第214話 相手はプロだった


「……一体、兄弟は何処に連れてかれたんだ?」


「……まさか、もう魔国まで行ってしもたんじゃ……ッ!?」


「いいえ、シマオ様。ユラヒから魔国へは、たとえ竜車を使ったとしても、かなりの時間がかかる距離でございます。それに、昨夜の騒動で人国軍が国境線沿いを固めているとのお話もありますでございます。まだ彼らは、人国からは出ていないのではないか、と」


 オトハの個室に机を運び入れ、その上に広げた地図でわたくし達はマサトの行方を考えます。軍人らのプロが探している中。一介の学生であるわたくし達にできる事なんてないのかもしれません。


 しかしそれでも、考える事はできますわ。やれる事であるならば、やらない理由なんてありません事よ。


『わたし達が泊まってたユラヒの旅館がここで……』


「ボク達がこっち向いてたから、おそらくマサトを連れてったバフォさん……バフォメットはこっちの方に逃げて行った筈だよね?」


「そうですわね。そうなると向かう先は……」


 頭を捻ります。それも、急がなければなりません。グズグズしていると魔国に逃げられてしまいますし、マサトの身に何があるかも解りません。


「さっきメイドのねーちゃんが人国軍が国境線沿いを固めてるっつってたよな?」


「はい、エドワル様。貴方様のママは、確かにそう言ったのでございます。ママの言う事覚えてて偉いでちゅ……」


「イルマ。次はありませんことよ?」


「はい、お嬢様」


 わたくしが駄メイドに戻ったイルマの喉元に木刀を突きつけると、彼女はスッと元に戻りました。最初からそうしていれば、わたくしも手を煩わせずに済んだものを。


「……まー、とにかくッ! こっから国境線沿いの間のどっかに、兄さんがおるっちゅー訳やなッ!」


 変態ドワーフが仕切り直しと言わんばかりに声を上げます。彼が地図内にペンで描いた円の中の何処かに、マサトはいるのでしょう。


 しかし。


「……広すぎるよ、コレ……」


『……何ならわたし達が今いる、テステラの街も入ってる……』


 ウルリーカとオトハが声を震わせます。ええ、あのユラヒの街から国境線沿いまでの間は、この人国の首都、テステラを含めてかなりの広範囲でした。


「……彼ら、徒歩だったよね? そうなると、移動範囲ってもう少し短くならないかい?」


「……たしかにそーだなッ! おいねーちゃん、冴えてねーか?」


 やがてウルリーカが、一つの光明を見つけ出しました。野蛮人が顔を輝かせています。


 確かにおっしゃる通り、あのバフォメットは竜車ではなく徒歩でマサトを連れて行っていました。そう考えると、彼らの移動可能範囲は狭まるのですが、


「……しかし、少し離れた所に竜車を用意していた可能性もございます。安易に徒歩のみと決めつけるのも、危険かと思うのでございます」


「あっ、そっか……」


「あー……」


 イルマのおっしゃる通り、最初だけ徒歩だった。そしてその後は隠しておいた竜車に乗って逃げた、という可能性もゼロではありません。


 むしろ、あのバフォメットの「アタシの立てた作戦がめちゃくちゃじゃないの……」と言っていた口振りから、マサトの拉致は計画されていたものであると思われます。逃げ足を用意していない、なんて考えられませんわね。


「……となると、やはり変態ドワーフが囲った中、となりますが……」


「……ど、何処やろ……?」


 わたくしと変態ドワーフが首を捻ります。彼がペンで囲んだ何処か、という事になりますが、それだと本当に広すぎるのですわ。


 まるで砂漠の中にある色の違う一粒の砂を探すような、そんな途方もなさそうな範囲です。


「……普通に考えると、すぐにでも逃げたい筈ですわよね?」


「まーなー。流石に敵国内には長居したくねーだろーよ」


 次に考えるのは、彼らの立場でのお話。わざわざ敵国に侵入してきた魔族達。おまけにタダじゃ済まないような騒ぎまで起こしたのです。一分一秒でも早く、自分の国に帰りたいと思って当たり前だと思いますわ。


『そうだね。ユラヒの街には人国軍が来たんだから、それからも離れたいって思うよね』


「そう考えると、ユラヒ周辺にはいない筈……ってボクは思うけど、どう思う?」


「ウルリーカ様の意見に、ワタシも賛成でございます。流石に人国軍が大勢捜索している近くに身を潜めていては、すぐに見つかってしまうのでございますから」


 女性陣からの後押しを受けて、わたくしは地図の中のユラヒ周辺にばつ印をつけました。いないに決まっている、とは断言できませんが、少なくとも可能性は低いだろう、という考えですわ。


「……そー思うと、この首都周辺もなさそうだよなぁ」


「せやな。まさか敵の本陣の側に隠れるとかはないやろ。ただでさえ、人国軍も血眼になって探しとるっちゅーのに」


 男性陣の話も、一理ありますわね。どれだけの数を率いてきたのかは知りませんが、少なくとも人国軍の人間より多くは連れてきていないでしょう。


 圧倒的に数で負けている最中、敵の本陣近くに隠れるなんて正気の沙汰ではありませんわ。一歩間違えたら、あっという間に捕まってしまいますもの。


「……ッ!?」


 しかし。そのあり得ない選択肢の中で、わたくしの勘が働きました。本来、騒ぎを起こしたユラヒ周辺や人国の首都であるテステラ、あるいはその近郊に隠れるなんて発想はないでしょう。常識的に考えて、リスクの方が高過ぎます。


