第34話 変わっているマサト


「……よし。それでは休憩終わり。午後の第二部を始める。第二部は瞑想だ」


 ヘトヘトの身体を引きずって、私たちは声を上げるグッドマン先生のもとに集合しました。集まったのは洞窟の中。崖の次は洞窟ですか。つくづく岩肌と縁がありますね。


 昨日の崖登りから一夜明けて、始まったのは地獄の基礎トレーニングでした。朝も早くから叩き起こされ、ランニングに身体中の筋肉トレーニングに。お昼ごはんを挟んでまたランニングと、既に身体は悲鳴を上げています。


 私も、そして周りの生徒も肩で息をしており、倒れ込む一歩手前といった絶妙な状態で話を聞いており、中には既に座り込んでいる生徒もいました。


「瞑想とは余計な考えを捨てて一つの事に集中することだ。今からお前達には二人一組を組んでもらい、片方が瞑想。もう片方が寝たりサボってないかの監視役になる。監視役の方は瞑想中の奴がサボっていたら、前にある長板で叩き起こせ。三十分で交代だ」


 この体力で瞑想とは、また酷なことを。こんな状態で何に集中しろって言うんですか。今座り込んだら、確実に寝る自身があります。そう思いつつ、グッドマン先生の話の続きを聞いていました。


「今回の瞑想は身体に吸収されるマナを感じることにある。この合宿でのお前達の目標は、脳内のマナ変換回路を開花させ、大気中に漂うマナを視認できるようになることだ。この洞窟はマナスポットと呼ばれる、マナが豊富にある場所だ。お前らの中にはまだいないだろうが、回路が開いている人間にはここの洞窟内がマナで輝いて見えている」


 本当ですか、信じられません。周りを見渡してみても、ただ岩肌や転がっている石があるばかりで、私の視界では輝いているなんてとても信じられない状況です。


「本来ならこういったマナスポットで定期的に瞑想するだけで見られるようになるが、それだと時間がかかりすぎる。その時間を短縮するためのメニューが、今までにやってきた基礎トレーニングだ。お前達の体力を限界まで使い込むことによって体内のオドまでも減らし、オドが足りなくなった身体は防衛本能で回路を開き、大気中のマナを吸収し始める。その時の感覚を意識的にできるようになることで、お前達はマナの存在を認知できるようになるということだ。普通に瞑想するだけよりも、体力の限界の時の方にやる方がよっぽど効率が良いということだな」


「つ、つまり、僕たちはこれから……」


 その話を聞いたマークが、恐る恐る声を上げました。そうです。鬼面先生の話だと、私たちはこれから二週間の間。


「そうだ。お前達にはこれから二週間の間、身体の限界までひたすら基礎トレーニングして、その後瞑想するというセットを行ってもらう。今までの実績上、平均的に二週間あればほとんど全ての生徒がマナを見ることができるようになった。それより早くできればそれで良しだが、最低でも二週間はここに居てもらうぞ。できない奴は期間延長だ。身体も鍛えられるし、一石二鳥」


「「「えええーーーっ!!!?」」」


 話を聞いた生徒達から苦情の悲鳴が上がりました。マナを早く見られるようになっても最低二週間。見られなければ、見られるようになるまでずっと、厳しい基礎トレーニング地獄が続くというのですから。


