第222話 一歩を踏み出せ


「……あ~ら、もうご到着? 早い男は嫌われるわよぉ?」


「ク……ッ!」


「ベルゲンさんッ!」


 わたくし達を庇ってくださったのは、あの人国軍の大佐である彼。ベルゲンさんでしたわ。


「ご自慢の"分割領域(スプリット)"でも、黒炎は効くでしょう? 流石は地獄の業火よねぇ」


「……その手にある水晶……なる、ほど。と言う事は、マサト君はもう……」


「マサト殿ッ!!!」


 彼に続いて現れたのは、武装した人国軍の皆さま。そしてその中でも一際威勢の良い声を上げている彼、ノルシュタインさんでした。


「マサト殿のご様子はッ!?」


『の、ノルシュタインさんッ! マサトの、マサトのオドが全部抜き取られてて……ッ!』


「ッ!?」


 マサトの容態を聞いたノルシュタインさんが、目を見開いています。彼はすぐに衛生兵を呼び、マサトの診察をさせていました。


「……人を実験台にするとか。本当に魔族は、性根が腐り切っていますね、バフォメット?」


「……相変わらずの憎まれ口ねぇ、ベルゲン=モリブデン。で、も。性根が腐り切ってるのはそっちも同じじゃ、な、く、て?」


 そして、対峙したまま、口撃の応酬をしているベルゲンさんとバフォメットです。


「……どういう意味ですかな?」


「あんらぁ、とぼけちゃって。人国の英雄、アルバート=ヴィクトリアと前魔王ルシファー様との和平会談……アンタが主導してぶっ壊したんでしょ? 何よ、白々しい顔しちゃって」


 ……今、何と、おっしゃいましたか?


「……また適当な事を。あれは貴様ら魔族の方から反旗を……」


「当時のウチの大臣と密約を交わしてたの、アタシが知らないとでも思ってる訳? ま、ウチの裏切り者はアタシの蒼炎で処分しちゃったけ、ど……良かったわねぇ。あの件のお陰でアンタ、今の地位まで上がれたんじゃないの? ま。アタシとしては厄介だった英雄サマと前魔王様を殺してもらえて……おまけにそれが巡り巡って黒炎まで手に入れられたんですものッ! お礼を言うべきか、し、ら?」


「う、嘘で、ございます……」


 イルマも信じられないと言った顔をしております。わたくしとて、脳みその理解の範疇を越えそうですわ。ベルゲンさんが……お父様の、裏切りを、企てた……? ご自身の、出世の、為に……?


「……全軍ッ! あの魔国の船に総攻撃開始ッ! キイロ君、仮面親衛隊にも通達をッ!」


「り、了解しました、べ、ベルゲンさんッ!」


「……あら、都合が悪くなったら、もう戦い? 野蛮なのはどっちかしらねぇ……ま、丁度良いわ。魔国の最新兵器のこの悪魔の胃袋(デビルモウ)……そしてアタシの黒炎の練習に付き合ってもらうわよォォォッ!」


 そのままバフォメット達と人国軍らの戦闘へと発展しましたが、わたくしの意識はそんな事気にしておりませんでしたわ。


 今までわたくし達に散々良くしてくれていたベルゲンさんが……お父様が裏切り者と呼ばれるようになった原因……?


 バフォメットの口から出た言葉が何処まで信用できるものなのかは解りません。適当言っている可能性もゼロではないでしょう。


 しかし……。


「……ベルゲンさん」


「……何ですかな、マグノリアさん?」


 わたくしの勘は、それが真実だと、告げておりますわッ!!!


「今のお話はどういう事なのですかッ!? わたくしのお父様を、裏切り者に仕立て上げてッ! お母様まで心を病んでしまったあれは全部……全部貴方が仕組んだことなんですのッ!? 自分自身の出世の為だけにッ!?」


「…………」


 声を上げてキッと彼を睨みつけ、わたくしは彼の元に駆け寄って問いただします。今までのやり取りが、真実が、一体何であるのかを知る為にッ!


「……魔族の言葉なんかに惑わされてはいけませんよ」


「ベルゲンさんッ!」


 しかし、彼は明確な答えをくれないまま、踵を返して魔族らとの戦闘に赴いてしまいました。答えて、くれなかった……わたくしは向かっていく彼の背中を見ている事しかできませんでした。


「お、お嬢様……」


 そんなわたくしに、イルマが声をかけてきてくださいます。声色から、心配してくださっているのが、良くわかりましたわ。


「…………」


 少しの間、わたくしは何も言う事ができませんでした。頭の中には先ほどのやり取りが残っており、グルグルと回っているのを感じています。まさか、あれ程知りたかったお父様の真実の手掛かりが、こんな突然、降ってくるなんて……。


『マサトッ! マサトッ! お願い、目を開けて……お願い、だからッ!』


「起きろバカマサトッ! ボク、まだ、君に言ってない事が、たくさん……ッ!」


 わたくしはお二人の声を聞いて、ハッとしました。そう、ですわ。お父様の件もありますが、今は友人が……マサトが危ないのですわッ!


