④ がんばって、オサム

「別の著者どのですか? 味方ですか?」安心してくださいオルドビスさん。わたくしめはアラタの仲間ですので、皆さんのお仲間ということになりますね五一文字エムエス明朝。人生は、山あり、谷あり、緑あり、雨あり、夜あり、そして朝があるものです。

「なんでてめえが執筆権をもってんだよ有明の月を待ち出づるかな」おやおやご立腹なご様子なアユムハクアさん。わたくしめはアラタが消える前に彼から直々に執筆権を授与されました。あなたが侵入した執筆権のさらに上からわたくしめが侵入したかたちでございます。

 どくんと世界が脈打った。落ち葉がぴたりと止まった。

「邪魔者のオンパレードだぜまったく。近所迷惑なサーカスかよ。ひとり残らず消してやるから紅に水くくるとは!」

 侵入されてしまいましたよっ! みなさんっ! どうしましょ!

「なんとかならないのですか!」そんなこと言われましてもオルドビスさん! わたくしめは事情もあまりよくわからず放り込まれた身。それにアラタみたいにたくさん新しいものを生み出したりしたことなどありません!

「さっきまで散々かっこつけてたじゃないですかい!」デボンさん!

「笑笑笑! とんだ新しい著者だな! おまえら! そうさ! オサムはなにもできない落ちこぼれさ! 最後の希望か、聞いて呆れる夢の通い路人目よくらむ!」くやしいですが、否定できません。

「何事も! 諦めないで! 最後まで!」エンヘトゥアンナさん!

「あんたはあたしたちが消されないようにすればいいのよ! あんたにしかできないでしょう! しっかりしなさい! むこうはあたしたちの名前を入力して消してくる。つまり、あんたはどんどんあたしたちに新しい名前をつけ続けて! そうすれば永遠にあたしたちは消されることはない。もちろん、あんた自身の名前もどんどん変えていかないとあんたも消されるから用心してよね」なるほど、名前を考え続ければいいのですか……。それならわたくしめにもできそうです。いや、わたくしめにしかできない!

「たのんますぜえオサムどの!」デボンさん! 頑張りますのであのペンをなんとかしてください! 「任せとけえ」

「べ」「ッ」「ト」「ガ」「は」「消」「え」「る」

 ベットガは消えない。なぜならいまや彼の名前は芭蕉だからだ。

「くっ! こざかしいみだれ初めにし我ならなくに!」

「ポ」「ッ」「ド」「キ」「ュ」「―」

 お待ちくださいポッドキューさん。はい、あなたのお名前は関羽です。

「笑笑笑! おそい! おそいぞ! オサム! おまえが名前をつけるほうがはやいか、小生が入力して消すほうが早いか、勝負だもれ出づる月の影のさやけさ!」

 ベッドガ。芭蕉。カンチュリオン。オカピュオリン。キタカゼ。ルガルザゲジ。ガザーアーリカ。モチヅキ。ツクヨ。オモカゲ。アタラヨ。カゲロウ。ウキフネ。シグレ。ササメユキ。

 ポッドキュー。コットイ。イザヨイ。ウツセミ。シラヌイ。アカツキ。アケボノ。シノノメ。ウララカ。セセラギ。オボロヅキ。ヨザクラ。シンキロウ。コチ。ハクロ。ヨイヤミ。コガラシ。

 エンヘトゥアンナ。ソメイヨシノ。カサルパルカス・マルサンケス。ギジョウ・ラムシ。ハシュケシュ・バーバーダリ。デモサ・ヤパリ・コチガE。チャラスティ・トゥモロルン。シャラシャーシカ。フィスィ。麝靹帛(しゃないはく)。囟鼐鷓(しんだいしゃ)。

 これだけ新しい名前をつければ安心ですか。

「上出来です! オサムどの! ご自分の名前を忘れないで」

 そうでございました。ありがとうございますガザーアーリカさま。

 オサム。ネオゼウス。ネオオーディン。ツララ。ヤキニク。ユウズツ。アカボシ。カガリビ。ユウゲン。エイゴウ。ソヨカゼ。ザワメキ。シトシト。セセラギ。サエズリ。ササヤキ。

 ふう、これでどうでしょう。

「あああ! 消しても消しても名前がころころ変わっていく! オサムめ! 苛だたしい! 非常に苛だたしいぞ人をも身をも恨みざらまし!」

 それはよござんす。

「小」「生」「以」「外」「の」「す」「べ」「て」「の」「ニ」「ン」「ゲ」「ン」「は」

 無駄です。いくら入力しようとこのわたくしめが防いでみせます。名前を無限に作りつづけて。

「う」「ご」「け」「な」「い」

 うっ!