「文句があるならかかってこい。私を倒せたら話くらいは聞いてやろう。そんな気概もなければさっさと二人組みを作れ、始めるぞ」


 ぶーたれる生徒を一刀両断する鬼面先生の一言。彼に立ち向かう勇者は現れず、生徒たちは渋々といった様子で仲の良い人を見つけては、二人組みを作っていきます。


「ね~ね~、ボクと組まないかい?」


 そんな中、ウルさんは色んな人に声をかけていますが、


「ごめーんウルちゃん。私他の子との約束があってさ」


「おれも組む奴は決まってんだ」


「あー! いたいた。おーい、こっちこっち……」


 ことごとく断られているみたいでした。やがては声をかけるのもやめてしまい、立ち尽くしている彼女の顔は、笑ってはいるのにどこか空虚な感じが見て取れます。


 それを見て、私は決めました。そして疲れた身体を引きずると、一人で立っていた彼女に向かって、声をかけます。


「ウルさん。私と組みませんか?」


「っ!?」


 振り返ったウルさんはかなりびっくりした表情を浮かべていました。なんですか、私は声をかけただけなのに、そんなに驚くことありますか。


「……や、やあ、あの変に有名なマサトじゃないか。どうしたんだい、わざわざボクに声をかけるなんて。誰も一緒にやってくれなかったのかい?」


 正直それもあるのですが。と言うか、変な枕詞を人の名前に加えないでください。


「まあ、そんなところです。もしウルさんもまだ相手が決まってないなら、私と組んでいただけませんか?」


 なんとなく、ウルさんの事を放っておけないと思いましたので、はい。こんなこと、本人には言いたくありませんけど。


「……いいのかい? ボクのこと、クラスメイトに聞いたんでしょ?」


「……よくご存知で」


 そう言ったウルさんは、どこか寂しそうな顔をしていました。クラスメイトに聞いたことをなんで知ってるのかは知りませんが。


「魔狼の血でね。鼻と、あとは四つもある所為か耳も人よりも良い方なのさ。だから、さ……同情とかそういうのなら……大丈夫だよ? どうせ、ボクが悪いんだからさ……」


 彼女はそう言うと、ニコっと笑って見せました。その笑顔が私には、とても辛そうに見えました。


 私は今一度、自分の心の中に問いかけます。この状況で、ウルさんになんて言うべきなのか。


「……同情とか、そういう気持ちもありますが……それ以上に……」


 そもそも、私はどうしてウルさんに声をかけたのか。一人になってしまっている彼女に同情したというのもありますし。あとは、どうせ自分が悪いんだから、と笑う彼女を、かつての自分と重ねてしまったのかもしれません。ただ、それ以上に。


「……それ以上に、なんだい?」


「……私が、貴女と組みたいと思ったのです……い、いいじゃないですか! ほ、ほら、私って周りから変わった人って思われてますし。変わってるんですよ、私は!」


 その結果、出てきたのがこれです。後で思い返してみても、かなり恥ずかしかったです。なんですか、私は変わった人だって、自分で言うことではないでしょう。それを聞いた彼女は、ポカンとした顔をしていましたが。


「……あっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」


 やがて、お腹を抱えて笑い始めました。周りの生徒が、なんだなんだとこちらを見てきています。先ほどの自分の言葉もあり、私の顔は真っ赤になっていました。


「ああうん、君は変わった人だね。そして面白いね、うん、すっごく面白いよ。君は本当にボクを笑わせてくれるね」


「~~~~っ!」


 物凄く馬鹿にされているように聞こえますが、自分で蒔いた種なのでこれはこうなって仕方ない状況です。私はただただ、顔を赤くしてうつむいていました。


「……そうだね。いいよ、一緒にやろうか。君面白いし、何より変わってるからね」


「……もう、それでいいです……」


「……それに。ボクと組みたいって、ちゃんと言ってくれたしね……ありがとう……」


「……?」


 ボソッと、ウルさんが何かを呟いたような気がしましたが、よく聞こえませんでした。


「ウルさん、何か言いましたか?」


「別に。マサトは変わってるなぁってさ」


「……その話は、もういいじゃないですか……」


「い~や~だ~ね~」


「よぉし、全員組は作ったな。一人目を始めるから、瞑想する奴は座禅を組め」


「ほら、変わってるマサト。グッドマン先生もああ言ってるし、そろそろ始まるよ。まずは君から瞑想しなよ。見ててあげるからさ」


 ウルさんはさっさと細長い板を取ってくると、ボクの前に座って、と言わんばかりに手を地面に叩いています。尻尾も揺れているので、あれが犬とかと同じなら、相当楽しんでいるようにも見えます。


