第220話 彼を取り戻せ
「……全く。何やってるのよ、レ、イ、メ、イ?」
「「も、申し訳ございません、バフォメット様」」
やがてわたくし達の視界には、海と見間違うような大きな川が飛び込んできました。あれは、魔国との国境であるルイナ川ではありませんか。と言うことは、追っている内に、もう国境線沿いまで来てしまったという事ですわ。
向こうの竜車は川の手前の開けた場所で停まると、中からゆるりとバフォメットが現れます。
「……ま。マサト君への幻影魔法の連打で疲れてたとは言え、たかだか人国の士官学校の生徒程度にやられるなんて……帰ったら折檻よ」
「「……はい」」
「バフォメットッ!!!」
こちらも竜車を止め、順番に降りていきます。降りて彼らを目にした瞬間、わたくしは声を上げることを我慢できませんでしたわ。
「もう逃げる先はありませんわッ! 大人しくマサトを返しなさいなッ!」
『マサトッ! いるのマサト、いたら返事をしてッ!』
「マサトッ! ボクらの声が聞こえないのかいッ!?」
わたくしに続いて、オトハとウルリーカも魔導手話と声を張ります。
「兄弟ッ! 無事かッ!?」
「マサト様を返していただくのでございますッ!」
「全く、うるさいわねぇ……」
「……バフォさん」
野蛮人とイルマも同様の中、変態ドワーフがおずおずと、悪態をついているバフォメットに問いかけていました。
「……ワイは、アンタの事、憎んでる訳やない……おとんに良くしてくれたんもあるし、ワイを士官学校へ行けるように手配してくれたんも事実や……」
「あらッ! シマオちゃんったら、解ってるわね~ッ!」
それを聞いたバフォメットが、いつかのように両手を組んで顔の横に寄せ、目を輝かせておりますわ。
「そ、う、よ~ッ! 何も酷い事するばかりがアタシじゃないわ。この前だって、シマオちゃんがいたからこそ、そこのみんなは生かしてあげてたんだしね~。やっぱりアタシが目をつけた男の息子だけ……」
「……でも、や」
饒舌に喋り出したバフォメットの言葉を、変態ドワーフが静かに被せました。
「良くしてくれようが、見逃してくれようが……アンタがワイを騙して、兄さんを狙ってたんも事実やッ! ワイはそれが……許せへんのやッ!!!」
目をキッと向けた変態ドワーフが、ご自慢のハンマーを構えてバフォメットを見据えております。
「兄さんを返してくれ、バフォさん。じゃないと、ワイも……もう我慢できひんッ!!!」
「変態ドワーフ……」
真剣なその表情に、わたくしは息を漏らしました。良くしてくれて、一緒にいた彼と対峙する決心が、ついた顔です。彼は、今、本気ですわ。
「…………」
それを見たバフォメットは呆気に取られたような顔をしておりましたが、
「……アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
少しした後に、大笑いし始めました。心底、面白くて堪らない、といったご様子で。
「良いッ! 良いわぁシマオちゃんッ!!! その決心した男の目、雄の顔ッ!!! あ~、もったいないわねぇ、こんなことならこの子も手籠めにしておくべきだったか、し、ら?」
「な、なにが可笑しいんやァッ!?」
心の整理をつけていざ尋常にと構えていた変態ドワーフが、焦ったような声を出しています。当然でしょう。わたくしとて、彼の反応が不気味で仕方ないのですから。
「素敵な男になったわねぇ、ってこ、と、よ。良いわ。シマオちゃんの成長に敬意を表して、アタシ自ら相手してあ、げ、る。レイメイッ!」
「「はい、バフォメット様」」
すると、そんな事を言い出したバフォメットです。部下の二人に声をかけると、レイメイの二人が竜車から見覚えのある魔族を運んできましたわ。わたくし達の目が見開かれます。
「マサトッ!」
『マサトッ!』
「マサト~ッ!」
「兄弟ッ!」
「兄さんッ!」
「マサト様ッ!」
見間違いではありませんわ。魔族となってしまったわたくし達の友人、マサトの姿でした。グッタリしている彼の胸元には透明な水晶が置かれており、その中には黒い炎が燃え盛っております。あれは、一体……?