「……イルマはそのまま野蛮人をお願いしますッ! わたくしはマサトの方へッ!」


「し、承知いたしましたでございます……」


 一度頭を振ったわたくしはイルマにそう告げると、急いで倒れている彼の元へと戻ります。仕方ない、仕方ないのですわ。今は人命こそ優先すべきもの。わたくしの事情なんて……諦めるべきなのですわ。


「……これは不味い状態です。何とかオドを供給してギリギリ保たせてはいますが、何かしらの方法でオドを短時間の内に一気に供給しなければ、各身体の臓器が活動を止めてしまう可能性が……」


『そんなッ! 何とか、何とかならないんですかッ!?』


「そ、そうだッ! ボク達みんなで一斉に供給すれば……」


「いえ。二、三人ならまだしも、複数人のオドが混ざってしまえば、彼の身体に拒絶反応が起こる可能性も……間に合うかは解りませんが、急いでテステラへ搬送を……」


 駆けつけてくれた男の衛生兵の方とオトハ達とのやり取りは、芳しくないものでした。


 マサトは現在、他の方からのオドで何とか生きながらえている状況。しかしそれも長くは続かず、かと言って複数人で彼に渡そうにも、体内で拒絶される危険性がある。今からテステラに運ぼうにも、それまで彼が保つかどうかも微妙なところ。


 こ、このままではマサトが……。


「……私に任せるのでありますッ!」


 そんな中。声を上げたのはノルシュタインさんでしたわ。力強く歩み寄ってくると、マサトの胸のところに手を当てます。


「存在自体を爆発的に加速させる私の"刹那眼(クシャナアイ)"であれば、瞬間的にオドをマサト殿に供給できるのでありますッ! 今は一刻も猶予がない状況ッ! 私がやるのでありますッ!」


「ま、待ってくださいッ!」


 異を唱えたのは衛生兵の方でした。


「ノルシュタイン大佐、彼は生体オドが空っぽに近い状態なんですよッ!? それを復活させようとしたら、貴方自身の……」


「……少し静かにするのでありますッ!」


 しかし、ノルシュタインさんは全てを聞かないまま、その衛生兵の首元に手刀を入れて気絶させてしまいました。倒れ込んだ衛生兵の彼を、そしてそれを行ったノルシュタインさんを、わたくし達は驚いた顔で交互に見る事しかできません。


「……驚かせてしまい、申し訳ないのでありますッ! しかし、今はマサト殿の身体が心配な状況ッ! オトハ殿ッ! ウルリーカ殿ッ! お手伝いをお願いしたいのでありますッ!」


『は、はい……』


「な、何ですか……?」


「お二人にはマサト殿へのオドの供給を続けていただきたいのでありますッ! 衛生兵の部下が倒れてしまいましたので、彼の状態を保たせていただきたいのでありますッ! また、供給を続けていただければ、マサト殿が戻る際の道標にもなる筈でありますッ!」


 ご自身で倒したのに、勢いのまま、ノルシュタインさんはそう説明してきます。勢いに押されながら返事をするお二人でしたが、何故か先ほどのお話の中にわたくしの名前はありませんでした。このままでは手持ち無沙汰になってしまいますわ。


「で、ではわたくしもお手伝いを……」


「……いえ。マグノリア殿には行っていただきたい所があるのでありますッ!」


 しかし、わたくしの申し出は断られてしまいましたわ。わたくしに、行って欲しい、場所? それは一体……。


「ど、どちらですの?」


「……ベルゲン殿のところでありますッ!」


「ッ!?」


 それは、わたくしの心中を見透かしたかのような場所でした。


「……英雄、アルバート殿の件は、私でも詳細が掴めておりませんッ! 先ほどバフォメット殿の言葉も、半信半疑でありますッ! しかしッ! マグノリア殿は問いただして、知るべきでありますッ! ご自身の家族の事を、真実をッ! ここで有耶無耶にしてしまって良い事ではありませんッ!」


「そ、それは……」


「マサト殿についてはご安心ください、でありますッ!」


 やがてノルシュタインさんは、ニコッとわたくしに笑いかけてくださいましたわ。


「私も全力で取り組ませていただくのでありますッ! だからマグノリア殿も、一歩踏み出すことを、諦めないでくださいッ! 一歩踏み出してみれば、また違う景色は見える筈でありますッ! それでも無理なら引き返しても良いのですッ! ですが、一歩も踏み出さずに、諦めることだけはしないでいただきたいのでありますッ!!!」

 

「ッ!?」


 ノルシュタインさんはおっしゃいました。ここは自分に任せてくれ、と。だから、わたくしが一歩を踏み出すことを諦めないでくれ、と。そう、おっしゃいましたわ。


 信じてお願いできる方がいる。わたくしの探し求めていた真実が、明らかにできるチャンスもある……それならば、それならばわたくしはッ!


「……お願いしますわ、ノルシュタインさん。わたくしの友人を、助けてくださいましッ! わたくしは……行かせていただきますわッ!」


「……了解致しましたでありますッ! マグノリア殿、ご健闘をッ!」


「はいッ!」


 そうして、わたくしは駆け出しました。託せる方がいるのであれば、信じられるのであれば、お任せしましょう。一歩を、踏み出すのです。やっと見つけたわたくしの家族にまつわる真実の手がかりなのです。ここで誤魔化される訳にはいきませんわッ!


「ではッ! 私も始めさせていただきたいのでありますッ! オトハ殿、ウルリーカ殿、よろしくお願いするのでありますッ! "刹那眼(クシャナアイ)"ッ!!!」


 背後から聞こえて来る力強い口調に、わたくしは勝手に後押しされているように感じていました。何という方なのでしょうか。わたくしも、いずれはお父様のような英雄に。そしてノルシュタインさんのような、誰かを勇気づけられるようなあんな方に……。


 そんな思いを胸に、わたくしは彼の元を目指しました。魔族と戦っている、事情を知っているに違いない、スキンヘッドの彼の元を目指して。

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