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「私たちが事情を説明すれば、あなたも口を割るということでいいのよね、間土くん」
「ちっ。あぁ、それで構わねぇよ。端からそうすりゃよかったんだ」
席に着くなり、またもや智佳と間土がにらみ合っていた。
克己たち五人は、改めてこれからの方針を話し合うという智佳の提案に同意し、箕俣駅前にあるファミレスを訪れていた。そこで智佳が「ひとまずお互いの話をしましょう」と言い出したのだった。
案内された窓際のテーブル席は、二、三人が座れそうなソファチェアが一組向かい合っている。由利と智佳がその片方に、夜井と間土がもう一方の席に座ったので、克己は戸惑いながらも男子側の席に着いた。
席に着くや否や火花を散らせていた智佳と間土を横目に、由利と夜井はそれぞれメニュー表を眺めていた。
なんとなくわかっていたけど、夜井くんも南戸さんに負けないくらいのマイペース気質みたいだ……。
店員が人数分のお冷を提供しに来た際に、夜井が皆で食べられるようにと大盛りポテトを、由利が人数分のドリンクバーを注文した。
「ドリンク取ってくるよ」と言って克己が立ち上がる。
「私ホットコーヒーね。ブラックで」
「私はオレンジジュースでー」
智佳と由利が続けざまに言った。克己は通路側に面しているのが自分だけだから男子二人分の飲み物を取ってこようというつもりで言ったのだが、女子二人に間髪入れずに頼まれた以上断ることもできず、五人分の飲み物を取りに行くことになった。
克己がお盆に乗せた飲み物をそれぞれの前に置いていく。夜井は野菜ジュース、間土はコーラ、克己はウーロン茶と、見事に五人とも被らなかった。
「さて、それじゃあ誰から話しましょうか」克己が置き終わって座ると同時に、智佳が改めて切り出した。
克己は、智佳と由利とさりげなく交互に目を合わせた。実は夜井と間土が駅の駐輪場に自転車を取りに行っている間に、口裏を合わせていたのだった。
「もしオニに関する話をあの二人にするときは、私から話すから、二人は黙ってて」
智佳にそう言われていたので、手村に会う理由が自分のオニに関係している克己としては喋りづらかった。先ほど電車内で話したカウンセラーの真似事をしようとしているという出任せを、夜井と間土が信じていればもう話す必要すらないわけだが。
「僕はあくまで手村くんの家までの案内係だから、話すとしたら緒美音さんたちか、間土くんってことになるのかな?」
夜井の言う通り、夜井は省かれることになり、さらに間土は智佳側が先に話してからでなければ話さないというので、必然的に最初に話すのは智佳になる。
智佳もその流れを理解したように小さく頷いてから、「それじゃあ、南戸さんお願い」と由利に振った。
「え、私?」智佳がすべて説明してくれると思っていたのだろう、由利は驚いた顔を見せた。
「そうよ。こちら側のメインは南戸さんで、私と真岳くんはその付き添いって感じだし」
確かに智佳の言う通り、由利の動機はオニにからまない話なので、そこに克己と智佳も適当に混ぜればオニに関する説明を夜井と間土にする必要はない。つまり、智佳は二人にオニの説明はしないと判断したのだ。
「んー、そー言われてみればそーだね。じゃー私から話すね――」
そして由利は夜井と間土に対して説明を始めた。自分が手村の不登校及び学校を辞めるまでに至る主因になってしまったかもしれない旨、今更遅いかもしれないがそのことに関して手村に謝りたい旨を。
夜井と間土は、最後まで真剣な表情で由利の話を聞いていた。
「うん、いいんじゃないかな。手村くんがそれで満足するかはわからないけど、悪いことをしたと思うなら謝るべきさ。まぁ、手村くんの力になれなかった僕が、こんな偉そうなこと言う資格はないんだけどね」と言って夜井は苦笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。ありがとー夜井くん」
夜井の言葉に由利は礼を返した。
夜井の言葉と表情から、夜井は夜井なりに手村を救おうと努力したのだということが伝わった。少なくとも二年三組では一番手村の近くにいたであろう夜井ですら無理だったのならば、ただ痛みを共感できるだけの自分にできることはあるのだろうかと、克己は不安を覚え始めていた。
