番外編 二人の会話
「ちーさと。どうしたの?」
凡そ一〇〇人ほどが入る、高校の教室とは一回りも二回りも大きい大学の教室で、悩まし気な表情を浮かべる千里に、千鶴が声をかける。
「前、私が教えているって言っていた男の子がいたでしょ?あの子の成績をあげるためにはどうしたらいいのかと思って。」
「その子、あんまり勉強しないの?それとも馬鹿だったりするの?」
千鶴が遠慮ないもの言いで千里に聞く。
「ううん。そんなことないよ。ちょっぴり思春期の男の子らしくエッチだけど凄くいい子で一日平日四時間土日は十時間近くしているし、頭も悪くないよ。この間の定期テストも百番以上順位を上げたしね!」
千里は誇らしげに自分の教え子のことを自慢する。
「じゃあ、何で悩んでいるの?」
「それは、だって頑張っている子は応援したいんだもん。もっと、成績をあげてあげるいい方法がないかと思って…」
「家庭教師なんて歩合制でもないのに、千里は、真面目だねぇ。」
頑張っても何も利益にならないにもかかわらず、頑張る千里を千鶴は愛おし気にからかう。
「だって、健太郎君、ホントにいい子なんだもん。絶対受からせてあげたいんだ。」
向日葵のように輝く笑顔の千里に千鶴はドキリとする。ついでに、周りの男の子たちもチラチラと、千里の笑顔に目を向けて癒されている。
「だったら、やっぱり教える時間を増やしてあげたりすればいいんじゃないの?親御さんも千里の熱意があれば多少は家庭教師の時間も増やしてくれるんじゃない?」
「それだー!千鶴ちゃん、それだよそれ。」
千鶴の手を握って千里は、落ち着きなくはしゃぐ。同級生の前では健太郎に見せているしっかり者の印象がなくなる時があるらしい。最も、最近は、健太郎の前ですらメッキがはがれかけているのだが。
「ど、どうしたの?」
「健太郎君の家で、私、勉強合宿する。」
千鶴は千里の突然の告白に理解が追いつかない。
美女大学生が、冴えない男子高校生のボッチ(千鶴の偏見)を教えるのに泊りがけなんてありえない、と思った。
もしかしたら、その高校生が、合宿の日に両親を家に帰らせないように取り図って、二人きりになれるように仕組むかもしれない。
勉強合宿の日に合わせて、日頃の感謝とか言って、温泉旅行のチケットでも両親に渡せば、その状況は簡単に作り出せる。
高校生では温泉旅行のチケットもかなり高いだろうが、それでも千里みたいな清楚で可愛い美少女と二人っきりのお泊まりデートができるなら安いものだろう。
(少なくとも、私なら、千里と二人きりになれるならそうする。)
そんなことを考えつく千鶴も、健太郎同様ひねくれていて、千里に対して過保護なのだが、そのことには、千鶴は気付かなない。
千鶴は、千里が騙されやすい女の子であることも知っていたので、余計に千里の言葉を気にしていた。
「そんなことしたらその男の子に乱暴されちゃうかもしれないし、やめたほうがいいよ。」
「健太郎君はそんな子じゃないんだよ!いくら千鶴でも健太郎君を悪く言っちゃダメだよ。」
心配して言ったのに、親友が千鶴ではなく健太郎とやらのフォローに回るのは面白くない。意地悪してしまう。
「夏休みは私とお泊まり旅行に行こうって言っていたのにそれはどうするの?」
「うっ。それはその。」
目が泳いで申し訳なさそうにしている千里をみて自分から意地悪したのにも関わらず、思わず、千鶴は助け舟を出していた。
「じゃあ、勉強合宿は私の別荘でやろうか。それで私との約束も守ったことにするの。」
「ありがとー。千鶴ちゃんだーいすき。」
千里が首に手を回して抱きついてくる。この友人を見ていると千鶴は同性愛を全力で肯定したくなる。
千里のことを過保護に思っている千鶴だが、彼女にも知らないことがある。
照れ臭いのを上手く隠しながらも、目線だけは逸らして言う千鶴の姿に、千里が暖かな気持ちになるのに気付いていない。
*
「そうだ。今日、千里の家に泊まってもいい?」
「いいけど、着替えとかどうするの?」
「千里の服借りる~。ダメ?」
「仕方がない。貸して上げよう。あと、今日は私のご飯の当番だからよりをかけて美味しいもの作るね。」
千里が言うと、偉そうな言葉すら、人を和ませる言葉に変化する。
「やったー。」
それを聞いて、千鶴は二重の意味で喜ぶ。
*
放課後、二人でバスに乗って千里の家に向かう。千里の家は二階建ての少し赤がくすぶった屋根をもつ普通の家だ。家は近所だから、パジャマを取りに帰ってもいいのだが、千里の服を着たいので黙っている。
「おじゃましまーす。」
千鶴が元気よく挨拶する。
「ようこそ、千鶴ちゃん。今から料理の下準備するから、私の部屋で適当にくつろいどいて」
千鶴はよく遊びに来るので、こういった会話は何度も繰り返されている。
そして、一人で千里の部屋にいる時に、部屋に面白いものがないかを探す。
千里の部屋に少し過激な少女漫画があるのを見つけた時は、からかったりした。
(必死になって、『それはストーリーがいいのっ!文藝作品とかにもエッチな描写はあるし別に普通だよ!」って頬を膨らませながら千里が言い訳していたのは可愛かったなぁ。そうだ!今日も何か面白いものがないか部屋を探検してやろう。)
千鶴は、意外にも、大学の多くの人にはお淑やかだと言われる。
しかし、信頼している人には結構遠慮がない。親しき中にも礼儀ありとかいう言葉は、千鶴の辞書には存在しない。
とはいえ、本気で怒られることをすることもない。信頼できる人は、数少ない千鶴にとっての大切な人だからだ。
千鶴は二階にある千里の部屋に行く。
因みに、高校生の妹の部屋が千里の隣にある。間違って入ると妹ちゃんには結構怒られるので注意する。
しっかりと千里の部屋であることを確認してから、部屋に入る。
そして、小学校の時に買ってもらったという物持ちのいい、少女キャラの机の上や、ベッドの上を探っていく。
すると、以前に来た時にはなかったファイルとノートが見つかった。
表面には
“健太郎君を絶対に受からせるためのノート”
と丸い文字で書いてあり、ノートの中には健太郎君とやらの成績の推移や苦手なところできることが事細かに書いてある。
そして、千里自身の反省点のようなものも書いてあった。
五月二〇日
“今日は二回目の家庭教師だった。ママの紹介でどうしても断れなくて行っただけだったけれどとても素直ないい子だった。絶対に合格させたいなと思う。けれど、今日、言ってくれた目標は正直いって今の健太郎君には困難だ。それでも私と同じような覚悟を持った目をしていた。絶対に受からせるなんて言ってあげられないけれど、一番効率のいい勉強方法で教えてあげたい。私も頑張るぞ!”