「お目当てのマサト君はここよ。アンタ達全員でアタシに勝ったら、彼を返してあ、げ、る……でも急がないと不味いわよぉ? 禁呪はもう発動しっぱなしだし、もう少しで彼のオドは、ぜ~んぶこの水晶の中に取り込まれちゃうもの。生体オドがなくなった生物がどうなるか……な~んて、言うまでもないか、し、ら?」
「「「ッ!!!」」」
その瞬間。わたくし、野蛮人、そして変態ドワーフがバフォメットに向かって駆け出しましたわ。どうなるのか、なんて聞くまでもありませんわ。
彼が見えたのなら、もう後は取り返すのみ。御託はもう終わりなのですわッ!
「あらあら。まだ始めの合図もしてないってのに、せっかちねぇ……」
やれやれ、といったバフォメットの様子に構わず、わたくし達は距離を詰めます。急がなければならないのなら……モタついている暇はなくってよッ!
「……良いわ。お友達の為に、かかって来なさいな。アタシはバフォメット。魔国における魔皇四帝が一人。殺す気でこないと……死ぬわよ?」
「"花は岩を穿つ(アパスブロー)"ッ!!!」
「"流刃一閃"ッ!!!」
わたくしと野蛮人の一撃がバフォメットを捉えようとしたその時、
「"蒼炎影(サファイアシャドウ)"……」
「な……ッ!?」
「なにィッ!?」
一番乗りを争っていた二人の刃が、青い炎を斬り裂き、二人して目を丸くします。な、何故……? 完璧に、入ったと思いましたのに……。
「こっちよ~」
「「ッ!?」」
いつの間にか少し離れたところで手を振っているバフォメット。驚いたわたくし達の後ろから、変態ドワーフが飛び出しました。
「んなら、次はワイやァッ! 喰らえ、家宝のハンマーァァァッ!!!」
「援護するでございますッ! "鋭針舞踏(えいしんぶとう)"、でございますッ!!!」
後ろからイルマが針を乱射し、その横を針と共に変態ドワーフがハンマーを振りかぶりながら突進します。
「"蒼炎壁(サファイアウォール)"」
「わ、ワタシの針が……」
「く、くっそぉ……ッ!」
しかし、現れた青い炎の壁によって針は撃ち落とされ、変態ドワーフも急停止を余儀なくされました。流石にあの中に飛び込んでしまっては、無事では済まないでしょうから。
『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』
「"炎弾(ファイアーカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!」
続けて魔法を放ったのは、オトハとウルリーカでした。それぞれが操る光と炎の塊が、青い炎の壁を避けて後ろへと回ります。直後、青い炎の壁の向こう側から爆発が起きましたわ。
「…………」
オトハ達の魔法が当たったのでしょうか。そのままバフォメットを仕留められたのでしょうか。いえ、そんな筈はありませんわ。彼は魔皇四帝。こんな程度でやられる筈がありませんもの。
わたくしは剣を真っ直ぐと構え、気を張ったまま青い炎の壁を睨みつけてていました。そしてそれは他の皆様も同様であったらしく、誰一人として倒せたという歓喜の声を上げません。
程なくして青い炎の壁が消えましたが、そこにバフォメットの姿はありませんでした。オトハの"光弾"とウルリーカの"炎弾"がぶつかったのか、地面には爆発の跡が見受けられますが、彼の姿がありません。
「ッ! う、上だッ!」
やがて、右の人差し指を差しながら声を上げたのはウルリーカでした。全員が一斉に顔を上げると、そこには足の裏から青い炎を出して宙に浮いているバフォメットの姿がありました。
「"蒼炎噴(サファイアブースト)"……一人くらい、やったかッ!? みたいな声を上げてくれると思ってたのに……み~んな真面目ねぇ……」
「「「「『「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!!!!」』」」」」
その姿が目に映るや否や、わたくし達はオドを、適正がない者はマナを魔力へと変換し、手のひらを向け、声を揃えて魔法を放ちましたわ。全員の、合計六つの炎の塊がバフォメットへと向かって飛んでいきましたが、
「"蒼炎剣(サファイアソード)"……まだまだよぉッ!!!」
バフォメットは青い炎で生成した剣でもって、わたくし達の"炎弾"の全てを斬り払いました。やはり、この程度ではまだ倒せませんか。
わたくしは再度、お父様の剣の柄を握り直しました。
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