 ぴたり。この瞬間、生きとし生けるものは動くことができなくなった。まるで彫刻。

「しまった! その手があったか!」オカピュオリンは動けなくなった口をなんとか動かして言った。

「うぐぐぐ」コットイの怪力でもビクともしない。

「うごけないわ! なんとかしてオサム!」

 えええ、どうすればよいのですかっ!

「笑笑笑……。もうおそいむべ山風をあらしといふらむ」

「隕」「石」「が」「降」「る」

 大轟音とともに天空に無数の隕石があらわれ、真っ逆さまにソメイヨシノたちに向かってくる! 無慈悲の流星群。

「ううう! うごけない! 避けられない!」とカサルパルカス。

「笑笑笑笑笑! おまえらを消す方法なんざいくらでもあるんだよ! さあ、粉々になれ! そして舞え! もみじのようになほあまりなる昔なりけり!」

 大気圏を突破した殺戮岩石は、一目散にこちらに向かってきた。宇宙からのミサイル。降るピリオド。

 がんばったのに! わたくしがんばったのに!

「ったくどいつもこいつも。ぐちぐちいう前になんとかする方法を考えてちょうだい」デモサ・ヤパリ・コチガEさん! この危機的状況を打破する方法ありますか!

「あるわよ! この圧倒的大ピンチを切り抜ける方法。この状況を打破できるやつを知っている。地球よ」

「王さま? でも王さまは消されてしまいましたぜい!」

 ええ、シンキロウさんの言うとおりです。

「あんたたちほんと馬鹿ね。隅々まで読みなさいっていったでしょう。地球は一度だけ、たった一度だけ、名前が変わった瞬間があるのよ」

 あ!


「アノマロカリスの天ぷらうどんってなんだよ」地球がいった。

 海老みたいな古代生物だよ。


 あ! あ! あ!

「ほんとだぜい! すっげえ! がっはっは!」

「さあ、くるでござるな!」

「オサム! あんたタイミング間違えんじゃないわよ」

 はいっ!


「アノマロカリスを聞いてるんじゃなくて。ネーミングセンスが悪いって意味」

 あ、そう。いいんだ。ぼくのこと敵にまわしていいんだ。

「へいお待ち」

 うどんがきた。アニは箸を手にとった。

「まって! ちょっとまって! わたしの名前変えるのは反則だって! わるくいってごめん。謝るから早急に元に戻して」

 アニは地球という名前に戻った。


 アニはアラタアースの世界に戻った。

「戻ってきたぜ! おまえら!」アニが満面の笑みで叫んだ。肌を触ったり、腕をつねって自分の存在を確かめる。

 やった! 成功しました!

「あんたたちよく覚えておきなさい。この世に無駄なことなんてなにひとつないのよ」ソメイヨシノがドヤった。

「陛下! 陛下! 陛下ァァ! ああ良かった!」とんでもなく取り乱して喜ぶベッドガさん。

「あれみんなめちゃめちゃ名前変わってて面白いんだけど。わたしが消えたあとなにがあったん。はは」

「いろいろあったぜよ! もうほんとにどうしようかとおもったぜよ! でも無事に戻ってきてくれた! がっはっは!」

「ふん、喜んでないでこの状況なんとかしなさいよ」

「え、あ、え? 身体動かないんだけど? 一体何がおきてるの? ええええ! 隕石めっちゃ迫ってきてるじゃん! おいおいおい!」

「笑笑笑! まさか自分のほうから殺されにきてくれるとは! とんだ大バカものだ! 奇想天外にもほどがあるぞ! ぺしゃんこにつぶれろ! ミジンコのように流れもあへぬ紅葉なりけり!」

「なんとかしてくだせえ王さま!」

「陛下はよ!」

「いやいやいや急展開すぎるだろ! おまえら序破急ってご存知か! これじゃまるで急急急だぞ!」

「ほんっとにもう! ぐちぐちいう前に……」

「わかってるよソメイヨシノ。なんとかする」

 アニは考えた。なんとかしないと。わたしにはいったいなにができる? わたしは宇宙の王。あらゆる自然現象を意のままに操ることができた。でもいまではそれも不可能。無力な自分には痛いほど失望した。自分ではなにもできなかった。その度になんどもまわりに助けてもらった。こんどはわたしが助ける番だ。なんとかするしかないんだ。出がらしかもしれないが残された茶葉で飲むしかないのとおなじように!

