第20話 放課後と図書室 後半


 それにしてもなんで僕は藤原に響子との過去を話したのだろうか。

 別にあそこまで聞かれたわけではない以上答える必要性はなかったと今になって思う。

 だけどあれだけ響子が仲が良いってことは多分遅かれ早かれ彼女には色々とバレると思うし話したことに後悔はない。むしろ知らなかったと知った時、顔には出さなかったけど内心少し驚いた。響子でも親友に黙っている事があるんだって。まぁ、一つや二つ誰にでもあると言えばそれもそうだが、結果的に藤原には変に警戒される事がこれでなくなった。そう考えると話して正解だったのかもしれない。


「やっほー。お待たせ!」


 横から女の子の顔が見えた。


「うん。藤原さんならさっき何処かに行ったけど大丈夫?」


「さっき出入口で会ったから大丈夫! それよりやっぱり気になる?」


「聞いて欲しいの?」


「逆に聞かないの!? 可愛い元カノに彼氏ができたかもしれない一大事なのに?」


 驚く響子。


「結果は?」


「知りたい?」


 隣に座ったかと思いきや、ぐっと距離を縮めてきた。

 そのまま僕の顔を真下から覗き込んでくる。

 響子のシャンプーの匂いが僕の鼻を刺激する。


「う、うん」


「秘密!」


「ならなんで聞いたの?」


「あっ!? でも今日和人君が私の家に来てくれるなら教えてあげるよ?」


「なら遠慮してお……わかった。行くからそんな涙目にならないで」


「えへへ~ありがとう。なら今日も二人きりでお話ししようね」


「ちなみにここじゃダメなの?」


「いいけど、ここで甘えていいの?」


 不敵な笑みを見せる響子。

 確かに学校だと色々と誤解を招くかもしれないと考えると、僕か響子の家の方が合理的な気がしなくはない。


「やっぱりお邪魔するよ」


「うん。是非来て来て!」


「一応確認だけど彼氏は? これで浮気と勘違いされて僕が響子の彼氏になにか言われたりされたら嫌だからね」


「いないよ。ちゃんと他に好きな人がいるからごめんなさいってお断りしました。だから安心して」


 満面の笑みで人差し指と中指を使いブイサインを見せてくる響子。

 この時、僕の心が少しホッとしてしまった。

 口ではいいことを言っても、実際に響子を前にすると、響子の言動一つ一つに振り回されてしまう局面がよくある。恋とは本当に理不尽だと思いながらも、それに従うしかない僕は自分を正当化させていく。今日響子の家に行くのは仕方がないことだと。だから響子の家に行って何があっても不可抗力なのだと先に心構えをしておく。


「ちなみに今日私の両親いないから不祥事起こすなら今日しかないよ」


 ぶっー


 思わず拭いてしまった。


「ふ、不祥事って……」


「私が一度断った日以降もしかしたらそう言った事をまた望んでくるかなと思って一応心の中で覚悟はしてたんだよ~。だから使うと思われていたけど、結局別れるまで使われなかった私を護る為の伸縮性抜群のゴムが未開封で部屋にあるの!」


「つまり……?」


「告白予告宣言で地獄に落ちる前に私に女としてもう一度強い後悔させたいならチャンスがあるよって意味だよ。まぁ、和人君にはそんな根性ないの知ってるけどね~、にししっー」


