第4話 ご奉仕させていただけませんか?
翌日。
ミクという名のあの美少女は、今日来てくれるようなことを言い残して去って行ったが、よく考えると、具体的に何時に来るとは言っていなかった。
それに、きちんと名前を聞いたわけではない。
あの迷子の女の子と同じ、というつぶやきを聞いただけだ。
それでもつい期待してしまい、早朝からシャワーを浴びて髭を剃り、髪を整えた。
そわそわしながら待っていると、午前九時過ぎに、インターホンが鳴った。
はやる心を抑えて出て行ってみると、果たして、あの少女が、笑顔で立っていた。
胸ポケのついた白いオーバーサイズの半袖ゆるゆるTシャツに、紺色の花柄プリーツスカートというコーディネートで、昨日よりもずっとおしゃれな雰囲気だ。
背中まで伸びる綺麗な黒髪、ぱっちりとした大きな瞳、小さくまとまった鼻と口。
それに、相当な小顔……俺の半分ぐらい、というとちょっと言い過ぎか。
身長は155センチぐらいだろうか。
俺は170センチなので、彼女はかなり小柄に見えてしまうが、それがかえってかわいらしさを増していた。
……っていうか、昨日よりもさらに可愛く……テレビでよく見かけるアイドルがかすむぐらいの、本当に超絶美少女だ。
肩にかけているのは、グレーでちょっと大きめのショルダーバッグだ。
一応、周囲を見渡したが、誰もいない。
どうやら、彼女だけで来たようだ。
「あの、昨日は本当にありがとうございました。私一人だとどうしていいか分からなくて……」
丁寧にお礼を言って、頭を下げてくる。
「いや、こっちこそ、実は何にもしていないんだけどね……」
「いえ、居てくれるだけで助かりました。それで……こちら、ちょっとしたお礼で……つまらないものですけど……」
そう言って、綺麗に包装された、四角く長細いお菓子のようなものを手渡してくれた……大きさから想像するに、カステラかなにかだろうか。
「いや、そんなに気を遣わなくてもいいのに……」
なんかこっちが恐縮してしまう……それに、最近の女子高生は、こんなにも丁寧な挨拶ができるのだろうか。俺よりずっと礼儀正しいではないか。
その手土産を受け取ると、鞄からもう一つ、「何か」を取り出し始めた。
一旦、贈り物を玄関棚の上に置き、次の「何か」に備えていると……それは俺が書いたラノベ、「修行中の五天女」の書籍だった。
「あの……できればサイン、頂いてよろしいでしょうか……」
……サイン!?
これには、俺の方が驚いてしまった。
今までサインを書いたことは、あるにはあるが、会社でラノベが出版されたことを話したときに、親しい同僚や先輩に、からかい半分に書かされたことがあるだけだ。
まさか、ほぼ初対面の女子高生からねだられるとは思ってもいなかった。
「あ、ああ……もちろん構わないよ。えっと、ペン持ってくるから……」
「あ、私、持っていますよ!」
そう言って、鞄からサインペンを取り出した……準備万端だ。
最後の方の余白ページに、実はちょっと練習していたサインと、日付を書いた。
「えっと……君の名前、入れた方がいいかな……」
「あ、はい、できればそうしていただければ……そういえば、私、まだ名前言っていなかったですね。失礼しました。私の名前は、『天川美玖(あまかわみく)』……天の川の天川に、美術の美、王偏に久しいで美玖、という字です」
「へえ、綺麗な名前だね……」
緊張しながら、「天川美玖さんへ」と名前を入れると、凄く嬉しそうに受け取ってくれた。
「一応、こちらの本名も言っておくよ。土屋隼斗(つちやはやと)って言います……あ、ちょっと待ってて」
俺はそう言って一度リビングに戻り、作家用の名刺を持ってきて彼女に渡した。
「……土屋さん、っておっしゃるんですね……えっと、小説家の先生、っていうことでいいんですよね?」
「いや、小説じゃあ生活できるほど稼げてないよ。ちゃんと会社にも務めているんだ」
「へえ、そうなんですか。県内の会社ですか?」
「ああ、富士亜システムだよ」
「えっ……富士亜システム!? ……すごいですね! 私の知り合いも富士亜システムに務めていますよ!」
彼女は、予想以上に目を丸くして驚いた。
富士亜システムはIT関連および半導体の総合メーカーで、社員は約九千人と、地元では大きな企業だ。
「そんな大企業に勤めながら小説も書いているなんて、やっぱりすごいです……あの、それで……もう一つ、お願いがあるんですが……」
彼女は、顔を赤らめながら、それでいて真剣な表情でこちらを見つめてきた。
その様子に、ドクン、と鼓動を高めながらも、さっきのサイン程度の、たいしたお願いじゃないだろうと高をくくっていたのだが……。
「……あなたは、私にとっては、ずっと捜していた神様です……ようやく出会えました……なので、その……定期的にご奉仕、させていただけませんか?」
……。
…………。
……………………。
この子は、一体、何を言っているのだろう……。
俺はひどく混乱した――。
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