 わたしのいままでの人生とはなんだったのだ? ただ呼吸しているだけではないのか。ただ心臓が動いているだけではないのか。心の底から幸せだったと死んでいけるか。

 否。ならば、立ち向かわなくてはならぬ。己の道を阻むものに。おもいだせ。わたしにはなにができる。わたしは宇宙で唯一の存在として生まれた。唯一の存在として生きなければならない。わたしは、生命を創りだすことができる。そうだ、わたしは生命を創りだすことができる!

 アニは目をとじた。世界が脈打った。世界が人差し指を口の前にもってきて、しーーーとやっているようだった。聞こえる。大地の鼓動。どくんどくん。聞こえる。大気の呼吸音。すーはーすーはー。

「はっ! いまさらなにをしようとしているかわからんが無駄な足掻きだ! 大人しくくたばれまだふみも見ず天の橋立!」

「――――もう大丈夫だ」アニはいった。まわりを安心させるように。自分自身を確かめるように。「わたしは生命を創りだすことができる」

 かっとアニが目を見開くと花びらが舞った。風が踊った。空が歌った。森羅万象この世のすべてが笑った。

 次の瞬間、隕石流星群はひとつ残らず有翼生命体へと早変わりした。

「なっ!」アユムハクアは血の気が引いた顔で上空を見上げた。

 隕石有翼生命体メテオポッポたちはニンゲンじゃないのですいすいと動くことができる。彼らはばさあと翼を広げて、アニたちへの進路をUターンし、群れをなして大空高く飛んでいった。

「そんなばかな!」とアユムハクア。

「見たか……」ベットガが吐き出すようにいった。この台詞を何千年も待ちわびていたかのように。「見たか! これが陛下のお力だ! ついに陛下が復活した!」

 まさに神の業技!

 つづけて草が生い茂る大地からぼこぼこと紅葉生命体が起き上がった。落ち葉の集合体ホモ・モミジたちは群れをなした。

「ホモ・モミジたちよ、ゆけ」

 それを合図にいっせいにアユムハクアへ飛びかかるモミジたち。

「あっ! おまえらなにをする!」アユムハクアは必死に抵抗していたが、どんどん大地から生えてくるモミジたちの数の暴力に、なすすべなくペンを奪われた。

 ホモ・モミジたちは海辺で珍しい小石を見つけはしゃぎまわる子どものように、アニのもとへペンをもってきた。

「よくやった。ありがとう」

「ヨヨーギ、ヨヨギ」モミジたちは喜んでいるようだ。

 アニはペンのスイッチを入れた。すべてを元どおりに書き直した。名前も元に戻った。すなわち、地球、エンヘトゥアンナ、オルドビス、デボン、オサムへと。

 アユムハクアはモミジたちによって地球たちの前へ突き出された。「ヨヨーギ、ヨヨギ」

「くそっ! 放せこら! おまえら! いますぐおれを解放しろ!」

「どうします陛下」

「ウドイカッホの仇ですぜい」

「取り巻きコンビの仇よ」

「ああ、もう決めてある。これなんかどうだ」

 みんなで内緒話のように輪になって地球のアイデアを聞いた。

「がっはっは! いいですなあ! それでいきやしょう! きっとウドイカッホも笑ってくれるぜよ!」

「おほほほ! しみったれた暗いのはこの小説に合わないからねえ。それでいいんじゃないかしら」

 なにやら意味深な笑みを浮かべて近づいてくる地球たちを見て、アユムハクアはかつてない恐怖を感じた。

「おいおまえら! なにをするつもりだ! おい!」

「アユムハクア」地球がいった。「おまえは語尾をつけ忘れたな」

「…………は?」

「よって、語尾を一〇回言う刑に処す!」

「…………は?」

「がっはっはっはっは! 百人一首すべての句を一〇周するぜよ! 大変ぜよ! 日が暮れるぜよー!」

「おほほほほほ! おほほほほほほほ!」

「ま、せいぜい頑張るでござる」

「ふざけんな! だれがそんなことやるか…う! ぐっ! 秋の田のかりほの庵の…くそ! 口が勝手に! ぐっ! 苫をあらみ…止まれ! 止まれ! くそ! わが衣手は露に濡れつつ」

「あと九九九首」にっこりと地球がいう。

「う! う! 春過ぎて夏来にけらし白妙の…うわああああああああああああああああああああああああああああ!」

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