第46話 人間悪いところもいいところもあるよね…

「で、千鶴さんはこんな朝早くから、何をしに来たんですか?」


 俺は千鶴さんの蒼い瞳を見つめる。

 が、千鶴さんはそれには答えず、俺の机を勝手に漁っている。まるで俺の話が聞こえていない。


「あれぇ?千里は確かこの辺にエロ本があったって言っていたと思ったんだけど?」


 元家庭教師からのひどい復讐を受けていた。

 冷静に考えて、好きな人に、自分のエロ本の話をされているのって泣いてもいいのではないでしょうか?


「そんなとこにはありませんよ。」

 だが、残念。そこは、もはや、ダミーだ。あの悲劇を二度と起こさないために、全てのエロは、データに移し替えた。

 抜かりはない。部屋の隅にあるパソコンに既に全てのデータが入っている。くっくっく。俺は二度も同じ失敗を繰り返す男ではない!


だが、

「ああ、なるほど、そういうことね。」

 と言って、千鶴さんは、俺の目線の先にあるパソコンを立ち上げ、パスワードを入力し、隠しファイルにしてあるエロ画像を探しあててしまった。


「…なぜ、パスワードを知っているんすか?」


「だって、合宿の時に聞いたスマホの暗唱番号と一緒なんだもん。」


「…」


「にしても、千里に聞いた通り、巨乳ばっかりだねぇ。どの女優が特にお気に入りなの?」

『好きな女優リスト』のファイルを見ながら銀髪美人が俺をからかう。


「…」


「うへぇ。童貞君には早いよ、これは。」

 ちょっと、アブノーマルなプレイの画像をみて、こういうものに慣れていそうな千鶴さんが、珍しく顔を赤らめる。


「…」


「巨乳好きってことは、私も童貞君に狙われちゃっている感じ?きゃあっ、エッチなんだから。胸ばかり見ていちゃだめだぞ☆」

 星が出そうなウィンクをしてくる。


「あの~、そろそろ帰って頂けないでしょうか。」

 俺は怒鳴る気もなくしていた。というか、朝から知り合いの女性にエロ本を見られたとか死にたい案件すぎる。もう、学校も行きたくない!


「ありゃー、こりゃあ重症だねぇ。ツッコミにいつものキレがないじゃない。」


「そりゃ、千里さんに振られたんだから、当たり前でしょ?」


「振られた?」


 あれれ?おかしいですよ。もしかして、失言しちゃいました?


「ええ、家庭教師を振られました。」

 何とか軌道修正しようとするが、

「そっかぁ。そうなんだぁ。振られたんだぁ」

 口元に手を当てて下卑た笑みを浮かべる銀髪女。まるで全て分かったと言わんばかりの眼差しを向けてくる。


「だから、家庭教師をですよ」

 言葉を重ねてみるが効果があったかは甚だ怪しい。


「えーー?私は何も言っていないよー?童貞君は、何のことだと思ったのかなぁ?」


 わざとらしく語尾を伸ばした質問は、俺の言葉が通じていないことを示すものだった。


「別に何でもありません!」


「童貞君、必死になっちゃって可愛いしー☆」

 と言いながら俺のほっぺをつんつんと、つつく。


「ああ、もう、うるさい!そうですよ、そうですよ。童貞が立場もわきまえずにあんなに魅力的な人に告白して、あまつさえ家庭教師まで辞められっちゃったんですよ!」


 もうどうにでもなれの精神で言ってやった。千里さんに振られ、凛とも距離を置いている今、怖いものは何もない!


「おお、あの童貞君が告白をしたのか。それで、私に健太郎君の家庭教師の仕事が回ってきたのか。」

『何で、千里は家庭教師を辞めたのかなぁ?』

 何か小声で声が聞こえた。


「千里さんは何か言ってましたか?」


「う~ん、何も言わないんだよね。千里は、『忙しくなっちゃったから、急だけど、健太郎君の家庭教師のバイトお願い』の一点ばりだったからね。正直、ろくに事情を知らなかったんだよね。千里も、変なところで頑固だから。」


 千里さんは、俺に気を遣ってくれたのかな?

 それなら、

「千里さんに、『ありがとうございました、あと、いきなり、色々すみませんでした。』とだけ伝えておいてくれますか?」


 俺からも精一杯の言葉を紡ぐ。この言伝を頼むということは、俺が千里さんに会う機会がない可能性が高いことを認めてしまうことだった。


 会う機会があるならば、直接言うべき言葉だったからだ。

 

 それでも、俺は千里さんに感謝していたし、いきなり、告白してしまったことを申し訳なく思っていた。だから、もう千里さんに会う機会がないという自覚に心を痛めながらも、千里さんを想う言葉を紡いだのだ。


「童貞君は、告白したことを後悔しているの?」

 千鶴さんは心配そうに俺の目を覗きこんでくる。

 そういえば、俺は後悔しているのだろうか?振られたのは嫌だけれど、後悔はしているのだろうか?


 …


「後悔していません。」

 しばらく自分の想いを見つめ直してから、俺ははっきりと告げた。凛から、俺の最高の幼馴染から、言葉にして伝える大切さをこの夏に、学んだんだ。

 凛から学んだことを実行して、振られて、幼馴染の気持ちもちょっとは分かった。

 それはいいことだったと思う。


「ホントに?」

 蒼色の瞳が俺の中に眠っている気持ちを確かめるように見つめてくる。


「そりゃ、好きな人に振られて、家庭教師も辞められちゃったんで、後悔が0だって言ったら、うそになります。それでも、俺に後悔はないです。」

 もう一度自分の気持ちを思うがままに言葉にして出すと、その言葉が間違いでないことがわかった。我ながら自分の中にある本音をすくえた言葉を言えたと思った。


 そっか、そうだよな。

 後悔はないよな。

 これだけ落ち込んでも後悔はないんだ。だったら、告白してよかったのかもな、なんて思ってしまった。


「うん、それなら安心だわ。私も今日はサボれない授業があるから、今日はここまでにするわ。」


 俺の言葉が噓ではないことがわかったのか、そう言って、銀髪の女の子が俺の前から颯爽と去っていった。

 もしかして、いきなり家庭教師を頼まれたから、千里さんと俺の間に何があったのか心配してきてくれたの?


 いい人すぎかよ!

 …いや、エロ本の件もあるからプラマイゼロなところはあるけど。



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