六月八日
“頑張っている健太郎君のご褒美に何が欲しいと聞いたら私とデートしたいだなんて言ってきた。健太郎君のことは嫌いじゃないけれどデートなんて三年ぶりだし、恥ずかしい。年上の女性の威厳を保てる気がしないよ~(泣)”
六月一一日
“今日はプールに行った。本当は勉強に関係ないから書かなくてもいいんだけど嬉しいことがあったから書いちゃう。健太郎君が私のことを助けようとしてくれたのだ。手を引いて颯爽と駆け出す姿はカッコよかった。思わず、寝ている健太郎君にそのことをささやきかけたら、どうも狸寝入りをしていたらしい。笑われちゃった。恥ずかしいよー!
でも、やっぱり嬉しかった。
健太郎君が受かって私と同じ部活に入ったらもしかしたら付き合ったりするのかな?なんて妄想したら、胸がドキドキする。
でも、一緒に行った幼馴染の凛ちゃんも健太郎君のことが好きそうだった。凛ちゃんのことも大好きになっちゃったので、妄想だけで大丈夫。きっと今日思ったことも一時の気の迷い。”
六月一八日
“プールのことがあって少し恥ずかしかったし、主導権を握られちゃったけど、普通に話すことができた。よかった。修羅場はよくないし、教師としても、ママや健太郎君に示しがつかなくなっちゃう。”
六月三〇日
”今日は私のテストだった。最近は健太郎君の勉強方法とかばっかり考えていたので結構テストやばかった。滑っても追試に受かれば何とかなるとはいえ、ママに心配される。学費も出してもらっているんだし受からないといけないのに、もう少し勉強するべきだった。
そもそも、滑ったら健太郎君が責任を感じちゃう気がする。反省。反省。
一週間前に泊まりがけで千鶴ちゃんが教えてくれたので受かったと思う。感謝。感謝。
千鶴ちゃんの教え方上手かったなぁ。
千鶴ちゃんも健太郎君に教えてくれないかなぁ。って他力本願はダメだよね!
私が頑張らないと。”
なんて書いてあるのも見つけてしまった。
親友は見た目に反して少々思い込みの強いところもある。少し親切されたらそれだけでその人をいい人と思ってしまうことがある。
明らかに千里にお近づきになりたそうな下心満々の人に、自分が運んでいた荷物を持ってもらっただけでいい人認定するのだから、中々に重症だ。
だから、健太郎君とやらが本当にいい子かは分からない。千里が少し優しくされていい人と思い込んでいるだけかもしれない。
(よし、決めた。合宿では私も教師役を買って出よう。)
千鶴は千里の願いと、健太郎君とやらを探るという自分の願望をかなえる提案を思いついていた。
カチャリ
「下準備終わったよー。って、何見ているの、千鶴ちゃん!恥ずかしいからダメだよ。」
千里は部屋に入った途端に、千鶴の手にあったノートをみて、素早く取り返し、大事そうに胸に抱える。
顔を赤くして、千鶴を睨み付ける。
(うーん。可愛い姿を見られたのは嬉しいけど、ちょっとやりすぎたなぁ。)
「あのさ、合宿、私も教師役していい。問題とかも作ってしっかりやるからそれで許してくれない?」
「え、ホントにいいの?給料とか多分でないよ。大丈夫?というか、結構勉強するつもりだけどホントにいいの?」
「うん。大丈夫。」
「ありがとう。千鶴ちゃん。」
自分の本音に近いものが書かれていたであろうノートを見られてしまったことなんか忘れて、満面の笑みで、千鶴に感謝してくる。やっぱり、自分のことを省みずにそんな風に他人のことを大切に思える優しい千里の姿に、千鶴はちょっと心配になる。
「うん。大丈夫だよ。まあ、私みたいな銀髪美人がいたら集中できなくなっちゃうかもだけどね。」
「健太郎君だって、勉強中は大丈夫だよ。・・・多分。」
健太郎という少年は優しいけれどちょっぴりエッチで意地悪なことを、家庭教師をしていて知っているので、千里も少しだけ自信がもてない。
千鶴が健太郎と犬猿の仲になって、その後少しだけ仲良くなって、某鼠と猫のような仲良く喧嘩する関係になることを二人はまだ知らない。
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