「……だから、こそ……?」


「? パツキン、どーしたんだ?」


「イルマッ!」


 わたくしは自身の内に湧き上がった疑問について、確認を取らなければなりません。野蛮人を無視して、従者を呼びます。


「先の戦争で、魔皇四帝バフォメットが関わっていたとされる敵側の侵攻等について、そのような資料はッ!?」


「ど、どないしたんや、お姉さま?」


 変態ドワーフがびっくりしていますが、今はそれどころではありません。


「こちらでございます、お嬢様」


 地図の他に用意されていた多くの資料。その中にある、バフォメットについて。


「皆さまッ! 協力してくださいましッ! わたくしの勘が正しければ、バフォメットについて、解る筈なのですッ!」


『……なんだかよく解らないけど……』


 真っ先に反応してくれたのは、オトハでしたわ。


『マギーさん。それがマサトの居場所を見つける、手掛かりになるんだね?』


「……おそらくは」


『……うん、わかった。何を調べたら良いの?』


「……ボクもやるよ~」


 続いて、声を上げたのはウルリーカです。


「マギーちゃんの勘が働いたんなら、無視する訳にはいかないね」


「ありがとうございますわ。お二人には先の戦争での、バフォメットの関わった戦闘についてを……」


「わ、ワイは何をしたらええッ!?」


 オトハとウルリーカが資料を漁り始めたその時、変態ドワーフが叫びました。思わず、わたくしは目を丸くしてしまいます。


「ワイも、ワイもなんか手伝わさせてくれッ! 兄さんを、兄さんを助けたいんやッ! だって、だって今回の事は、ワイの所為なんや……」


 声高々だった彼の勢いは、段々と小さくなっていきました。


「ワイが、バフォさんと……いや、バフォメットなんかと兄さん達を引き合わせたから……そもそも、バフォメットの口車に乗って、士官学校なんかに来なかったら……兄さんはあんな目に遭うこともなかった筈なんや……ワイが、ワイが全部……」


「変態ドワーフ……」


 その嘆きは、責任感を感じているものでした。自分がマサトとバフォメットを引き合わせなければ、こんなことにはならなかったと、彼は言っています。先ほども少し、自分が、と言っておりましたが、このことだったのですね。


「……ちゅーか、どうして誰もワイを責めてくれへんのやッ!? 今回の件はみーんなワイの所為やッ! みんなもそう思ってんやろッ!? そんなら……」


「……アホ言え、このチンチクリンが」


「あいたぁッ!?」


 再び勢いを取り戻していった変態ドワーフの頭を、野蛮人が小突きます。


「なーにが全部お前の所為だよ。んな訳あるか」


「な、なんでやノッポッ!? ワイがバフォメットを……」


「相手は魔皇四帝の一人、バフォメットだぜ? 人国軍の幹部、ノルシュタインさんやベルゲンさんと対等に渡り合える奴だぞ? んなもん、俺達じゃどーしよーもねーに決まってんだろ?」


「そ、それは、せやけども……」


「そ~そ~」


 野蛮人に続いて、ウルリーカが口を開きました。


「相手はプロだった……それなら、仕方ない仕方ない。ボクだって、あっさり騙されちゃったことあるし……」


『……うん。わたしもシマオくんの所為なんて思ってないよ』


 オトハも魔導手話にて彼らに続きます。


『悪気があって紹介した訳じゃないんでしょ? なら、大丈夫だよ。シマオくんはそんなドワーフじゃないって、解ってるから』


「……そうですわ、この変態ドワーフッ!」


 最後に言葉を続けたのは、わたくしです。彼らだけに言わせる訳にはいきませんわ。


「致し方ないことだったのです。ならばッ! 貴方にも手伝っていただきますわッ! 申し訳ないと本当に思うなら、精一杯マサト探しに協力してくださいませッ!」


「み、みん、な……ッ」


 わたくしの言葉の後。変態ドワーフはボロボロと涙を流し始めました。


「ほ、ほんま……ほんまありがとうッ! ワイ、ワイ……みんなに会えて、仲ようしてもろて……幸せもんやッ!」


「……ったく、男がピーピー泣いてんじゃねーよ、このチンチクリンが」


 野蛮人がやれやれ、といった様子でため息をついていますが、わたくし達は誰も、彼のその姿を笑うことはしませんでしたわ。


「……さあッ! 時間がありませんことよッ! イルマと男性陣は、テステラ近郊で一部隊が身を潜められそうな場所の検討をお願いいたしますわッ! オトハ達の調べ物で確信が持てれば……ユラヒでの時の様に、わたくしの勘でマサトを見つけてみせますッ! 最低でも怪しい場所は割り出してみせますわッ!」


「おうよッ!」


「ずずーッ! ……おっしゃあッ! やったるでェッ!!!」


「承知いたしましたお嬢様。このイルマにお任せくださいでございます」


 そうして、全員で資料や地図を漁り始めました。それは途方も無い作業かもしれませんが、みんなの顔には、やる気がみなぎっております。


 待っていてくださいまし、マサト。必ず貴方を、見つけ出してみせますわッ!


「……ところでお嬢様。場所を割り出したら一体どうされるおつもりでございますか?」


「そんなもの、決まっておりますわ」


 イルマからの言葉に、わたくしはニヤリと笑いました。

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