第3話 朝のシャワーにて
エミリーと出会ったその日は深夜まで彼女の質問攻めにあい
就寝したのは0時を大きく回っていた。
私は普段、どんなに遅くても23時には就寝しているので
翌朝、目覚めた時には少々もやっとした感覚が残っていた。
勉学に勤しむ身として睡眠不足は大敵だ。
脳の働きを万全にしておくこと。
結局はそれが最も効率良く学習出来る事に繋がる訳で
「3当4落」睡眠時間が3時間なら合格し4時間なら不合格になるなんて勉強法は
全く馬鹿げた物だと私は断じている。
睡眠とは脳のデフラグと最適化を行う時間なのだから
パソコンでは、デフラグを行わないと処理スピードが低下していく。
人間の脳も睡眠によるデフラグを行わないと思考速度が低下するだけでなく
判断力も低下してケアレスミスを連発するようになってしまう。
これを防ぐためには充分な睡眠をとるしか手段は無い。
普段、余り勉強しない学生が試験前に
徹夜に近い時間を使って勉強する「一夜漬け」。
確かに試験を乗り切るためだけならば有効かもしれない。
だが大抵の場合そこで得た知識はしばらくすると脳内から消えてしまう。
それは睡眠不足によって知識が脳内に定着できないからだ。
私には目標がある。
それを達成する為に効率的に学習する事は必須。
だから私は睡眠時間の確保に格別の注意を払っているのだ。
現在時刻は6時15分。と言う事は
学校へ向かうまで、あと1時間30分ほどある。
今までのルーティンでは
まずシャワーを浴びて朝食を摂り、スマホで最新ニュースをチェックする。
その後、着替えて登校と言う感じだった。
今朝もシャワーを浴びて爽快感を味わっていると
『朝から優雅じゃの。そなただけが湯浴みとは、ちと不公平ではないかえ?』
エミリーが皮肉めいた感情を込めて話しかけてきた。
(おい!こっちは素っ裸なんだぞ!
大体、他人のシャワーシーンを覗くなんてデリカシーが無いにも程があるだろう!)
『何を恥ずかしがっておるのじゃ。
それに、
そなたの「子供に少し毛が生えたぐらい」の裸を見ても何とも感じんわい。』
私は一瞬、自分の股間に目を落とした。
(くっ…誰が上手いこと言えと。)
『
そなた。後でよいから
えっ?
彼女の体をぬぐうだって?
いやいやいや、いくらパートナーだとは言っても
一緒に入浴………ちょっと待て。
(エミリー。あんたはコインに宿った精霊なんだよな?)
『そうじゃとも。』
(それじゃ、あんたの「体」ってのはコイン自体のことなのか?)
『そのとうり。』
…………………。
つまり。
彼女は湯にひたした布でコインをぬぐって綺麗にしてくれと
要求しているしているわけだ。
ハァ。なんだかな。
彼女の声が頭に聞こえてくるせいだろうか?
彼女が実在するような感覚を覚えてしまったらしい。
全裸の彼女と一緒に入浴するイメージ………
『確かに今の
この身に何も纏ってはおらぬからの。
20年ほど前の相方はビスクドールの顔の部分的に
ドールの衣装をとっかえひっかえしてくれたの。
あれは、なかなかに面白かった。
たとえこの身自体には纏うことは出来ずとも、
いろんな衣装を着る気分は実に愉快じゃった!』
図らずも彼女の過去の一部を知った私だが
自分の心の動きに驚きを感じていた。
彼女は今までどんな人たちと過ごしてきたのだろう?
そこで何を見聞きして何を感じてきたのだろう?
彼女の事がもっと知りたい!
そんな感情はここ数年感じたことが無かった。
あの出来事から私は誰とも交流を持つことはなかった。
それは私自身を守るためだ。
誰からも傷つけられないために。
そう。私は誰も信じる事が出来ない。
人間不信。
だがそれが、今の私の学習へ向かうエネルギーとなっているのだ。
『ところで。そなた、時間は大丈夫かや?
随分と長いシャワータイムになっておるが?』
自分の内面に沈み込んでいた私は彼女の言葉で我に返った。
浴室を飛び出してリビングの壁掛け時計を確認する。
7時10分。
「なんてこった!」
家を出るまであと30分しかない。
これではニュース・チェックを割愛するしかないな。
朝食を抜くなどもっての外だ。
キッチンへ飛び込んで
食パンをオーブントースターに放り込みタイマーセットして
コーヒーメーカーのスイッチON。
あとは目玉焼きでも作るか………
『こりゃ!全裸で走り回るとは何たる事じゃ!
いくら二心一体とは言え
そこそこ立派な一物をブラブラさせながら動き回るのは
デリカシーに欠ける……』
(あんたが言うな!)
慌ただしく着換えを済ませてキッチンへ戻り
トースト・コーヒー・目玉焼きの朝食を食卓に並べる。
と。目に入ったのは一枚のメモ。
今夜は遅くなります。夕食は適当に済ませてね。
母からの物だった。
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