第224話 託されるもの
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
「……少しは落ち着いたか?」
あれからどれくらい経ったのでしょうか。私の何も整理されていない、ただただ思いつく言葉をルシファーにぶつけ続けていたもの、やがて疲れからか、肩で息をし始めたくらいに、なくなっていきました。
途中でつかみかかりにもいきましたが、実体がない所為か、それとももう擦り切れ始めているからか、彼に触れることはできませんでした。
「……はい……どうも……すみません、でした……」
落ち着いた後に最初に出てきたのは、なんとルシファーさんへの謝罪でした。自分でもびっくりしましたが、私自身、あんなに我を忘れて怒鳴り散らしたことなんかありませんでした。ふと我に返ったら、何だか申し訳なくなってしまい、つい、謝ってしまったのです。
「……この後に謝罪が出てくるとは……お前は本当に、性根が優しい人間なのだな」
「……いえ、別に……」
モヤがかかっていてよく表情が解らないのですが、目を丸くされているんじゃないかという事はなんとなくわかりました。
「……どうせもう少しで擦り切れる身だ。何か私にできる事があれば良いのだが……」
「……そんな、ことッ!?」
しかし突然。私の身体が淡く光り始めました。い、一体、何が……?
「……は、ハハハ。そうかそうか、お前の為にそこまでしてくれる奴がいるのか……まあ、そうだろうな」
「こ、これは、一体……?」
光り始めた私を見て、ルシファーが笑っています。一人で納得されているようですが、私からしたら何が何だか……。
しかしその直後。暗闇から私の身体めがけて鎖状の何かが飛んできました。真っ黒なそれは私の身体を縛り上げ、まるで逃すまいとしているかのようです。それによって、自分の発光も陰りを見せ始めていました。
「グ……ッ! あああ……ッ!」
「……そう簡単には逃してくれんか。やはり禁じられた呪い等、使うべきではないな……だが」
そう言いながらルシファーが私の前にやってきて、モヤがかった手で私の身体に触れました。すると、その鎖状の何かに黒い炎が走り、徐々にそれは私の体内へと移っていきます。
「これが、私に残された最後の黒炎だ……禁呪の戒めを焼き尽くせ、地獄の業火の残り火よ」
すると、私の身体を縛っていた鎖状の何かが燃え爛れていきました。その後、黒い炎は私の内側へと入り込み、再び、身体が光り始めます。
「上手く渡せたみたいだな。流石は魂だけの世界。現実みたく、いろんな面倒がなくて助かる……と言うか、私が乗っ取っていたから、黒炎の受け渡しもできて当然か」
「ど、どうして、私を……?」
「……まあ、贖罪のようなものだ。どうせ私の身体はとうに滅んでいるし、お前の身体は既に拒絶反応がでていて、戻ることもできんしな……」
私の視界も徐々に白くなっていき、ただでさえモヤがかかっていてよく見えないルシファーの姿が、更に見えにくくなっていきます。
「こちらの勝手な都合で、何も知らない子どもを利用した大人の、せめてもの罪滅ぼしだ。こんなもので許されるとは欠片も思っていないが……まあ、マサトが助かるのならば、それで良かろう……」
「ルシファーさんッ!」
目の前が白一色になり、最早彼を見ることすらできません。最後に、何か言っていたような気がします。
「……すまなかったな、マサト……私にそんな資格はないが、お前の幸福を、願っている……」
その言葉は、私には聞こえませんでした。視界だけではなく、頭の中から何もかもが、白く染まっていき、私はそのまま意識を失いました。
・
・
・
「……サト殿ッ! マサト殿ッ!!!」
どれくらい寝ていたのでしょうか。ふと、私を呼ぶ力強い声が聞こえてきて、私はハッと目を開けました。そこは、先ほどルシファーが居た場所のように何もありませんが、黒ではなく真っ白な空間。そんな中で私は、あの人に抱きかかえられていました。
長い髪の毛を後ろ手一つにまとめ、こちらを真剣な顔のまま本気で心配しているという様子がありありと解る、人国軍のあの方。
「ノルシュタイン、さん……?」
「ッ!? 気がついたでありますか、マサト殿ッ!!!」
すると、私の目覚めを見た彼は、ガバッと私に抱きしめてきました。
「良かったでありますッ! 良かったでありますッ! 今度は私、貴殿を助けることができて、本当に……ッ!!!」
「い、痛い……痛いですノルシュタインさんッ!!!」
それはまさに全力の抱擁。太い彼の腕で絞め殺されるんじゃないかと思うくらいの威力で、私は思わず苦し気な声を上げました。あれ、私、誰かに触れられてる? しかし、抱きしめられているというのに体温は感じず、ギューッとされている痛みだけを感じています。どういう事なのでしょうか。
「ハッ! 申し訳ないのでありますッ! 私自身、これで最後ですし、あまりの安堵に、力を抜くことを忘れていたのでありますッ!」
ノルシュタインさんに声が届いたのか、彼は勢いよく離れると私の目の前で九十度近く頭を下げて、謝罪してきました。本当に、何事においても全力な方です。
「げほっ、げほっ……い、いえ、大丈夫、ですので……」
「ありがとうございます、でありますッ! そしてマサト殿ッ! 時間がありません故に、手短にお話させていただくのでありますッ!」
顔もバッと上げたノルシュタインさんは、そのままの勢いで話し始めました。
「現在マサト殿は、オドを全て抜き取られて瀕死の状態でありますッ! オトハ殿とウルリーカ殿にお願いしてオドの供給をしていただいておりますが、それだけでは助からないでしょうッ! なのでッ! 私が"刹那眼(クシャナアイ)"を用いて、貴殿に迅速に私のオドをお渡しさせていただきましたッ!」
「は、はあ……」
いきなり情報を山と投げられて理解が間に合いそうにないですが、自分の事ですし、何とか食いついています。オトハさん達が繋いでくれている間に、ノルシュタインさんが助けにきてくれた、と。そういうことでしょうか。
「現在は、オドの供給の刹那の時。私のオドを貴殿に上げる過程で、何故かトラブルが発生し、貴殿の魂がまるで鎖のようなものでがんら締めにされ、一時的に供給ができないでおりましたが……先ほど急に鎖が黒く燃え爛れてなくなった為に状況が改善し、再び作業できるようになりましたのでありまずッ! なんという僥倖ッ!」
先ほどと言いますと、ひょっとしてルシファーさんがしてくださった時のことなのでしょうか。彼がいなければ、もしかしたら……頂いた黒い炎の残火は、私の胸の内にまだ灯っています。
「そうして今、ほとんどのオドを渡し終わり、最後の仕上げまでこぎつけることができたのでありますッ! 未だここは貴殿の精神世界とでもいうべき場所なのですが、まずはその中で目を覚ましてくださいましたッ! あとは仕上げをし、現実世界で目を覚ますだけなのでありますッ!」
「……ありがとう、ございます」
話の全てを理解できたかと言われれば否かもしれませんが、それでもノルシュタインさんが私の為に尽力していただいていたことは解ります。それなら、お礼を言うべきでしょう。私の為に頑張ってくださり、そしてそのおかげで、私は助かりそうのですから。
「……マサト殿を守れなかった私には……本当にもったいないお言葉でありますッ!」
私の言葉を聞いたノルシュタインさんは、ニッコリと笑ってくださいました。
「では、最後の仕上げでありますッ!」
ノルシュタインさんはそうおっしゃると、一度、ご自身の目を閉じました。
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