③ 料理しよう、首都レーマン

 さすが首都。さまざまな人類種で賑わっていて、高層ビルから流れる滝が道路の真ん中を流れる様は圧巻だ。ん? なにか見える。

 大通りの真ん中にデスクがずらーっと並べられていて、そこでかたかたとパソコンをやっているヒトたちがいた。いや、ヒトだろうか? 全員、無地の囚人服を着ている。首には首輪がつけられ、鎖はデスクにつながれている。両腕には腕輪があり、そしてなんと頭部が白紙の紙だった。

 なんということだ! 〈A4のコピー用紙人間〉だ! 構想の段階で消したはずなのになぜここに!

「落ち着け。おまえの制御が効かなくなっているんだ著者。今回が初めてじゃないだろ。デーヴァペルムを探すかどすえ」地球が何気なくいった。

 次の瞬間、都内にアラームが鳴り響き、天空は赤くなり、〈反乱〉の文字が。A4人間たちの首輪の鎖がちぎれ、いっせいに地球にむかって走ってきたかとおもうと瞬く間に囲まれた。

「罪状三条の三〇! 反乱発言! いったい何者だ貴様!」

「えっ、えっ。ただの旅人どすえ」とっさのことに慌てる地球。

「なんだその語尾は! 火のないところに煙は立たん! 署までご同行願おう」そういうとA4たちはむりやり地球の腕を掴んで連れ去ろうとした。

「おい! はなせぜよ!」

「陛下をはなすでござる!」

「なんだ貴様ら! 邪魔をするか! 公務執行妨害で逮捕する!」

 まずいこんな入り口で捕まるわけには!

「おーーーい! ちょっと待ったァ!」

 声がしたほうを向くとサヘラントロプス・チャデンシスが走ってきた。

「はあはあ、そのヒトたちは無実です」息を切らしながらその男が言った。

「モノリス教授。これはこれは。また我々の邪魔をするか。貴方はいつも邪魔ばかりする」

「そんなつもりは微塵もない。とにかくそのヒトをはなしてくれ。我に免じて」

「貴様ッ……」白紙たちがその男も捉えようとしたとき、

「あ、モノリス先生だ! サワディーカップ」

「モノリス先生―! サワディーカップ!」

 いたるところから挨拶が聞こえた。

「はは…」サヘラントロプスは、はにかみながらも手を振り返している。

「ふん、レーマンの人気者のおまえに免じて見逃してやろう。だが覚えていろヴィクター・モノリス、いつか必ずおまえを捕らえる」

「明日まで覚えてられるか不安だ…はは」

 舌打ちして白紙たちは去っていった。人だかりも散っていった。

「助けてくれてどうもありがとう。久しぶりどすえ」

「久しぶりだね、そんなキャラだったっけ地球」

「がっはっは! 久しいな! デー…」

「しっ! だめだよその名前を言っちゃ」

 地球はそのヒトを見た。

 三人目、デー……ヴィクター・モノリスは両生類のような髪をすっきりと整え、爬虫類のような目にはあたたかい光を蓄えており、全体的にキノドン類のようなやわらかい印象をもっていた。

「我の名前も監視されているんだよ。五大絶滅将軍は皆、マークされてるんだ。なにか別の名前はない?」彼は地球にとっての舎利弗と大目連をみた。

「ポッドキューという名前があるぜよ」

「拙者はベットガでござる」

「よし、じゃあここではその名前をつかって。地球は大丈夫。地球って名前は広く使われているから。えっとそちらの女性は?」

「エンヘドゥアンナよチンギスハン」

「え? 二つ名前聞こえてきたけど、どっち?」

「前者のほうよチンギスハン」

「マークされてないようだ。シナリオにない名前だね? どこから名付けたの?」

「どっかの馬鹿が適当につけたのよチンギスハン」彼女は地球をちらっと見た。「どういう意味ってあたしは聞いたわチンギスハン。そしたらそいつはこう言ったチンギスハン。いつかわかるさ」

「よく来てくれた! 久しぶりの再会だ! まずはウチに来てよ! たくさん話聞かせて! 謎の語尾についても聞かせてもらおう!」

 ヴィクターは家までの道すがら、レーマンを案内してくれた。すこしヴィクターについて教えよう。

 ヴィクターは道路の白線の上をぴょんぴょんと軽快に歩いて、白線の上に足が乗るたびに瞬きをする。「こうしないと気がすまないんだ」彼はいう。

 たとえば美術館で絵画を見たとき、すこし額が斜めっていたりするともうそのことが気になって気になって絵に集中することができなくなるらしい。

 たとえば街で四角いものなどを見たりすると頭の中で、角から角へ斜めに線を引いて、反対も線を引いて、横線引いて、最後に縦線を引いたりする。左右対称じゃないといやなんだそうだ。

