第90話 お祭りデート④
「オトちゃん達も良くしてくれるけど……ボクにとっては、やっぱり初めてはマサトだったからさ。改めてお礼をと思って。本当にありがと」
「いえいえ」
「これでマサトは、ボクの初めてを奪っちゃった訳だけどさ……」
あれれーおかしいぞー? 自分の心の中だけで思っていためちゃくちゃ人聞きの悪いことを、まさか相手に言われるなんて。
「……責任、取ってよ」
「いえなんの責任ですかッ!?」
ウルさん、なんですかその悲しげな表情は。
それではまるで女性としての初めてを私が奪ったから責任、つまりは人生の墓場にゴールインしろと、そう詰め寄られているみたいではありませんか。
「た、確かに、あの、初めてはありましたが……あ、あ、あれはそっちからでしたし」
「……ヤれるだけヤって、あとはポイなんて……この鬼畜」
「人をヤリチンか何かみたく言わないでくださいッ!」
「いやっ、やめて、またボクに酷いことするつもりでしょうッ!?」
「その勘違いしそうな言い分をやめてくださいジャストナウッ!!! あとまたってなんですかまたってッ!?」
人を前科持ちみたいな言い方をするウルさんに対してのツッコミが止まることを知りません。
怖いなぁ、言葉って。少しひねるだけで、ここまで人聞きの悪いものになるんですから。
「…………」
「…………」
「「……ぷっ、あっはっはっはっはっ!!!」」
少ししてお互いを見合った私たちは、揃って笑い出しました。お互いに冗談だと解っているからこそのやり取り。
ウルさんとは、他の人と違った言い合いができるので、とても楽しいです。
「あ~、楽しい楽しい。マサト相手は、色々と遠慮しなくていいから楽だよね~」
「それはこっちも同じですよ、ウルさん」
「そっかそっか。それじゃあ、さ……」
すると、隣に座っているウルさんがゆっくりと、こちらに近寄ってきました。
「ごっこじゃなくてさ……本当にボクと夫婦になってくれない、って頼んだら……マサト、どうする?」
「えっ!?」
下から見上げるような目線、つまりは上目遣いのまま、ウルさんが私に向かってそう言いました。
えっと、つまりは本当の夫婦になって欲しいという話で、これは、つまり、
(ぷ、ぷ、プロポーズッ!?!?)
今後の人生において法的に家族であると認められるための婚礼の儀式をお願いする言葉、つまりは結婚してください、一生幸せにします、というやつですねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?!?!?
「う、う、ウルさんッ!?」
「ねぇ、マサト……聞いてるのはボクだよ? だいたい、君はもう一つ、ボクの初めてをもらってくれたじゃないか」
そう言ってウルさんは、ペロリと舌を出して見せました。その瞬間、あの日の夕方のことが思い出されます。
人のいない学校の廊下で、彼女が私にしてきたことを。あの時の感触を。
と思い出に浸っていたら、彼女の顔が段々と私の顔に近づいてきています。
彼女の唇が視界に写って、私の動悸が一層激しくなります。
「あ、あ、あのッ! え、えーっと、その、これは……」
「……どうするんだい、マサト……?」
思考がまとまることもなく、ウルさんは止まらないまま、じっくりと私に顔を近づけます。
真っ直ぐに見つめてくる彼女の白い瞳が、私を捉えて離しません。逃さない、とでも言わんばかりです。
「え、え、えーっとですね、ちょっと待ってくださいこの世界ではどうか知りませんが元の世界では私はまだ結婚できる歳ではなくてですねその世界のルールを適用するとまだそういった話はまだ早いんじゃないかなーと思う次第でありましてもちろんこの世界にそう言った決まりごとがないのであればこの心配というものも杞憂というか完全にお門違いなことであることは確かというか確実に私の思い違いになってしまうのですがそれはそれとしていきなり今後の人生において苦楽を共にしていきましょうと言われましても心の準備と言いますか私の方の気持ちとか考えとかも何もまとまっていない状況でしてこんな状態でその話をお受けするのは失礼千万になってしまいそうな気がしていますがあああもちろんウルさんが嫌だとかそういう話ではありませんので誤解しないでくださいただ私の方の用意とかそういうサムシングがまだナッシングというかエニシングがミッシングでゴーイングな私がえーっと……」
「…………」
早口でまくし立てる私を他所に、ウルさんは何も言わないままゆっくりと、寄ってきています。
段々言葉も出なくなってきましたと言うか今自分が何を言っているのかすら解っていないです。
そうして彼女が吐息も感じられそうなくらいのところまで私に近づき、またキスされるのかと身構えて目を閉じた瞬間。
彼女はキスをせずに私の耳元に口を寄せて、こう呟きました。
「…………ウ・ソ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」
その言葉に思わず目が点になった私。
目を開けてみると、私から離れたウルさんがニヤニヤした顔でこちらを見ています……や、やりやがったなこのアマッ!
