生まれて初めての涙②




―――・・・物凄く辛かったな。

―――今でも全てのことを鮮明に思い出せる。


上を向いて涙が出るのを必死に堪えていると、屋上の入り口付近で大きな物音がした。 慌てて振り向き確認する。


―――・・・あれ、幸守(ユキモリ)くん?


そこにいたのは同じクラスの冴えない男子で、まともに会話をしたことがない相手だった。


「どうしたの?」


尋ねると幸守は慌てて落とした弁当を拾い上げる。 どうやら先程の音は弁当箱を落とした音だったようだ。


「あ、あぁ、み、美雅さん! ご、ごごごめんなさい、勝手に」


何故か分からないが、幸守は非常にテンパっている。 それがどこかおかしかった。


「どうして君が謝るの? ここは私だけの場所ではないよ。 どうぞ入って」

「は、はい・・・」


幸守は恐る恐る屋上に足を踏み入れる。 まだ涙目ではあるが、いつかは乾くだろうと思い美雅はベンチに腰を掛けた。 近くに幸守がいたため時間潰しに声をかける。


「どうしてそんなに他人行儀なの? 私たちは同い年で同じクラスなんだよ」

「は、はい・・・。 じゃなくて! うん・・・」


少し恥じらいながらも頷いたのを見て、美雅も微笑みを浮かべた。 だがそこで美雅を見た幸守は驚いた表情を見せる。


「・・・え!? も、もしかして、泣いてる?」

「な、泣いてないよ。 目に砂でも入ったのかな」


あまりにもピンポイントで指摘され慌てて目を擦った。 挙動不審だったため嘘だとバレてしまう可能性があったが、幸守はその言葉を信じたようだ。


「な、なら寧ろ涙を流さなきゃ! 要らないものは流さないと、綺麗にならないよ?」

「ッ・・・」


目の砂のことを言っているだろうが、その言葉は過去の不幸にも当て嵌り重ねてしまった。 再び涙が出そうになったため誤魔化すように上を向く。


「どうしたの?」

「何でもない」

「もしかして、辛いことでもあった?」


一瞬時が止まったように感じた。 今までそのような言葉をかけられたことがなかったからだ。


「今、何て言ったの?」

「辛いことでもあった? って」

「どうして? そう見える?」


誤魔化すようにして軽く笑った。 美雅は常に笑顔を絶やさないよう心がけている。 明るくて人がよく、誰からも人気があり楽しそう。 それが誰もが最初に抱く印象だった。 

だから幸守にそう言われ戸惑ってしまったのだ。 ここで肯定されると今までの頑張りが無駄になる。 だから、否定してほしかった。 だが――――


「うん、辛そうに見える」

「・・・」


ハッキリそう言われては美雅でも誤魔化せなくなる。 言葉に詰まることなんて久しぶりだった。


「ねぇ、美雅さんが最後に泣いたのはいつ?」


“何故そのようなことを聞くのだろう?”と考えるのが通常であるが、この時の美雅は疑問に思うことなく語っていた。 自分がそれを言わなければならないということが、分かっていたかのように。


「えー、いつだろう。 産まれた時かな」

「いや、それは当たり前から」


真面目に突っ込まれると笑いそうになるが、ここは堪えた。 美雅の意図はそれとは違う。


「産まれた時に泣くのは呼吸をするためって言うよね。 でも私は違う」

「え? じゃあどうして泣いたの?」


その問いに静かに答えた。


「“人生を生きたくない”と思って、泣いたの」


「・・・え」


まさかの回答に言葉を失っている幸守に美雅はこう尋ねかけた。


「・・・ねぇ。 君は、私には前世の記憶があるって言ったら驚く?」



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