 ほかにも、街ゆくヒトの襟が立っていたりするとつい、すみません襟が立っていますよなどと声をかけてしまい、そして怪訝な顔をされるのがお決まりのパターン。

 手すりやつり革などの他のヒトが触ったようなものには触りたくないし、ましてや他のヒトと一緒に入る銭湯などもってのほかというほどの潔癖症。

 突然、「死」や「病気」という文字が目の前に浮かぶことがよくあり、そうなるともう、これでもかと否定しないと気がすまない。ヴィクターの毎日は「死なない」、「病気にならない」と頭の中で書き続ける毎日なのだ。「なにをやってるんだろうね我」とヴィクターはやれやれという顔をした。

 一行はヴィクターの家に招待された。このサヘラントロプス・チャデンシスの最後の生き残りは、ピラミッドがいくつもそびえ立つ高層ビル群とは少し離れた郊外にゴージャスな家を持っていた。

「どうぞどうぞさあ入って」

「おじゃましますどすえ」

「良い部屋ぜよなあ!」

「インテリアとかお洒落チンギスハンねえ」

「コップンカップ。さあ、くつろいでよ」

 地球たちはソファに腰をおろした。寄りかかると寝てしまいそうなくらい気持ちがいい。

 ヴィクターは暖炉に火をつけた。

「さて、来てもらったばかりで大変申し訳ないんだが、我これから仕事也。行かねばならない」

「お。教師の仕事か。今日は休日のはずだどすえ」

「クラブ活動に行かなきゃいけないんだ」

「忙しいでござるな」

 ヴィクターは囚人服に着替え、首輪と腕輪をつけた。

「著者くん。これは囚人服じゃなくてスーツ。首輪と腕輪じゃなくてネクタイと腕時計っていうんだ」

「何時に帰ってくるぜよ? もっとゆっくり話したいぜよ」

「ほんとうにすまない。明日は休みだ。ゆっくり街を案内するよ。約束だ」ヴィクターは□をもって、慌ただしく家の中を行ったり来たりした。「あっちにキッチンがある。冷蔵庫の中のものはなにを食べてもいいからね。料理もしてくれ。ほんとうは振る舞わないといけないのに、ごめんよ。お手洗いは向こうだ。寝るときは二階の部屋を使ってくれ。夜には戻るよ」

 ばたんと扉が閉まる。

「よし、じゃ第一回料理大会を開催するわよチンギスハン」

「夜になったら帰ってくるヴィクターを、わたしたちでもてなそうよってことどすえ?」

「説明しよう! 普段ベットガの料理に頼っている我々であるが、今日は逆に我々が料理をしようという企画だチンギスハン!」

「拙者なしで平気でござるか?」

「余裕のよっちゃんよチンギスハン」

「平気のへーたぜよ」

 地球、エンヘドゥアンナ、ポッドキューの三人は、キッチンに立った。

 作る料理は、ディアトリマのしょうが焼き。

「さ、料理するぞどすえ」

「吾輩たちにだって、それくらいできるってこと、見せてやりやしょうぜよ」

「あたし、ソースつくるわチンギスハン」

 地球は棚を物色した。「フライパンはこれしかないどすえ?」

 そこにあったのは、肉を三枚焼くにはすこし小さすぎるフライパンだった。

「仕方ない。二回に分けて焼くしかないどすえな」

 地球はフライパンを火の上に置いて、「エンヘドゥアンナ、油とってどすえ」

「ほいチンギスハン」

「ありがとどすえ」

 わたされた油のボトルをあけ、フライパンに、円を描くようにまんべんなく垂らしてから、「肉、投入しまあすどすえ」ディアトリマの肉をフライパンにのせる。

 じゅううう。

 食欲をそそる音色が聞こえてきた。唾液があふれてきた。

「お、三枚のせられるどすえ」フライパンに三枚ともおさまった。

「ぎゅうぎゅうですぜい。ここなんて重なってますぜよ」

「ほんとだ。ちょっとずらして、これでよしどすえ」

 まだ赤いこの肉を、茶色になるまで焼けばいいのか、どのくらいの焼き加減がベストなのだろうか。

「生はいやですぜい。かといって焦げててもいやですぜよ」

「まかせとけって。そっちはどうどすえ?」

「順調ぜよ」

 ポッドキューは、もうひとつの火をつかって、モーリュ草のごまあえを作ろうとしているところだ。大きな鍋に水をいれて、沸騰させる。そこへモーリュ草をいれ、蓋をして、しばらく待つ。