「俺はわざわざそんなことする必要ないと思うぜ。ぶん殴られたわけでもあるまいし、そのくれぇ言い返せねぇようだったら、どこに行っても生きていけねぇよ」
夜井とは相反して、間土は由利に反対のようだった。間土が手村の痛みを共感できないからこそ言えたのだろうが、ある程度の痛みの耐性がなければこの先転校するにしても生きづらいという点には一理あった。
「ただまぁ」と言って間土は続けた。
「謝りてぇなら勝手にすりゃいいと思うぜ。けどそれは手村のためじゃなくて南戸、てめぇのためだろ。てめぇの罪悪感を軽くするためにするってことだ」
「厳しい言い方かもしれないけど、私も間土くんの意見に概ね同意よ。この際、やっぱり謝りに行くのを止めると言い出しても構わないわ」
もともと完全に納得していなかったのだろう、先ほどまでにらみ合っていたのが嘘のように、智佳は間土に同調した。
「うーん、そーなのかな……」
由利は二人の謝罪を止める意見に対して困った顔をしていた。そんな由利を見ておけなくて、克己は思わず口を挟んだ。
「南戸さんは、自分のために謝るわけじゃない。それで少しでも手村くんが楽になるならって、手村くんのためだけにやるつもりなんだ」
克己には、由利が手村に対して罪悪感をほとんど抱いていないということがよくわかっていた。それだけ聞けば薄情だが、罪悪感がないからこそ、そこから生まれる謝罪は自分のためではなく相手を想ってのものになるではないだろうか。
「……なかなか知ったような口利くじゃねぇか」
ぎろりと、横目で間土が克己を睨む。勢いで口走ってしまったが、確かにオニの説明抜きでここまで断定的に言えるのは傍から聞けば違和感がある。
どうしたものかと正面を見ると、智佳も同様にして克己を睨んでいた。その顔に「余計なことを言うな」とはっきり書かれているのを克己は読み取った。
「すごいね、真岳くんは。そこまで言い切れるってことは、それだけ南戸さんを信じてるってことだ。それもカウンセリングの効果なのかい?」
「そ、そーなんだよ、真岳には話聞いてもらったからさー。私の心が読めちゃってるのかもー」
予想外の角度から夜井がフォローしたのを見て、由利もそれに乗っかった。
「ま、まだまだカウンセリングって呼べるほどのものじゃないんだけどね。南戸さんは結構わかりやすい方だったかなーはは……」
せっかくの助け舟を棒に振るわけにはいかず、克己もどうにかして合わせた。間土は「ちっ」と言っただけで、それ以上追及することはなかった。
もしかしてこの二人の前ではずっとカウンセラーを目指していることを演じなければならないのかと、克己は内心頭を抱えた。
「それじゃ、次は約束通り間土くん、あなたの番よ」
「……あぁ、わかったよ」
間土はコーラの入ったグラスを逆さにして、残った分を一気に口の中に収めた。ばきばきと音を鳴らしながら氷を歯で砕き終わったあと、説明を始めた。
「実はよ、見たんだよ。手村が、警察から出てくるとこを」
話を聞いていた四人が、一斉に間土に焦点を合わせた。
「出てきたって、いつの話?」智佳が聞く。
「まぁ待てよ。それも含めてこれから話す」と言って、間土は手を口に当てて小さくげっぷをした。氷を口に入れて豪快に砕くことはするが、げっぷは堂々とはしないという、間土なりのマナーの線引きが垣間見えた。
「あれは先週の金曜日のことだ」間土は改めて説明を始めた。
金曜日の放課後、部活に入っていない間土はまっすぐに帰路に就いた。そして箕俣駅から出たところにある交番から、手村が出てくるのを見た。手村が間土の存在に気付いたかどうかはわからないが、人目を避けるようにして俯いたまま走ってその場を離れていった。
「そのときは、俺も何も思わなかった。久々に手村の顔見たな、落とし物でも拾ったんじゃねぇかって思ったくれぇだ。ただ、その日を境に警察がバラバラ死体の捜索を始めて、町にもその噂が広まった。今考えりゃあ、手村が何か知ってんじゃねぇか、なんなら手村が死体の発見者なんじゃねぇかって思ったから、今日てめぇらのついでに聞き出してやろぉと思ってたんだよ」
間土が話し終わると、今度は四人とも一斉に考える仕草をした。
もし、バラバラ死体を見つけたのが手村なら、どうなる?
