第26話 男の友情


「……初日から、色々ありましたね……」


 あれから少しして、私は男子寮への帰路に着いていました。


 あの後、元のアーキさん達が倒れている所まで戻った私は、呪いの侵食にもがき苦しんでいましたが、オトハさんがやってきてくれて、また呪い移しをしてくれました……ええ、ただの呪い移しです、他意は何もありませんとも。


 そうして症状が落ち着き、そのまま気絶した私が次に目を覚ましたら、そこは保健室のベッドの上でした。


 殴られたり魔法で焼かれたところにはガーゼや湿布が貼ってあり、自然治癒力を高める魔力が込められています。


 起きた時には傍らに、オトハさんとマギーさんの姿がありました。二人ともかなり心配してくれていたらしく、オトハさんに至っては目覚めたその時に私に抱きついてきたくらいです。


 そして、マギーさんから事情を聞きました。あの後グッドマン先生がやってきて事情聴取を受けたらしく、マギーさんは上級生に因縁をつけられて喧嘩したこと。


 突然魔族がやってきて上級生をボコしていったことを、素直に話したそうです。


 グッドマン先生は最初こそ魔族がやってきたことについて懐疑的でしたが、意識を取り戻したガントさんやチャッコさんが、異常なまでに怯えていたこと。


 彼らが口を揃えて魔族が出た、と供述したことで、いよいよ信憑性を帯びてきたのか、軍隊に報告を上げることになったそうです。


 少しして、マギーさんがグッドマン先生に呼ばれて出ていった後、オトハさんと二人きりになった私は、オトハさんからこってりと叱られました。


 どうしてあの力を使ったのか。勝手に使うなって約束したのに。今回はわたしが近くにいたからまだ何とかなったけど、わたしがいなかったら痣の侵食もどうなっていたか解らない、と。


 もしオトハさんが喋ることができたのなら、間違いなく怒鳴り散らされていたであろう勢いでした。


 もう、ひたすらに謝るしかありませんでした。それでも、私も皆さんを助けたかったんです、勝手なことをして申し訳ありませんでした、と。


 それを聞いたオトハさんは、泣いていました。


『お願いだから、わたしだけが助かっても、マサトがいなくなったら駄目だから』


 と泣いていました。


 やがて戻ってきたマギーさんにオトハさんをお願いして、「女の子を泣かすなんて。マサト、覚悟はできているのでしょうね?」と更に追い打ちをもらいましたので、後日、何らかの形でお詫びしなければならないでしょう。


 そうこうしている内に日も暮れて、何とか歩けるまで回復した私たちは寮へと帰ることになりました。


 途中まで一緒だったオトハさんとマギーさんにひたすらに謝った後、分かれ道で別れてまた明日、ということになりました。


「……しかし、不味かったでしょうか……」


 オトハさん達への謝罪もそうですが、マギーさんの言っていた魔族が出たことを軍に報告される、という内容についても危惧しています。


 人国で魔族が出た。敵国の敗残兵が残っているかもしれない、というだけならいいのですが、もし黒い炎を操る魔族が人国に出た、という話しが広まってしまえば、


(……ジルさん達に気づかれるかもしれない……)


 先ほどの帰り道で、マギーさんが次のように言っていました。


「魔族の中で黒い炎、黒炎を操ることができるのは魔王だけ、とお父様から聞いたことがありますわ。黒き炎は地獄の炎。魔王の血統でなければ制御できない恐ろしい力。そう聞いていますわ」


 マギーさんにその話をグッドマン先生にしたのかと尋ねると、


「いいえ、していませんわ。ただでさえ魔族が出たなんて荒唐無稽なことですのに、しかも現れたのが黒炎を操る魔王? そんなことを話せば、わたくしはあのクズ野郎達みたいにただ気が触れたと思われるに決まっていますわ。だいたい、黒炎を扱えるのは魔王だけという話も、人国内ではほとんど知られていませんもの。わたくしがどうこう言ったところで、信じてもらえるはずがありませんわ」


 だからあの魔族を見つけたら問いただしてやりますわ、とマギーさんは力強くおっしゃっていました。


 あれが私だとバレたら、容赦なく思いっきり問いただされそうです。


 ちなみにあのクズ野郎達というのは、ガントさんとチャッコさんです。あの二人は今回のことがトラウマになってしまったのか、ひたすらに助けて、助けて、と病院で布団を被って震えているそうです。