「ふいい。暇ぜよ」

「ちょっとデボン。休んでないで、ごま擦りなさいよ。ごまあえなんでしょチンギスハン」

「おお、そうだそうだ、それがあったぜよ」ポッドキューは水を得た魚のように、木の皿を取り出して、ごまを大量に投入、棒で混ぜるようにすりつぶして粉状にするのだが、すりつぶす棒がないらしい。

「棒、棒、棒。ないぜよ」ポッドキューは棚という棚を探しまわって言った。

「なにかで代用しようどすえ」地球がいうと、

「しゃもじでいいじゃないチンギスハン」とエンヘドゥアンナ。

 ポッドキューはしゃもじでごまをすりつぶしはじめた。

 エンヘドゥアンナはなにをしているのかというと、ディアトリマの肉にかけるソースをつくっている。しょうが焼きなので、しょうがのはいったソースである。

「醤油をスプーン大さじ一杯。まって、大さじが見当たらないわよチンギスハン」

「そんなキッチンあるか。なんでこうもないどすえ」

「ヴィクターは普段どうやって料理してるのかしら。もお、仕方ないわね、スプーンで代用するわ。こうなったら感覚よチンギスハン」

「いれすぎないようにねどすえ」

「ああ、もう、いれすぎちゃったわ! 結構はいっちゃったチンギスハン」

「どんまい、どんまいどすえ」

「ああ、調節がむずかしいわあ。砂糖もどばっとはいっちゃったチンギスハン」

「スウィーツだとおもうようにするどすえ」

「チンギスハン!」エンヘドゥアンナが焦りはじめた。一生懸命、レシピをながめている。「お肉一枚につき、この量なわけだから、あらやだ、あたしったら、三枚でこの量だと勘違いしていたわ、大幅に量がちがう。ねえ、どうしましょうチンギスハン」彼女はよほど動揺しているらしく、さっきから冷蔵庫をあけたり閉めたりしていた。

「エンヘドゥアンナどすえ」

「チンギスハン?」

「そんな表記にまどわされるなどすえ」

「はーい、おうけいでーす。もう知りませーん。もうあたしの感覚でやってやるわよ。そうよねそうよね。あたしとしたことがレシピに動かされていたわ。まかせなさいよ、ここからは、このあたしがレシピよ。分量もあたしが決めるチンギスハン」

 そういって彼女は、もはやスプーンすら使わずに、みりんをボトルからどばあっと流した。

 かぐわしい香りに、はっとさせられた。そうこうしているうちに肉のほうは、もういい具合に焼けていたのだ。

「おいしそうどすえ!」

「まってまって、肉はやいわよ。ソースまだよチンギスハン!」

「お早めでお願いしまーすどすえ」

「王さま! こっちなんか水が溢れてきましたぜい! 噴火したみたいぜよ!」

「蓋しろ蓋! 一旦、火を消すどすえ!」

「もうなにしてんのよびしょびしょじゃないのよチンギスハン」

「エンヘドゥアンナ! 手元みろ! 醤油入れすぎどすえ!」

「あらやだ! ソースも溢れちゃったわよチンギスハン!」

「王さまー! 肉が焦げ焦げぜよ! 裏返さないと!」

「火が強いどすえェ! 水水水っ!」

「水ないぜよ!」

「ソースならあるチンギスハン!」

「おいいい! せっかくのソースがどすえ!」

「余計、火が強くなったぜよー‼︎」

「モーリュ草の水があるチンギスハン!」

「おいいい! せっかくのモーリュ草がどすえ!」

「ふぅ。火は消えたわよチンギスハン」

「ソースも消えたぞエンヘドゥアンナ。わたしたちの苦労とともになどすえ」

 三人の目の前に残ったのは、〈びちゃびちゃになった焦げた肉三枚、しなびたモーリュ草を添えて〉だ。

 結局、ベットガが鮮やかに手直ししてくれて、ディアトリマとモーリュ草は美味しいカレーになった。

「食材は大切にするでござる」

「「「ほんとすみませんでしたどすえ」ぜよ」チンギスハン」

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