少なくとも、智佳の言う通り、智佳と今回のバラバラ死体の噂は関係ないということになる。なぜなら、克己が智佳のバラバラ死体をゴミステーションで見つけた時間帯と、間土が交番で手村を見た時間帯がほぼ同じだからだ。朝影駅から箕俣駅までの距離を考えると、不可能に近い。
手村が学校を辞めたうえで、夜井たちの訪問にも出てこないことも考えると――
「もしかして手村くんは、バラバラ死体を見つけてしまったから、報復を恐れている……?」
克己は思いついたことを口に出した。それを聞いて夜井は頷いた。
「それはあるかもしれないね。バラバラ死体を見つけて警察に知らせたはいいものの、肝心の死体は見つからない。もしかしたら自分が通報したことが犯人には気付かれていて、復讐されるかもしれないとおびえている可能性は十分ある」
「そーだねー。それなら今日出てくれなかったことも納得できるしね」由利も夜井と同じく克己の意見に賛成した。
「けどよ、発見されたのは板滝山って話だぜ。それならもっと近ぇ朝影駅前の交番にでも行けばいい。っつーか、引きこもってるやつがわざわざ山まで行った意味もわかんねぇよ」
間土の反論に、三人は口を閉ざした。その理由が納得できるものだったからだ。
「それなら、バラバラ死体が板滝山にあるってことを知っていた、からとかは?」
「とかはって聞かれてもな。見つける以外にどうやって知ったんだよ」
「犯人が話していたのをどこかで聞いたのかもしれないよ」
「わざわざ死体をバラバラにするような用心深いやつが、人に聞かれるようなところで死体の話なんてするとは思えねぇけどな」
「それじゃー、犯人またはそれに近しい人が手村くんに死体の場所を伝えたのかも」
「自分が報復されないようにってか?それで馬鹿正直に通報して、びびって家から出られなくなってるんじゃあ、手村が間抜けすぎんだろぉよ」
「それなら――」
「ちょっと待って」
克己と夜井、由利が意見を出し、それに対して間土が反論するという流れを何巡かした後に、ずっと押し黙っていた智佳が口を開いた。
「推測の域を出ないけれど、わかったわ」
「わかったって、何がだよ」間土が聞く。
「手村くんがどうして私たちの前に出てこないか。そして、どうやったら手村くんが出てくるか」
全員の視線が智佳に集中するのを確認したうえで、智佳は推理の説明を始めた。
「まず初めに、この中で手村くんのことを知らないのは、転校生である私だけ。せいぜい真岳くんからどんな人かっていうイメージを聞いたくらいで、顔すら知らないわ」
手村に関して、内気だがプライドが高いというような印象を持ったことを、智佳に話したことを克己は思い出していた。
「真岳くんの話だと、手村くんは南戸さんをきっかけにいろんな人にからかわれるようになり、それがきっかけで不登校、さらには学校を辞めるにまで至った。ここから、皆の中で、無意識に手村くんは被害者側の人間というイメージが定着しているような気がしてる」
「でも、実際に手村くんは被害者じゃない?そりゃー間土くんみたいにそんなことでーって言う人はいるかもしれないけど」
由利が口を挟むと、智佳は「その通り」と肯定して、続けた。
「あくまでその件に関しては、南戸さんの言う通り手村くんは被害者ということになるでしょうね。私が言いたいのは、その件に関する手村くんのイメージが、今回のバラバラ死体を発見した可能性がある件にも引っ張られているということ。つまり、バラバラ死体発見の件に関しては、手村くんが被害者とは限らない」
「つまり、手村くんが加害者ってこと……?」
「確かに、手村くんがバラバラ死体を見つけた人として話を進めてたけど、それはもともと手村くんによって生み出されたものという可能性もあるのか……」
