第25話 オレンジ色の炎

 美瑠による美玖の水浴び写真撮影を終えて、俺たちは元の場所に戻る。


 すると、浜本先輩、河口、真理姉さんとも、もう泳ぐのには飽きた(疲れた)ようで、そろそろ昼食の準備をしよう、というような話になっていた。


 俺も腹が減ってきていたし、美瑠も美玖もその案に賛成する。

 女性陣はTシャツやシャツブラウスを水着の上から着て、紙コップを用意したり、買ってきたトマトを切ってサラダを作ったりし始める。

 男性陣は、炭火を起こしてバーベキューの準備だ。これは浜本先輩や河口が慣れていた。


 ここで、白ご飯はどうやって炊くか、という話になったのだが、キャンプ場の管理棟で飯ごうを借りられることが分かり、どうせならチャレンジしてみよう、という話になった。


 飯ごうは一つで四合炊ける。今回六人なので、2つ借りて六合炊く。

 ところが、意外なことに浜本先輩も河口も、飯ごうで飯を炊いたことがないという。


 いつもは、あらかじめ朝から炊いたものをタッパーに詰めてくるか、あたためるだけで良いタイプのものを買ってきているという。今回は、コテージに標準で炊飯器がついていたのでそれで炊けばいいだろう、と考えていたようだ。


 もちろんそれでいいのだが、やっぱりキャンプなら飯ごうだ。

 しかし、火加減が難しくて芯が残ったり、黒こげになることもよくある。

 保険として炊飯器で炊きながら(これは夕飯にも使える)、飯ごうでも炊くことにした。


 飯ごうで飯を炊くための炊事場には、カマドが用意されており、薪も提供されていたので、今回は薪で焚く。

 とはいっても、薪はそのままでは太いので鉈(なた)で薪を縦に割るのだが、真理姉さんが勢いよく上から振り下ろそうとして、キャンプ場の管理の人に慌てて止められた。


 相当太い薪を割るならそれでいいのだが、ちょっと細めで、立てたら不安定ならば、最初から薪の上部に刃を当て、薪と鉈をくっつけるように振り下ろす方がやりやすい。

 そしてある程度刃が薪の中に進んでいけば、少し捻ると綺麗に割れる。


 俺が真理姉さんに変わって、軍手をはめて腰を下ろし、鉈を手に取り、薪を割っていく。

 その手慣れた様子に、係員の人を含めて男性陣から「おおっ!」と声が漏れる。


「すごーい、ツッチー、どうしてそんなことができるの?」


 美瑠が驚いて声をかけてきた。


「いや、実は両親の実家に別荘があって、そこでは薪を使って風呂を焚いていたんだ。そこで今回みたいなキャンプも時々してたから」


「へえ、だったら今回もそこにすれば良かったのに。安く済んだかも」


 真理姉さんがちょっと興味深そうにそう行ってきた。


「いや、そこはもうないんです。五年前ぐらいに祖父も祖母も亡くなって、そのときに処分しちゃったから」


「そうなんだ……ちょっと惜しいね」


 美瑠も残念そうだ。


「うん、けど、大分ボロボロで相当手入れしないといけなかったから、その費用考えると仕方なかったんだ。ここみたいに綺麗じゃないし、ムカデもしょっちゅう出るし」


「それはやだ!」


 美瑠が即答し、皆で笑う。

 炭火起こし用の着火剤が余っていたのでそれで火を付けると、よく乾いた薪だったこともあって、一気に炎が上がった。


「……すごーい、たき火だ!」


「ほんとですね、こんな綺麗なオレンジ色の火、初めて見ました……」


 美瑠、美玖の姉妹が興味深そうに見つめている。

 ひょっとしたらこの二人、火といえばガスの青い炎しか見たことないのかもしれないな……。


 しばらくはこのまま炊き上がるまで置いておく必要があるので、俺だけ火の番に残り、他の人はバーベキューの準備や紙皿、サラダの準備などの支度に戻る。

 ……と、十五分ぐらいしたところで、美玖が一人で俺のところにやってきた。


「どうしたんだ?」


「えっと……姉さんに、『こっちはもう大体準備おわったから、向こうの様子見てきて』って言われたので、来ました」


「そっか……こっちは今、かなりぐつぐつ煮えているところだよ」


「そうなんですか? どうして分かるんですか?」


「湯気が出て、ちょっと吹きこぼれ始めているのと……あと、こうやって小枝を飯ごうの蓋に当てると……」


 俺はそう言って、美玖にその小枝の反対側を手渡した。


「グツグツってなっているのがわかるだろう?」


「はい、たしかに」


 美玖は笑顔でそう答えた……ドキッとするほど、可愛い。


「このグツグツの感じがなくなったら、炊き終わりなんだ。その後、ひっくり返してしばらく蒸らさないといけないけどね」


「そうなんですね……炊飯器でご飯たくのならスイッチ一つなのに、大変……」


「ああ……」


 ……と、ここまで言ったところで、興味深そうに炎と飯ごうを見つめる美玖を見た。

 その澄んだ瞳には、オレンジ色の炎が映り込んでいる。

 見つめられていることに気づいた美玖が、ちょっと照れたように笑った。


「どうしたんですか?」


「いや……ひょっとしたら、下界に降りてきた天女が、その当時……昔の田舎の暮らしを見たなら、こんな反応だったのかもしれないって思ってね」


「……なるほど、そうですね……神様に仕える天女ならば、薪を割ることも、それで火を起こすこともなかったかもしれませんね……川で水浴びすることも。やっぱり私、今日来て良かったです。こんなにいろんな体験ができるなんて……」


「ははっ、まだ二時間ぐらいしか経っていないよ。まだまだ、これからいろんなことあるから」


「はい、楽しみです!」


 そんな会話をしているときに、美瑠が俺たちを呼びに来た。


「みんなもう、ご飯待ちきれなくてバーベキュー始めてるよ!」


 それを聞いて、俺と美玖は顔を見合わせて笑う。

 そして小枝を当てて、グツグツ感がなくなっているのを確かめ、


「ちょうど炊けたみたいだから、ひっくり返して十五分ぐらい待とう。その間に俺たちもバーベキューの肉、食べよう!」


「はい、そうしましょう!」


 と、笑顔で会話したのだった。

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