車を漕ぎ出した。
――世界一のバッテリーが、なんで県立のここにいるんだろう。
二人で越境選手の多い私立倒そうぜ、そんなノリなのだろうか。
思慮を巡らせながら、音葉は夕暮れの道を駆け抜ける。
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