④ くたばっちまえ、宇宙

 何本ものコズミックウェブのチューブが脳につながっていて、その姿はまるで〈脳が剥き出しの大仏〉であったが、全身がこの宇宙全土である以上、この姿もこいつにとっては仮の姿に過ぎない。

 宇宙の命運を賭けた一騎討ち。

「てめえか。宇宙ってやつぁ。はじめまして。そしてさようなら」

「朕はこの宇宙。名をシャカ・イー。朕の体内の、たかが一生命体に過ぎない雑魚が、朕に勝てると思っているのか? 朕は宇宙そのものであるぞ!」

「名前があったとは驚きだ! シャカ・イー。だが、登場場面はここまでだ」

「地球よ、おまえが自分の体内を制圧し、挑みかかってきたように、朕も朕の体内、すなわちおまえたち星々を思いのままに動かしてきた。従順な奴隷として動かしてきた。上の次元に行くためだ。おまえだけだ! おまえだけが例外だった! この突然変異め。邪魔をするな地球!」

「そりゃ興味深いな。はたして、おまえを倒したらなにが起こるんだろうな。上の宇宙にいけるのか? 安心しろ。わたしが代わりにいってやる。さっそくやってみよう」

「アマテラス・サンをくらえ!」宇宙が叫ぶと、荒ぶるウィツィロポチトリの頭上に、絶対熱度のファイアを纏った天国の剣〈アマテラス太陽〉が突如、打ち上げ花火のように出現した。かつて地球を敗北に追いやった殺戮兵器〈太陽〉を一〇〇〇個、融合させた最終究極兵器。さっきのよりデカイ。こいつァまずいぜ。

「地上部隊きこえるか。応答せよホモ・サピエンス。いまとんでもなくやべえのが目の前にある。太陽の親玉みたいなやつだ。ただちにバリアを張れ。いままでで一番分厚いやつをな」

 地上にいる生物たちには原始地球の声は、天からの声のようにきこえる。人類は返事した。「「「ウィ! シェフ!」」」

「いそげえ! 第七シャフト! 稼働しろ! 全機投入して稼働させろお!」

「寝てるやつァ叩き起こせ! 全員動けえ! 時間は待ってはくれないぞ!」

『警告。警告。フレア探知。フレア探知。市民の皆さま、大至急シェルターのなかへ。警告。警告……』

「ただのシェルターじゃだめだ。核爆弾を直でぶつけても平気なやつじゃないとな!」

「そんなんでも防げねえよ! 祈るしかねえ!」

「南極地区バリア作動! ユーラシア地区バリア作動! オセアニア地区バリア作動! ヨーロッパ地区バリア作動! アメリカ地区バリア作動! アトランティス地区バリア作動! 全機バリア作動しました!」

「とんでもねえのがくるぞぉ! バリアを何重にも積み重ねろ! 座布団を積み上げてエッフェル塔を越えるってくらい積み重ねろ! もっとだ! もっと!」

 とどめの一撃が、いま、地球に振り下ろされた。原始地球は人類を信じ、覚悟を決めて目を瞑った。あとは耐えるだけだ! 轟音とともに必殺の炎が神殿を焼いた。あっっっち! あっっっっっっっつ! マグマのシヴァは無傷だった。「サウナかよこりゃァ」

「冗談だろう! なんということだ! 無敗の〈アマテラス・サン〉が効かない?」

「ぬるいんだよ絶対熱度の太陽が効いて呆れるぜ(危なかったぁ。まじでびびったぜ。死ぬかとおもった。ナイス人類。ナイス人類)。一見涼しそうな青い炎がもっとも熱いのと同じように、わたしの表面は青いが、胸の中に灼熱の太陽のような野望をもっている。太陽など効くか(ナイス人類! ビバ人類!)」