「あっはっはっはっはっ!!! マサトったら本気にしちゃってさぁ! キョドり過ぎだよホント、エニシングがミッシングでゴーイングが何だって? あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
からかわれていたこと。そしてそれを本気と勘違いしてうろたえていたこと。
それを笑われていることの全てを理解して、私は顔から火が出そうなくらい真っ赤になりました。
口を開いて何か言おうとしますが、言葉にならない叫びしか出てきません。ああ恥ずかしい。
「う、う、う、う、ウルさんッ!!!」
「あ~面白かった面白かった」
ようやく口に出来たのは彼女の名前のみ。言いたいことは山程あるハズなのに、頭の中が整理できません。
とりあえず叫んではみましたが、私のこのなんとも言えない羞恥心というか怒りと言うか、そういうものは単位にしてミリも伝わっていないでしょう。
「なんだいなんだい、そんなに顔を赤くしてさ? だいたい、元々ボクとの約束すっぽかして爆睡してたのはそっちじゃないか。これくらいお返ししても、別に良いだろ?」
「そ、それは、その……そうです、けども……」
ここで文句の一つでも言い返してやろうかと思ったのですが、引き合いに出されたのが純度百パーセントで私が悪い件について。
今日についてはこの事を出されてしまうと、私はもうお手上げ状態です。
お手上げ状態とはいえ、こちらとしても嫌な思いというか恥ずかしい思いをしたことに変わりはないので、私はムスッとした顔をしてウルさんから目を背けます。
せめてもの、抵抗。ここで一つでもやり返さないと、私の男がすたります。
「ほらほら、そんな不満そうな顔しないでよ。仕方ないなぁ……」
「? 何を……ッ!?!?!?」
そんな私を見かねたのか、ウルさんは再び私に近づいてくると、私のほっぺにキスをしましたええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?!?!?
「はい、ご褒美。なんだかんだ言って、ボク達にお返ししようと頑張ってくれてたんでしょ? ありがとね」
「なっ、なっ、なっ、なっ……」
ちょっと照れたような顔をしてそう言ってくるウルさんを見て、私はもう一度目をそらしました。
駄目だ、さっきとは違う意味で彼女の顔が見られない。頬に当たった柔らかい感触が、脳裏に焼き付いて離れません。
あれ、そう言えば先ほど寝落ちする前にも、おでこに似たような感触があったような……?
「……まだ言えないけど、さ。ボク、マサトと夫婦になりたいっていうのは…………本当、だよ……?」
「……ハッ!? あれ? ウルさん、今何か言いましたか?」
「な~んにも」
先ほどと今の感触について呆けていた私が我に返ると、ウルさんが小声で何かを言っていたような気がしました。
気になって彼女に聞いてみますが、はぐらかされるだけ。首を傾げますが、彼女はフフフっと笑っているだけでした。
「さあ、そろそろ戻ろうか。お店の後片付けとかもあるんでしょ?」
「は、はい……で、では、戻りましょう、か」
「うん。行こう、ダーリンッ!」
最後の最後でダーリン呼ばわりとは。もう終わったと思っていましたのに、ウルさんが何を考えているのかがよく解りません。
とりあえずご褒美でほっぺにチューをもらったのと、盛大に勘違いして恥をかかされたことだけは覚えていますが、これはこれでどうなんでしょうか。
あとは帰り際にニブチンとか言われのない罵倒をされたり、またもや聞き取れない小声で何かを言われましたが、な~んにも、と返されたのでそれ以上は突っ込んで聞けませんでした。
何だったんでしょう。
色々と不明な点が多いまま、私は残った荷物を持って、彼女と一緒にお店へ向かって歩き出しました。
他のお客さん達も帰り始めており、他のお店も既にテントの解体などを行って、本当に祭りの終わり、という雰囲気です。
しかし、私の祭りはまだ終わっていません。
この後、あの女の人にお金を返さなきゃいけませんからね。結果として全然お店にいなかったのですが、大丈夫だったんでしょうか……?
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