ただ、あの大人しそうな手村が人をバラバラにして殺すことができるとは到底思えなかったが、それが智佳の言うところのイメージに引っ張られているということになるのだろうか。
由利と克己が智佳の推理に納得し始めているに対し、「ちょっと待て」と間土が割って入った。
「緒美音の推理が正しいとして、仮に手村が誰かをバラバラにして殺してたとしてもだ、それを自分で警察に知らせに行くか?そんなことしたって自分の首絞めるだけで、なんのメリットもねぇだろぉがよ」
「いや、メリットならあるわ。現に私たちはここ最近でそれを体感している。他の町なら間土くんの言う通りデメリットでしかないでしょうけど、この町だからこそ発揮されるものが」
「それが、バラバラ男というわけだね」いち早く智佳の意図を察した夜井が言った。「十年前にバラバラ殺人事件が起きて世間を騒がせたこの板滝町でバラバラ死体を発見したとなったら、まだ捕まっていないバラバラ男が再びこの町に来たと噂される」
「そうか、つまりは模倣犯のうえに、罪をバラバラ男になすりつけようとしたのか」
智佳の推理を整理すると、手村は何者かをバラバラにして殺したうえで、板滝山に死体を埋めた。その後、地元である箕俣駅前の交番でバラバラ死体を板滝山で見つけたと伝える。十年前のバラバラ殺人事件が未解決だと知っている警察は、それに関連した可能性があるとして総力を挙げて捜索をするも、肝心のバラバラ死体は見つからない――
整理しながら、克己は一つ疑問を覚えた。
「それなら、どうして警察はバラバラ死体を見つけられないんだろう。手村くんの目的は、見つけてもらうことのはずだよね?」
「それに関しても、私の推測でしかないけど」智佳は顎に手を当てて答えた。どうやら智佳が考え事をするときの癖のようだった。
「手村くんからしても、死体が見つからないというのは予想外なんじゃないかしら。死体は板滝山に置いてきたはずなのに、警察は見つけられないという。そんな中で私たちが来ても、疑心暗鬼になってしまって怖くて出られないでしょう。向こうからしたら、もしかしたら死体の場所を知っているのは私たちなのかもしれないのだから」
先ほど克己たちが訪れても夜井が出なかったことも含めたうえでの推理だった。智佳は冷静で頭が良さそうなイメージはあったが、ここまで卓越した推理力があったのかと克己はただただ感心していた。
克己が尊敬のまなざしを向けているのに気づいて、智佳は横を見て視線を避けた。
「さっきも言った通り、推測でしかないわ。なんなら、手村くんこそがバラバラ男そのものなんじゃないかとすら考えたけど、私たちと同い年とするなら少し考えにくいしね」
「そうだね、六歳のときに出来たとは考えにくい」夜井が智佳の話に頷く。
誰しもが智佳の推理を正しいものとして認識し始めたところで、皆一様に押し黙ってしまった。一月前までクラスメイトだった人間が、誰かをバラバラにして殺したとはすぐに飲み込めなかったのだ。
しかしまさか、手村くんに謝りに来たつもりが、バラバラ殺人の容疑者として見なきゃいけなくなるなんて――
沈黙を破ったのは、間土だった。
「緒美音の推理が正しいとしてよ、それじゃあ結局これからどうすんだ?ここまで来たら本人に今の推理が正しいか聞きださなきゃなんねぇけど、手村が出てこないっていう状況に変わりはねぇだろ」
「それに関しては簡単な解決法があるわ」智佳は即答した。
「そりゃ、なんだよ?」
さらに間土が聞くと、智佳はにやりと笑った。
「すぐにわかるわ。誰か何か要らない紙とか持ってない?」
そう言って、智佳はカバンから筆記用具を取り出した。
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