 先ほどの悲しそうに笑うよりは断然マシなのですが、何ていうかこう、私の大事な部分が犠牲になったような気がしています。周りでまた何か噂されているとかそういうことではない、何か私自身としての大事な部分が。


「……じゃあ、よろしくお願いします」


「よろしく~。はいはい、こっちこっち~」


 いやそんなことは無いはず、と頭を振った私は、ウルさんに手を差し出されたのでその手をつなぐと、そのまま引っ張られて彼女の前に座らされます。


 そして彼女の前で座禅を組んで、目を閉じました。その瞬間、一気に眠気が襲ってくるのを感じます。そうだった、身体はもう朝からの基礎トレでヘトヘトでした。このまま寝ていったらどれほど気持ちがいいことか……。


「……ったぁ!?」


「はい、寝ちゃ駄目だよ?」


 意識が飛びそうになった時、肩に鋭い痛みが走って一気に目が醒めました。声を上げた私が痛みのもとを見てみると、長板が肩に乗っけられています。


「マナを感じる瞑想なんだから、寝ずにちゃんと集中するんだよ~、変なマサト」


「変じゃありませんって! ったぁ!!」


「はい、集中集中」


 反撃の声を上げたらまた叩かれました。思わずウルさんの方を睨みそうになりますが、視界に「始まって早々にもう集中できん馬鹿がいるのか?」とこちらを睨みつけてくる鬼面の顔が映って、慌てて目を閉じ直します。


「ほら、集中して……おっぱいが一つ、おっぱいが二つ、おっぱいが三つ……」


 目を閉じた時にウルさんから魅惑的な単語が囁かれました。一瞬で、私の意識がおっぱいに持っていかれます。おっぱいが三つ、おっぱいが四つ……なんですかそれは? そんな桃色で息子も起き上がる素晴らしい場所が!? それこそ天国! 極楽浄土はこの世界にこそあった!?


「それこそ私のユートピア!」


「阿呆がぁ!!!」


「ぎゃぁぁあああああああああああああああああっ!!!」


 ウルさんの殴打に加えて、逆側の肩にも激しい痛みが走りました。思わず目をあけた先には、恐ろしい顔でこちらを睨みつけている鬼面先生の顔があります。


「マサト。お前はあのメンツの中でもまだ真面目な方だとは思っていたが……ここに来て本性を現したか?」


「ち、違います! い、今のはウルさんが……」


 そう言ってウルさんの方を見ますが、彼女はそっぽを向いたまま吹き出しそうになっている口を必死で抑えていました。こ、このアマ……。


「お前が出来ないのはまだしも、他人にまで迷惑をかけるなこの馬鹿者がぁぁぁっ!!!」


「すみませぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


 結局鬼面からもう一発もらった私は、この日は何も感じ取れないまま、両肩に痣を作っただけで一日目を終えました。お風呂に入った時の傷口に染みる痛みに、歯を食いしばっていたのは私だけでした。


 夜になってマークさんに「なんで半人と組んだんだ? 何か脅されでもしたのか?」というよく解らない心配もされましたが、適当に流しておきました。半人とか、私にとってはどうでもいいことですしね。


 そんなこんなで合宿は続いていき、あっという間に二週間が過ぎました。本当にひたすらランニングと筋トレと瞑想を繰り返すだけの日々だったので、特に変化もなかったです。


 ただウルさんとは、この二週間でだいぶ仲良くなったと思います。瞑想の間にひたすら彼女に弄られ続けたため、私だけが二週間経ってもマナを視認できず、合宿期間が延長されました。


 その癖、当の本人はさっさとマナの視認を終えて、いい笑顔で手を振って帰っていきましたよ、あのアマ。延長された三日間は鬼面先生と一対一だったので、もう死にものぐるいでした。


 こうして私だけ三日ほど遅れて、学校生活へと戻ることができたのでした。ウルさんめ、絶対に許さねぇ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る