第23話 ビッチとボッチは字面が似ている
ピーンポーン
インターホンの音がする。終業式の前日なのだが今日、千里さんたちが迎えに来ることになっている。
急いで荷物を持って玄関を開ける。
そこにはベージュのフレアスカートを履き、Tシャツを着た美女三人がいた。
Tシャツの色は違っていてそれぞれ、白・黒・青となっている。
白いTシャツをきているのが千里さん。聖母のような彼女の雰囲気に白はよくあっていた。
黒いTシャツをきているのは凛。彼女が黒を着るのは珍しいがいつもよりも大人っぽく決まっている。正直、凄く好みだった。
青いTシャツをきているのは知らない女性だった。
切れ長の瞳に、高身長ですらりとしたモデル体型の美女。千里さんが大人っぽいゆるふわの美人、凛が小動物感のある可愛い系の美少女とするならば、彼女はすべてを圧倒する攻撃的な美女だった。
怖さすら感じさせる女の子だった。
そして、彼女は俺の知り合い二人と比べても、圧倒的に目立つ容姿をしていた。二人もこの人に負けないくらい可愛いと思ってはいる。だが、こと目立つという一点においてはこの人は異質だ。
日本人離れした高い鼻筋。ぱっちりとしたつり目の瞳。小さいけれど人目を引く紅い唇。染めたのでは出せない、自然な輝きをもつ銀髪。それらは荒々しい豪雪を想起させた。綺麗だけれども人を傷つけずにはいられない。そういう人に見えた。
「健太郎君四日ぶりだね。まずは、この子のこと、紹介するねっ。」
そう言って、吊り目の銀髪美女を千里さんは指し示す。
「この子は、私の同級生の千鶴ちゃん。今回、別荘を無料で貸し出してくれたのも千鶴ちゃんです。親も医者だし、成績も私より優秀で凄く頼りになるんだ。今回は、家庭教師役もしてもらうことになっています。どんどん質問もしてあげてね。」
千里さんの紹介を受けて銀髪の少女、千鶴さんがこちらに歩み寄って、
「君がけんたろー君?よろしくね。」
と言う。予想外の優しい笑みを浮かべて握手のために手を差し伸べてくれる。
「よ、よ、宜しくお願い致します。」
俺は久しぶりに本気でコミュ障をしていた。
情けないって言わないで!
だって、千里さんは柔和な雰囲気で喋りやすかったし、凛は幼馴染だしで大丈夫だったんだよ。前のイケメン四人組の時だって千里さんを守らなければと思っていたから緊張する余裕もなかった。だけど、今回はいきなりだし、美人だし仕方ないだろ?
しかも、この人、凄くスクールカースト高そうな威圧的な顔をしているし、とか思っていたら、
「君、童貞でしょ?」
千鶴さんが切れ長の瞳で俺を睨みながらいきなりぶちかましてきた。初め、俺は空耳をしたのかと思った。あまりにも唐突な言葉だったから自分の耳を疑ったのだ。
しかし、その言葉に、俺ではなく凛と千里さんが真っ赤になっている。それをみて、自分の空耳でなかったことを悟る。
やっぱり女の子は純真な方が可愛い。
じゃなくて、
「いきなり、童貞でしょ?とか何かましてくれてんじゃこの美人は。」
俺はコミュ障を忘れて、初対面の女の子を怒鳴るという暴挙にでる。
「ははは、ごめんね。でもいい突っ込みだね。この子可愛い。千里。この子は私がもらうね。そうだ、よかったら今晩、ホントにお姉さんが初めてをもらってあげようか?」
からかうように千鶴さんが上目遣いでみてくる。上目遣いなのに脅迫されているような気分にさせられる。
…こんな上目遣いがあってたまるか。
それでも、俺はこの人の言う通り童貞だ。美女のHな提案には反応せざるを得ない。思わず、スタイルのいい千鶴さんの身体の方をみてしまう。
「もう千鶴、なに年下の男の子をからかっているの。」
千里さんがぺしんと可愛らしい音をたてて千鶴さんのおでこを叩いてとめてくれる。
「ごめん、ごめん。あまりにも純真なエロさをもつ目をもった子だったから思わずからかっちゃった。」
そして、俺も千里さんに耳を引っ張られる。
「健太郎君もだめだよ。いくら千鶴が滅茶苦茶、綺麗だからってそんなにねっとり見ないの。」
「ねっとりって人聞き悪すぎでしょ。」
千里さんの表現に断固抗議する。
「いやいや、私、今絶対脳内で視姦されていたよ。エロ少年め。」
銀髪煌めく少女が口を出してくる。
「あんたは黙っていろ。」
初対面の千鶴さんに思わずあんたとか言ってしまう。
美人でも一緒にいたくない人ってホントにいるんだね。
*
運転席には千鶴さん。助手席には凛。後部座席には俺と千里さんの二人となっている。
環境に優しくて燃費のいいコンパクトカーを運転している。千里さんが選んだレンタカーらしい。いかにも、千里さんの優しい性格を表している気がする。
座席の順番は、当初は、助手席に千里さんが乗る予定だったのだが、凛が殺気を出していて怖かったのでこの順になっている。
「千里さんだけでなくて、千鶴さんも美人でよかったね。目指せ、身体だけの関係ってやつだね?」
これを、普段下ネタ言わない凛が淡々と言った時の恐怖。黙っていても怖い。
…殺気ってホントにあるんだよ。知っていた?