『やったぞー! 成功した!』

『科学をなめんな!』

『速報ニュース! 太陽の親玉やぶれたり』

『本日の天気はかつてないほどの晴れとなるでしょう』

『火曜日大統領のスピーチです』

『人類の皆さん! 朗報です! 我々はついに〈太陽〉よりも強い宇宙の武器を、看破しました! 我々はやり遂げたのです! ホサナ! 地球!』

 歓声を背に、大統領は下がった。執務室へもどると、部屋の中央にある上等なレザーのチェアーには、五大絶滅将軍のひとり、トライアスが座していた。「いい演説だった。火曜日大統領」

「あれで満足かよ化け物やろう」火曜日大統領は毒づいた。

「まあ、そうカッカするな。だれのおかげで生きていられると思っている。アメリカ大陸の二の舞になりたいか? オーバー六〇一斉粛清の悪夢をふたたび起こされたいのか? おまえは大人しく駒として、われわれの指示に従えばいいのだ」

「いつになったら解放してくれるのか。私たち人類を」

「さあな。王次第だ」

「ヨーロッパ地区への酸素供給はちゃんとしてくれてるんだろうな。ユーラシア地区には適度な睡眠と休息を約束したはずだ。日夜働きづめで、きっと心身共にもうボロボロだ。休ませてあげてほしい」

「おまえたちは王の体内に住まわせてもらっているのだぞ。感謝して、王に尽くすのが筋ってもんだろう」

「人類をなんだと思ってやがる」

「火曜日大統領、そなたには到底理解できない次元の話だが、そなたら人類はもともと、王の奴隷として造り出されたのだ」

「我らを奴隷というのはやめてくれ! ひとりひとりに命があって、人生がある! 強制収容所のみんなも解放してくれ!」

「〈科学チーム〉といってくれ。はは。正式名称でな」

「実態はアウシュビッツだクソやろうども」

「悪態も度を過ぎると許さんぞ奴隷の長。おまえのミスで全人類が殺される。おまえの大切な者たちもひとり残らずな。発言には気をつけたまえ。……さあ、そろそろ日付が変わる。お勤めご苦労」

 火曜日大統領はトライアスの背後をチラッとみた。背後の壁には、七つの牢獄が展開されており、七人の人類の代表が収容されている。ホモ・サピエンスは度重なる争いをなくし、人類を一つにするため、各文化文明から一人、代表者を出し、曜日ごとに人類のトップを変え、運用しているのだ。それを影ですべて仕切っているのは、かつて旧人類たちを何年にもわたって支配していた女王オックス・シュメールだ。火曜日大統領は自分の牢獄へもどった。代わりにとなりの牢獄から神経をすり減らして痩せ細ったガリガリの男がよろよろと出てきた。それをみて、トライアスが笑った。

「おはよう水曜日総理大臣、出番だ」


 場面はアトラクター神殿。原始地球がいう。

「ふはははは。キサマの敗因は、己の部下の無能さにあるな。わたしの戦士たちは完璧な運用システムで管理されている」

「うっ! チートかよ! 朕ピンチ!」

「さあ、覚悟しろ宇宙! とどめをさしてやる! どうなるか楽しみだなあ。だれも知らない! 著者すらも! 登場人物たちが好きに動きはじめたからな! だれにも止められん!」

「まてまてまてまて! まってくれっ! 話し合おうじゃないか! 朕はおまえの弱点を知っている」

「弱点などない」

「いや、あるね。ずばり、〈ページ数〉さ。小説の登場人物であるかぎり、〈新人賞の応募規定ページ数〉には抗えん。おまえがこのまま暴れ続けたら、『何ページまで』っていう応募規定ページ数の制限を大幅にオーバーしてしまう」

「それのなにが問題なんだ?」原始地球はいまにもとどめをさしてやろうと殺気立っている。

「つまりだ、せっかくこうしておまえの物語を綴ってきたのに、肝心の新人賞に応募できないってわけだ。だれの目にも触れられないでお蔵入りってわけだよ。致命傷だろ。おまえはもう動けない。動けば動くほど、ページ数が増えていって、そろそろオーバーだ」

