第41話 生意気な妹はお嫌いですか?

「お姉、知らない人の靴が玄関にあったけど誰かいるの?」

 そこには白色のセーラー服に身を包むツインテールの美少女がいた。

 目鼻立ちにあどけなさを残していて、快活な印象の少女だった。どこか、安心できる空気感を感じられる。


「もも。帰って来ていたの?」


 千里さんは驚いた顔で尋ねる。これが恐らく千里さんの妹なのだろう。

 しかし、妹は姉には返事せず、何故か輝く眼でこちらを見てくる。


「そんなことより、おねえのことだよ!その子、彼氏さん?朴念仁みたいな性格で自分がモテることにも気づかない無垢な人かと思っていたら年下の男の子が好みだったとは。しかも、身体を密着して誘惑するとは案外エロいよね。そう言えば、少女漫画の好みも刺激的な内容のもの・・・」

「もも。」


 我が天使は、自分の世界に入って悦に入っている妹の名前を強く呼んで、彼女の血色のいい耳を引っ張る。


「痛い。痛いよ。おねえちゃん。ごめんってばもうこれ以上は彼氏さんの前では言わないから。」


「けんたろー君、悪いけれど少し一人で勉強しておいてくれる。誤解はちゃんと解いておいてあげるから。」


 静かに、優しく能面の笑顔で語りかけてくる。少し、うちの親に似ていた。

 可愛ければ怖くてもいいって思っていたけどやっぱ、撤回させてください。

 可愛くても怖いもんは怖い。


「あと、けんたろー君、妹の一連の虚言は忘れること。妹はちょっと虚言癖があるから。そうだよね?ももちゃん」

「うん。お姉はムッツリなとこはあるけど、めっちゃ美人で優しくて料理も上手で貞操観念もしっかりしている人だから童貞の処女厨の人にもぴったりだよ。」

「余計なことは言わないの!」


 千里さんが耳を真っ赤にしてももちゃんをにらむ。やっぱり可愛ければいいかも。


「それと、けんたろー君もさっきのことは忘れること。」

 涙目で俺を睨んで、ももちゃんとやらを連れて行ってしまった。

 いやあ~。千里さん、可愛かったー。やっぱ、可愛いって正義だわ。


 それはともかく、千鶴さんに続いて、ももちゃんにも童貞って言われたんだけど、見た瞬間に分かるほど俺って童貞臭いかな?あと、姉はあんなにしっかりとしているのに何で妹は初対面の人に童貞とか処女とか言っちゃうの?


 ・・・

 もしかして、千鶴さんの影響ってことはないよね?

 まあ、考えても仕方ないので頑張って勉強しよう。


 *

 その後、三〇分くらいすると千里さんが戻ってきた。三〇分も、妹に対して、姉は何を話していたのだろうか?


 私、気になります!

 

 いや、やっぱりいいや。世の中には知らない方がいいこともある。政治家が普段どこの風俗で遊んでいるかとか、親の情事とか。


 ごほん。


 とにかく、その後は可もなく不可もなく復習は滞りなく進んでいく。さっきよりもほんの少しだけ距離が離れた位置で、千里さんは勉強を教えてくれていた。


 少しだけ残念だけど、その方が緊張しなくて集中できるのでありがたい。多分、妹に近いって指摘されたので、俺に近付きすぎているのに気付いたのだろう。千里さんは天然なところがあるからな。

 千里さんが俺なんかの近くにいたいと思う訳ないので多分、俺に勉強を教えようと、集中しているうちに近付いてしまっていたのだろう。

 

