第188話 自棄酒中に走った電流
「……んで、結局なんだってんだよ?」
「ハァッ!?」
温泉街の飲み屋さんにて酒モドキを飲み干したわたくしは、野蛮人のその言葉に声を上げて返しましたわ。ちなみに連れてきた変態ドワーフとイルマについては、
「う~ん……く、苦し~……」
「うへへへへ……お嬢様ァ……次はマイクロビキニでございます~……」
酒モドキを飲みすぎて、ダウンしておりますわ。全く情けない事。あとこの駄メイドの見ている夢にはわたくしが検閲させていただいます。世間様には出せない類の夢を見ておりますわね。
「なんだはないでしょうなんだはッ!? わたくしのウサ晴らしが気に入らないとおっしゃいますのッ!?」
「そーじゃねーって。何があったか聞きてーっつってんだよ……」
切れた二人分の酒モドキを店員に注文しながら、野蛮人がそうおっしゃいます。
「急に予定があるっつってドレスなんか用意して、一人で出かけたかと思ったら泣きながら帰ってきて、挙げ句この飲み会だ。こちとら事情も解らねーまましこたま飲まされて、胃がいてーんだよったく……」
確かに、少し頼みすぎたかもしれませんわね。でも、わたくしはまだまだ飲めますことよ?
それは置いておいて。
「そ、それは……」
勢いのままに突っ走ってきましたが、そう言えば何もお話はしておりませんでした。
先ほどまでもわたくしが一方的に愚痴っていただけで、詳細には一切触れていません。
「ウサ晴らしには付き合ってやるから、せめて話を聞かせろや……まー、話したくねーっつーんなら、無理にとは言わねーけどよ……」
「……笑い、ませんか?」
わたくしは恐る恐る、野蛮人に問いかけます。
「わたくしのお話……正直、荒唐無稽と言いますか、自分でも、あまり信じられてないと言いますか……」
「……笑ったりしねーよ。それは約束してやっから」
「……解りましたわ」
まあ、この野蛮人なら、もうどう思われても良いですわ。そんな破れかぶれの思いもあり、わたくしは今までの経緯を、野蛮人に話しました。
「ブッハッ!? ゲホッ、ゲホッ……ッ!」
「だ、大丈夫です、の……?」
「わ、笑いはしねーけどビビるわそんな話ィッ!!!」
魔王、という単語を出した所で、野蛮人が吹き出しましたわ。
信じられない、といった様子ですが当然でしょう。当事者であるわたくしだって、すぐには信じられなかったのですから。
あっ。もちろん、わたくしがあの方に思いを寄せていることはお話しておりませんわ。
乙女の恋心は、そう簡単にはお話できませんもの。それこそ、こんな野蛮人なんかには。
「……で。その魔王と今日出くわした挙げ句、夕飯の約束を取り付けて来てくれたは良いが、途中で逃げられたと……そういう話なんだな?」
「ええ、そういうお話でしてよ」
「……俺としちゃあ、向こうもワリー気がすっけどもなぁ……」
今日の話まで終わったところで、野蛮人はそうおっしゃいました。
「話せない内容って言ってくれたのはいーけど、何もさっさと帰ることはなかったんじゃねーの?」
「まあ、確かに……」
言われてみれば、そうですわ。わたくしが聞きづらい事を、あるいは聞いてはいけない事を聞いてしまったが為に、腹を立てたあの方が帰ってしまったのは事実かもしれませんが……確かに、何もそそくさと帰らなくても良かったではありませんの。
デザートもまだ残っておりましたのに。
「ま。向こうにも都合があんだろうし、何とも言えねーとこだが……さっさと帰られた点については、パツキンも怒っていーんじゃねーの?」
「そ、そうでしょうか?」
「良いって良いって」
丁度その時、注文していた酒モドキが届きましたわ。わたくしのは、透明でアスミの葉っぱで取ったお茶の風味があるモドキカクテル。野蛮人は炭酸の効いた、サワーモドキです。
「おらよ、乾杯。さっさと飲んで、忘れちまおうぜ」
「……乾杯、ですわ」
そうしてグラスを合わせましたが、わたくしは少しグラスに入ったカクテルを眺めた後、グイッと一気にそれを飲み干しました。良い子の皆さんは、マネしてはいけませんことよ?