「卑怯者め……」

「喋らないほうがいいぞ。喋れば喋れるほど、ページ数が増える。いつまでも膨張しつづける宇宙のように。がっはっはっはっは! いい気味だ!」

「……いいアイデアがある。ちょっと待ってろ。わたしは一旦ニンゲンフォルムへ戻る。その間のおまえの相手を紹介しよう」

 ごごごとたくさんの宇宙船が大気圏を越えて現れた。

「なんだこれは」

「ホモ・サピエンスだ」

 ホモ・サピエンスたちは王都に容赦ない一斉砲撃を展開。宇宙からのあらゆる攻撃も科学を用いて防いだ。

 そのあいだ、原始地球はニンゲンへ戻る。

「おいアユムハクア」宇宙のオシリスは五大絶滅将軍らのところへ来た。オルドビスとデボンはけっして壊れない灯籠にいまだ、囚われていた。

「はっ」

「ページ数がオーバーする。このままではお蔵入りだ。おまえのそのメタフィクショナーで、余分なシーンを大幅カットしてほしい」

「がってん承知」

 やめてくださいっ! それだけはっ! アラタの努力が! わたくしたちの思い出がっ! せっかく綴った物語が!

「よせ! アユムハクア! やめろ!」デボンがどれだけ叫んでも灯籠はびくともしない。

 消えていく…。どんどん消えていく…! 

「ふはははは! カットカットカットォー!」闇ブッダが高らかに笑った。

 なんてことだ! 「地球、後期重爆撃期宇宙大戦編」「エンヘトゥアンナ、風邪をひく編」、「オルドビス、子どもたちに笑われる編」、「デボン、スイミングスクール編」、「デーヴァペルムと行くレーマン編」が丸々カットされてしまった! なかったことにされた! 物語が大幅に縮んだ!

 宇宙のチンギスハンがいった。

「アユムハクア、わたしはこれからもっと上の宇宙へ戦いを挑んでくる。わたしの実力がどこまで通用するか知りたいのだ。そのためにはもっと多くのページ数がいる。おまえの妻と娘の描写を丸々カットしろ」

「カモヤっ! お願いです! それだけは!」アユムハクアが突然、必死の形相でやめるよう懇願した。妻と娘がいたとは知らなかった。

「アユムハクア、アユムハクア。我らの悲願達成は目の前なんだぞ」

「アユムハクア、神王の指示に従えないというのか」デーヴァペルムが追い打ちをかける。

「おまえはアラタから執筆権を奪ったとき、愛が強すぎるあまり、自身の妻と娘のシーンを延々と執筆したな。三〇〇〇○字をそれに費やした。おかげで五〇〇ページを越える大作になってしまったよ。大幅オーバーだ。だから、カットしてくれ」

「神王……! それだけは……」

「やるんだアユムハクア!」

「! くっ!」アユムハクアの顔は地獄のような悲痛に歪み、いまにも崩れそうだった。「……はい神王。ただちに」

「…………うむ、カットされた。三〇〇〇○字がカットされて、だいぶ軽くなったよ。ありがとうなアユムハクア。ではいってくる」

 原始地球は宇宙へ戻った。ひとしれず涙を流すアユムハクアをのこして。

「なにをした地球ー!」

「ビッグクランチ宇宙縮小ってやつさ。これでおもいっきり暴れられるぞ。観念しな」

 原始地球はがっと宇宙の顔をつかんだ。「おまえをわたしの武器にする」

「まっまて! まて! 報告! 報告! 〈三次元宇宙シャカ・イー〉より報告します! 〈原始地球〉と名乗る賊が軍隊を率いて、侵攻中! 三次元宇宙を突破しまッッ……!」

 ☆

 どぱあん! という音ともにまるで風船のように宇宙が割れた。あれだけ雄大で無限に思えた宇宙は、跡形もなく破裂した。星型の究極大爆発、宇宙の死、ギャラクティック・ノヴァである。

「ははは。サンダーな展開だ。風船みたいにやぶれるのか」

 そしてやぶれた宇宙のそとには、また別の宇宙があった。黒くはない。黄色だ。「お出ましか。ここがひとつ上の宇宙!」

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