第六章

第163話 目的地と彼女への返事


 私、マサトが顔を上げると、竜車の窓から湯気が立ち上る街が見えてきました。


 竜車に揺られることしばらく。ようやく目的地が見えてきた感じですね。


 モクモクと立ち上る複数の白い煙が、目的地が温泉街だということを物語っています。


「見えてきましたね」


『うん。楽しみだね、温泉』


 お返事してくれたのは、エルフのオトハさんです。緑色の髪の毛と尖った耳を揺らす喋れない彼女は今日も魔導手話にて、私たちと会話します。


「あれが温泉街ユラヒかぁ……確か、お母さんの故郷も、近かったよね……?」


 同じく外を見て話しているのは半人半狼のウルリーカさんです。狼と人間の両方の耳を持つ四つ耳の彼女は、銀色のしっぽを揺らしながら外を見ています。しかし、何処か遠い目をされているご様子。


「ウルさん、どうかされたんですか?」


「……な~んでもないよ。しかし湯気がいっぱいだね。ってことは、温泉もいっぱいってことか。全部入れるかな~?」


「わたくしのお肌がまた一段と綺麗になってしまいますわね! おーっほっほっほっ!」


 同じく外を見て話しているのは半人半狼のウルリーカさんです。狼と人間の両方の耳を持つ四つ耳の彼女は、銀色のしっぽを揺らしながら外を見ています。


 それに呼応するように高笑いしているのがマグノリアさん、愛称マギーさんです。長い金髪と大きな胸を揺らしている彼女を見て、今日も眼福です。


「…………」


 しかし私は、その彼女を見て少し顔を曇らせました。それと言うのも以前、彼女に問い詰められたあの日。



 真剣な表情でこちらを見てくるマギーさんに、私は視線を落としました。


 私の出した結論は……、


「……すみません。マギーさんを信頼していないとかそう言う話ではないんですが……私自身、どうして良いかわからないんです……なので一度、時間をください。私だけの問題では、なくなってしまったんです。だから、他の方と相談、したいんです……」


 心の中を素直に曝け出すこと。解らない事は解らないと、彼女に伝えることでした。


「…………」


「……でも、必ず、お話します」


 それを聞いたマギーさんの表情は厳しいものでしたが、めげずに私は続けました。


「今回の件は、間違いなく私に原因があります。マギーさん以外の皆さんにも、迷惑をかけてしまいました。ちゃんとお話するのが、筋だと思っています……でも、これは、私一人で決められるような内容では、ないんです……すみません」


 私は結局、彼女に何も言えませんでした。


 言うのが正しいのか、黙っているのが正しいのか。そもそもこの話を自分一人の一存で打ち明けるべきか否かも、解らないのです。


 だからこそ、私は今の状況を正直に話すことにしました。解らないんだ、と言う事を。


「……わかりましたわ」


 沈黙していたマギーさんは、やがて口を開きました。


「……すぐにお話いただけないのは非常に残念ですが……どなたかとご相談した上でも……わたくしにもお話していただけるのでしょう? それは、お約束していただけますわよね?」


「……もちろん、です」


 マギーさんはそれを聞くと、ふう、と一息つきました。私の事情を鑑みて、話を聞きたいという彼女の都合を、飲み込んでいただけました。


 本当に、彼女には借りばかりが積み上がっていきます。


「……ありがとうございます、マギーさん」


「……お礼を言われるような事ではありませんわ」


 それに対してのお礼も、受け取ってはもらえませんでした。マギーさんはそれだけ言い残すとツカツカと歩き出し、私の横を通り過ぎていきます。


「……マギーさんッ!」


 屋上を後にしようとする彼女を、私は振り返りながら呼び止めました。


「私の事、大切な友人だと、信じていると言ってくださって……嬉しかったです! すぐにお話できなくて、本当にごめんなさい! 話し合った上でちゃんと、ちゃんと貴女にはお伝えしますからッ!」


「……最初に言ったのは貴方でしょうに」


 すると、マギーさんは振り返ってくださいました。


「ウルリーカを問い詰めたあの時、わたくしの事を大切な友人だと。最初に言ったのは貴方でしてよ、マサト。わたくしもあの言葉、とても嬉しかったですわ」


「マギーさん……」


 そう口にする彼女の表情は、笑っていました。


「また、お待ちしておりますわ。変に催促したりは致しませんが……ちゃんと、お話頂けることを、楽しみにしておりますわ」


「……はいッ!」


「……では、お先に」


 私の返事に、マギーはもう一度笑ってくださいました。そのまま屋上を後にした彼女に、私は頭を下げるしかできませんでした。

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