「……ハァァァ! せめてデザートくらいは食べていきなさいなッ!!!」
「そーそー。適当に発散しとけって」
野蛮人はゆっくりとグラスを傾けながら、頬杖をついています。
「……んで。結局兄弟については、何も解らんかったって事か」
「……そうですわ。野蛮人は、何か聞いた事はあって?」
「いんや、何も……言われてみりゃ兄弟が狙われたの、二回目だったんだなって。最初は何かの事故かと思ってたが……」
マサトについても、わたくしの勘も含めてお話しましたわ。何か聞いているかと思いきや、野蛮人も何も聞いてないみたいです。
「うーん……わ、ワイも混ぜて……」
「あら、変態ドワーフ」
すると、倒れていた変態ドワーフが起き上がってきました。
「なんだよチンチクリン。飲み過ぎて腹いてーんなら、大人しく寝とけって」
「ね、寝てたいのは山々なんやけど……兄さんの話は、流石に気になるんや……」
「……はい、お水ですわ」
わたくしが渡した水を、変態ドワーフはゴクゴク飲み込みます。ドワーフ族は酒も酒モドキも強い方が多いと聞いていましたが、その辺は個人差があるのですわね。
「プッハァ……あー、少しはマシになったわ……んで、なんや? 兄さん、元々魔国におったんか?」
「そっからかい」
野蛮人が変態ドワーフへ、マサトとオトハのお話をします。
「……そないな事があったんか……兄さんもオトハちゃんも、辛かったんやなぁ……んで、そん時になんかあったから、兄さんは魔族から狙われとるっちゅーんか?」
「だと思うのですが……」
「狙われるって事は、かなりヤベー事だよなぁ」
三人で飲みながら、首を傾げます。
「しかも、魔族の中でも有名なお偉いさんの名前が出るっつ―ことは、よっぽどだよなぁ……魔国でなんかやらかしたのか……?」
「……それか。魔国の重要機密を知ってしまった……等はどうでしょうか?」
「……案外、兄さんが魔王とか?」
変態ドワーフの言葉に、野蛮人と共に吹き出しました。
「ゴッホォッ! ……いやいやチンチクリン、オメー何言ってんだよ?」
「いやぁ、ありえへんけど。そりゃ追われるわな、って理由考えたらなー!」
「オホッ、オホッ……ま、全く! 真面目な話をしている時に、そんな冗談で茶化し……」
その時、わたくしの中で電流が走ったような感覚がありました。目を見開き、今までの出来事が一気に蘇ってきます。
わたくしはいつ、あの方と会っていた? どんな状況下だと、彼にお会いしていた?
初めて学校でお会いした時。海辺での再会。その後のオトハとウルリーカの反応。そして、今日の事……。
あの日から今日までの出来事が点であったのならば、今、変態ドワーフの一言でそれら全てが線で繋がり、一つの形を為していきます。
「……どうした、パツキン? 急に黙りこくって……?」
「お姉さま? そ、そんなにワイの冗談、おもんなかったんか……?」
「……そうですわッ! どうしてその可能性に気がつかなかったのでしょうか、わたくしはッ!?」
唖然としている男子二名をそのままに、わたくしは声を上げました。
店内の他の方々もこちらを見ている気がしておりますが、そんな事はどうでも良いですわ。
「宿に戻りますわよッ! 今すぐにッ! イルマ、お支払いを済ませなさいませッ!」
「かしこまりましたでございますお嬢様」
「うおッ!? メイドのねーちゃん、いつの間にッ!?」
わたくしの声にイルマがすぐに起き上がってきました。野蛮人がびっくりしておりますが、流石はイルマですわ。
さっさと財布を取り出して会計をしているイルマを尻目に、わたくしも帰り支度を始めます。
「お、おい。まだこれ、残ってんぞ……? そ、それに、宿にはねーちゃんが今……」
「わ、ワイ、マジで何したんや……? お姉さま、一体何が……?」
「話は戻ってからみんなでいたしますわッ! ほら、さっさと帰り支度を……」
しかし、次の瞬間。わたくしの声はそれ以上の爆音でかき消されました。
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