 俺みたいな陰キャでも距離が近づく程に信頼して教えてくれるのは少し嬉しい。

 だって、そのくらい近いところに居てもいいって思えるくらい俺に気を許してくれているんだって証だから。

 もちろん、これは千里さんの性格がいいからそう思ってくれているだけっていうのも大きい要因だろう。

 けれど、本気で医者を目指すんだったらコミュ障も脱却しなきゃなんないし、千里さんほどの美女からの信頼は自信になる。


 ただ、少しだけ自己嫌悪もある。千里さんはそんなに集中して教えてくれていたのに俺は何をやってんだかと思う。千里さんみたいに集中しないとな。

 *

 千里視点

(なんか、けんたろー君が凄い一生懸命になって勉強してくれているよ⁉それに、なんだか私の方を尊敬のまなざしで見つめてくるし。まさか、けんたろー君が集中できていなかったのって私がちょっかいかけたからなんじゃ…。別に千鶴ちゃんじゃなくても女性らしいことをしたら健太郎君って緊張するんじゃないの?けんたろー君は女の子に免疫なさそうだし。ってことは、私、つまらない意地を張ってけんたろー君の勉強の邪魔をしていた?これじゃあ、けんたろー君の役に立つどころか逆のことをしちゃっているじゃん。何やっているの千里⁉でも、まだ挽回できるはず。私も集中しよう。)

 そう心に誓って、次に教えるべき問題の説明を、千里は頭の中で組み立てていく。


 *


 そうして、健太郎と千里は凄く紆余曲折を経て二人揃って集中するのだった。

 千里の妹は、変な気を回して、健太郎の家に電話をして、今日は千里家に泊まると伝えていた。

 姉がしっかりものにみえる天然だとすれば、適当にみえてしっかりものなのが千里の妹のももなのだ。


「遂にお姉も春が来たかぁ。あれからお姉の部屋から二人が出てくる気配はないし。もう、ことを始めちゃっているよね。勢いでああいったけど、お姉は初めてであっているよね?いやぁあの真面目で可愛いお姉を落とすなんてあの童貞っぽい子にはちょっと妬けちゃうなぁ。」


 手にもつクッションを叩きながら、姉の甘酸っぱい恋を楽しむように、ももはベッドの上に寝転んでいた。


「でも、ヤり始めた割に静かなのは気になるかな。普通、多少は声とか動作の音が漏れちゃうんじゃ。まさか、勉強しているとか?いやいや、ないない。だって、若い男女が密室の部屋で二人きり。傍目から見ても結構、心を許しあっている様子だったし何もないってことはないよ。いくら、お姉が意気地なしで、あの子が童貞っぽいからって。うんうん。お姉の部屋にはさっき、こっそりゴムも置いておいたし大丈夫だよね。明日は私の食事当番だし、赤飯でも炊こうかな。」


 クッションを抱いてベッドに仰向けになりながら千里の妹はそれからも一人ブツブツ呟くのだった。ほんの少しの姉への愛情と、大きな姉へのからかいをもって、ももの妄想は捗るのだった。


 *


 翌日午前三時頃、目を覚ますと、ベッドの上にいた。隣には千里さんがいた。


 一緒に、仮眠を取ろうと思って、そのまま二人とも寝てしまったようだ。


 二人とも謎に勉強に集中していて気にしなかったけれど、これって所謂同衾ってやつになるんじゃ…。


 そう思うと全身から熱が発せられる。俺は、この年上の女の子に恋をしているんだなって思える。


 千里さんの形のいい唇が目の前にあった。艶やかな唇に眼が吸い寄せられる。


 千里さんは本当にきれいだな。肌もしみ一つない色白だし、白磁のように穢れがない。そんなきれいな人に教えてもらえるだけでもすごいことなのに、恋をして、劣情も持ってしまいそうになる。

 そんなことを考えてしまう自分が傲慢に見えて、薄汚い人間にみえて、嫌になる。


 この恋心はしまっておかないとな。


 それでも、やっぱり、形のいい桃色の唇に視線が吸い寄せられる。


 ・・・ 

 

 キスしたい


 …いかん、いかん。夜中のテンションで変なことを考えているぞ、俺!気分転換がてら、外の空気を吸ってこよう。



 千里さんを起こさないように外に出ると辺りは真っ暗だった。今宵は新月らしい。都会ではないので、車も人も何も通らない自分だけの空間となっている。

 真っ暗闇の中、一人だけのその空間を楽しむ。


 ごそり


 背後で音がした。いきなりの物音に肩をピクンとさせて、慌てて振り返る。

 

 そこにいたのは、ポニーテールに結わえた茶髪の幼馴染の凛だった。顔は見えないが間違いない。

 凛は手に何かを持って俺の方を何も言わずに見つめていた。

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