さっきから、冷や汗と震えが止まらないもん。絶対、殺気だよ、これ。『油断したら殺られる』って日常生活で初めて感じたよ。
因みにその時の、千鶴さんは爆笑していた。
「うっわ、健太郎君、幼馴染に振られてやんの~草生えるわ。」
とか言って声に出して笑っていた。何だったら千鶴さんの笑いが止まらなくて五分くらい出発が遅れたからね。その間の空気、わりと地獄だったからね。
*
「凛、手作りだけど、クッキーやるから機嫌直せよ。」
こんなこともあろうかと、凛が好きそうなものを何個も用意してきた。伊達に幼馴染していない。
「へー。すごい、すごい。どうせ、千里さんに料理できる男の子アピールしたいだけでしょ?」
もう、怖い。泣きそう。何で、こんなに幼馴染は怒っているの?女の子の日なの?そうなの?もはや、そうであってくれ。じゃなきゃ原因がわからん。
そう言いつつも、助手席から振り返って差し出した100円ショップのポリ袋に入ったクッキーをとっていく。
むしゃむしゃ(クッキーを食べる音)
がさごそ(クッキーを取る音)
むしゃむしゃ(クッキーを食べる音)
がさごそ(クッキーを取る音)
むしゃむしゃ(クッキーを食べる音)
がさごそ(クッキーを取る音)
クッキー食べているだけなのに怖いよ。何、この一定間隔の動作は。美味しいか不味いかくらい言ってくれ。
何も言わずに凛がクッキーを食べる音だけが聞こえる。
「そんなに、食べて美味しいの?私も、もらおうっと」
空気を読まないで、後ろに眼でもついているかのように凶暴女(千鶴さん)は俺の手からクッキーを奪い取っていってしまう。
そして、そのまま口に全てのクッキーを流し込んでいく。
「ごほっ。ごほっ。」
そして、盛大にクッキーを喉にひっかけていた。…そりゃ、クッキーを口に流し込んでいったらそうなりますやん。
この人の成績が千里さんより優秀ってマジなのか?だってこの人ただのバカじゃん。
「あぶない。」
その時、千里さんが声を上げる。
クッキーを喉につまらせて、前を見ていなかったせいで千鶴さんの運転する車があと少しで前の車にぶつかるところだった。慌てて千鶴さんが急ブレーキをする。慣性の法則で身体が前に行き、思わず前の座席の背もたれをつかむ。顔をあげるとほとんどぶつかりそうな距離で前にいた赤い車の車体がフロントガラスのほぼすべてを占めていた。だが、ぶつかったような衝撃はなかった。…何とかぶつからずにすんだようだ。
「もう、けんたろー君。エロイだけじゃなくてこんな危ないことをするなんてもてないぞ。」
悪びれもせずに千鶴さんは口を開く。あんた、この状況でよく言えるな。
「いや、あんたが勝手に俺のクッキー奪い去ったからだろ。」
「なにをー。こんな美人にクッキーを召し上がって頂いてありがたいだろ。」
「いや、あんたより凛と千里さんの方が数百倍可愛いから。あんた、ブサイクって自覚した方がいいよ。」
初対面の美女相手なのに舌鋒が止まらない。
「ははは。千里に聞いた通りの子だわ。おもしろっ。」
何故か、千鶴さんは侮辱されて上機嫌だった。
そして、隣を見ると、千里さんが俯いて耳を真っ赤にして震えている。
「千鶴さんが変な運転するから、千里さんが怖くなって俯いちゃったじゃないですか。」
「いや、超絶美女の私よりも100倍千里たちの方が可愛いとか言うけんたろー君のせいじゃん。」
そう言って、まだ、千鶴さんは反省しない。陰キャの俺に可愛いって言われただけだし、それに何より千里さんが可愛いのは万物普遍のただの“事実”だ。そんなことで千里さんが照れるわけがない。
「いやいや、あんたさっきから自分の責任を俺に押し付け過ぎだから。千里さんと凛が可愛いのはただの客観的事実だから。クラスでも凛のこと可愛いとか言う奴は五万といるんだぞ。」
「け、けんたろー。その、もういいからやめて仲良くしよう」
凛が助手席から振り向いて俺の方をみて注意してくる。見れば、凛の顔も真っ赤になっていた。どうしてだろ?怒りと恥ずかしさがないまぜになった表情に見えるんだけど、ボッチの早とちりかな?
まあ、それでも、優しい幼馴染の頼みだ。
「俺、凛と幼馴染でよかったよ。美人でも性格悪い幼馴染がいたら俺のひねくれた性格がもっとひねくれていたよ。」
千鶴さんの眼をバックミラー越しに見ながらしゃべる。
「千鶴さんを見ながら言うって絶対、千鶴さんへの当てつけで言っているでしょ。」
幼馴染は怒りだとかを通り越して、あきれた声を出す。
ちっ。流石は幼馴染。ばれたか。
「だって、千鶴さんと俺多分相性最悪だぞ。」
「そう?私は相性最高だと思うけどね。」
千鶴さんが正反対のことを言う。
そうして、波瀾の勉強合宿が始まる。
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