第15話 困惑
「……まあ、付き合いながらも、いつか別れるだろうな、とはずっと思ってたんだけどね……詳しくは話せないけど、前に一度大げんかしたときから……ううん、その前からお互いに気持ちは離れてたんだと思う。逆に最近までよく続いたなって考えてるよ」
大したことではない、というように笑顔で語るが、やはり少し寂しさが感じられた。
「そうか……美瑠にとって、他に好きな人ができた、とかじゃないんだな?」
「うん、そういうんじゃない……かな……まあ、寂しくはあるから、彼氏絶賛募集中ってとこかな。ツッチー、申し込んでみる?」
相変わらず軽いノリで冗談っぽくそんなことを言ってくる。
しかし、俺としては、自分の鼓動がどうしようもないぐらい高鳴っているのが分かった。
少なくとも、一年前に、美瑠が
「もう彼氏と別れる!」
と言って、俺のアパート……そう、この部屋に飛び込んできたときには、俺は彼女のことがどうしようもなく好きだったのだ。
俺の真剣な眼差しを見て、美瑠も、表情を変えた。
「えっと……ツッチー、ひょっとして本気にしてる?」
「……してる」
「……」
美瑠は困惑を隠さず、少し赤くなっていた。
「……その、彼氏募集中ってのは本当だけど……」
「……俺じゃダメってことか?」
「そういう訳じゃ……ないけど……」
それ以上、言葉が続かない。
俺は、美瑠のことを抱きしめたい衝動にかられて、一歩前に進み、彼女のすぐ目の前に立つ。
それに対して、美瑠も逃げようとしない。
そして俺がそっと手を伸ばした……そのときだった。
ピロリン、とアラームのような音が聞こえて、二人とも慌てて飛び退いた。
美瑠が、自分のスマホをチェックして、クスっと吹き出し、笑みを浮かべる。
「美玖からのレインだったよ。『姉さん、土屋さんのこと、盗っちゃダメだからね』だって」
「えっ!?」
思わぬ内容に、俺は硬直した。
「あはは、うそうそ。本当は、『姉さんも土屋さんの手伝いに参加することになったって、お母さんに言ってもいいかな?』だって。そんなの、わざわざ許可とらなくてもいいのにね」
……なんだ、冗談か……ちょっと心臓に悪い。
美瑠は、素早く返事を登録して送った。
すぐに美玖から次のレインがきて、それに返事をして……を何回か繰り返すうちに、さっきのムードは霧散していた。
「……美玖、『来週も楽しみ』だって。本当にあの子の考えてること、よく分からないね」
「……まあ、やっぱり俺に恋愛感情は持ってないだろうな」
「どうかな……恋愛経験がない、っていう方が正しいのかもね」
もう、完全にいつもの美瑠に戻っていた。
「……もう美玖、家に着きそうね……じゃあ、私もそろそろ帰ろうかな……このままここに居たら、私がツッチーの毒牙にかかっちゃうかもしれないから」
「い、いや、べつにそこまで考えてたわけじゃ……」
「本当? 顔が赤いよ……ま、美玖のことがなければそれもありだったかもしれないけどね……私としては、やっぱりあの子を泣かせたくないから……」
そう言われると、トクン、と、鼓動が別の高鳴り方をするのが分かった。
俺は、美玖のことも意識している……!?
「……いや、さっき言っただろう? 美玖は俺に恋愛感情を持っていないって」
「私もさっき言ったでしょう? 恋愛経験がないだけだって。すぐに、自分の気持ちに気づくと思うよ……ツッチーのこと、好きなんだって。だから……とりあえず、私は今日は帰るね。楽しかったよ!」
美瑠は、それだけ言うと、本当にすぐに帰ってしまった。
ただ、帰り際に、
「じゃあ、続きはまた明日ね!」
と言われ、その意図が分からず、困惑した。
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