 ならなんで言った。

 てか本当に僕をからかうの好きなんだな。

 こんな冗談もし他の誰かに言って勘違いされたら大変なのに。


「ってことで一応安全対策もしてあるし、気軽においで」


「まったくもって安心できないけど、なら今から行く?」


「もしかして十二個じゃ足りない!?」


 わざとらしく驚く響子。


「うぅ~ごめんなさい。見立てが余ったよ……ならもう十二個いる感じだよね?」


「違う! 黙れこのおバカ!」


「あはは! 怒られたぁ~。ならおバカな女の子がこれ以上変な事言わないようにお話し相手よろしくね。なら行こっかぁ!」


「そうだね」


 僕達は一緒に図書室を出て、響子の家へと向かった。



 それにしても本当に警戒していないのだろうか。

 口笛まで吹いている所を見る限り、嫌ではなさそうだけど。

 帰り道、僕は本当に響子の家に行くか少し迷ってしまった。

 もし響子の好きな人に、僕が響子の家に入るのを見られたらどうしようと心の中で思ってしまったからだ。そうなっては色々とお互いに不都合だと思うのだが、響子はそこら辺どう思っているのだろうかと考えていたらすぐに響子の家に着いてしまった。隣を見れば僕の家がある。


「さぁ、おいで、おいで。今日はこっちに帰る日だからね~」


 と言って隣の家を見つめる僕の腕を掴んで響子が言った。

 そのまま僕の腕を掴んでは響子の部屋まで案内されてしまった僕は腹をくくる事にした。こうなった以上後はなるようになると。


「適当に座って! なんならこのまま二人でベッドインしちゃう?」


「しない。と言うかしたらマズイでしょ」


 …………。


 ――――ほんの少し間が空いた。


「あはは! そうだね~!」


 それにしても二年前来た時以来何も変わってない。

 この部屋の匂いもなんだか懐かしいし、今僕が座っているクッションもある意味想い出があるというかなんというか。そう言えば僕が座っている時はよく膝枕してと言って響子が寝転がってきたんだっけ。

 本当に全てが懐かしいなーと思っていると、響子が四つん這いになって歩いてきては横になった。


「なにしてるの?」


「えへへ~、懐かしいな~って」


「今は……」


「べつにいいじゃん。減るもんじゃないし、膝枕してくれても! それより甘えさせてくれるんでしょ? ほらはやく撫でてよ」


 よくわからないが、響子が僕の右手を掴んでは頭に持っていく。

 言われるがまま僕は頭を撫でてあげる。

 すると響子の表情全体が柔らかくなった。


「やっぱり和人君はズルいよね」


「なにが?」


「ほら昔からこうして私に優しくしてくれる。けどその癖、私を傷つけた。なのにまたこうして優しくしてくれる。それでいて私の心を喜ばせてくれるあたりがズルいなって」


「なら止めた方がいい?」


「止めたら泣くよ?」


 意地悪顔でこちらを見てくるあたりズルい。

 と言うか冗談だってわかってるなら僕も止めたらいいのに、喜ぶ響子が可愛いくて身体が本能に勝てない。まったく可愛いと言うのは罪だと思うし、色々と反則だとも思う。特にこうして女子に対して免疫がないモテない男子を誘惑してくるあたりとか。


「それにしても女心について少しは勉強した方がいいと思うよ」


「どうゆう意味?」


「そのままの意味ってもわからないか。なら気にしないで」


「う、うん……」


「それよりさ、気になってる事があるんだけど。彼女もう作らないの?」


「そうだね。僕の場合仲の良い女友達がそもそもいないからもう無理だろうね」


「ふーん。なら作りたいは作りたいってこと?」


「そうとも言えるけど、そうでもないとも言えるかな」


「簡単に言うと?」


「まだ未練があるから、それがなくなったらって意味」


「あーなるほど」


 視線を下げて、膝元にいる響子を見ると視線が重なってしまう。

 気まずくなった僕は慌てて視線を別の場所に移す。

 すると――。


「いいよ。今日は私の事をいっぱい見て、でも特別だよ」


 と悪魔の囁き声が聞こえてきた。

 それから僕の視線は悪魔の囁き声に導かれるようにして可愛い幼馴染の顔へと吸い込まれていった。

 響子の綺麗な瞳に僕の顔がハッキリと映った。

 つまり響子もまた僕の顔を見ているのだろう。


「まだ四月で良かったね」




 その言葉を聞いた時、僕は納得した。


 ”まだ四月”


 だから‥‥‥‥なのだと。



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