 向こうから仕掛けてきたとはいえ、申し訳ないことをした気もします。


(……これ以上、この力を使う訳にはいきませんね……少なくとも、当面の間は……)


 今回はまだバレなさそうな方向になったみたいですが、今後また力を使うようなことになってしまえば、どうなるかは解りません。


 人の噂が、どうやって広がっていくかなんて解らないからです。


 万が一、黒炎を操る魔族が人国にいるという情報が魔国に知られたら、当然ジルさん達がこちらへ来ることでしょう。何としても、隠し通さなければなりません。


(……それでも、今回みたく、誰かを助けなければならなくなった時は……私は……)


 あれこれと思い悩んでいたら、いつの間にか男子寮に着いていました。続きは部屋に戻ってから考えよう。


 そう思って顔を上げたら、私は一つ奇妙なものを見つけました。


「部屋の明かりが点いている……?」


 誰もいないはずの自分の部屋に、明かりが灯っています。ということは、誰かがあそこにいるのです。


(誰でしょうか? 寮長でも来たのか……あっ)


 あの寮長のお姉さんでも来たのかと少し考えていると、ピンっと思いつくことがありました。今日来ることになったという、同居人についてです。


 色々あってすっかり忘れていましたが、今日から私も二人部屋として生活していかなければならないのでした。


 これは早く行って挨拶だけでも済ませようと、私は寮の玄関を開け、そのまま二階にある自室へと進んで行きました。


 部屋の前まで来ると、扉は開けっ放しになっており、近くには荷物が入っているであろう箱が積んであります。


「ん? 誰かいんのか?」


 そして私の気配を察知したのか、聞き覚えのある声の誰かが部屋から顔を出しました。


「んん? お前は……」


「ど、どうもです……」


 顔を出したのはなんとエドさんでした。私と一緒で顔にはガーゼ、手には包帯などが巻かれていて分かりづらいですが、見間違いするほどでもありません。


「なんだ。オメーが同居人なのかよ……えーっと、パツキンの隣にいた……」


「……マサトです」


 なんと名前すら覚えられていないとは。まあ、ちゃんと話したのもこれが初めてですし、仕方ないのかもしれません。


「おー、そーかそーか。マサトっつたか。今日は悪かったな……」


 ようやく名前を覚えてくれたっぽいエドさんは、いきなり私に向かって頭を下げました。


 まさか開幕で謝罪されるとは思ってなかったので、びっくりです。


「関係ねーお前までボコられるとは思ってなかった。巻き込んでワリィ」


「い、いえ別に……あれは仕方なかったですし……」


「そうか? あんがとよ」


 私が大丈夫ですと回答すると、エドさんはまた荷物運びに戻りました。


 部屋の中は一部屋に二段ベッドが置いてあり、部屋に入ってすぐの所にトイレと台所があります。お風呂は大浴場となっているので、ここにはありません。


 エドさんはせっせと部屋の前の荷物を、部屋の中に運んでいます。何か手伝おうと思い、私も近くにあった箱を持ち上げました。


「ん? 別に手伝ってくんなくてもいいぜ? どーせすぐ終わるし」


「い、いえ。二人でやった方が早いと思いますし」


「そうか? すまねえな」


 それ以降も手伝いながら何度か話しかけてみましたが、エドさんからの返しは何となく素っ気ない感じがします。


 なんでしょうか。こっちには興味ないといった感じなのでしょうか。これからこの部屋で一緒に生活していくことになるのに。


「んっしょっと。えーっと、この箱はどこに……」


「ん? ……お、おい! その箱は別にいいぞ!?」


 すると、とある箱を持ち上げた私に向かって、急にエドさんが慌て始めました。どうしたのでしょうか。


「いいえ。そんなに重たくないですし、その辺に置いて……」


 そこまで言った瞬間。私は足元にあった箱に躓いてしまい、箱を持ったまま前に倒れ込んでしまいました。


 すると、私が持ち上げた箱の蓋が開き、中に入っていた荷物が飛び出します。


「…………」


「…………」


 中に入っていた、大量の春画が描かれた冊子……つまりはエロ本が、部屋の床一面に広げられました。


 多くの表紙や広げられたページで、女の人が裸のまま艶めかしいポーズを取っています。


「…………」


「…………」


 それを見た私とエドさんは、まるで時が止まったかのように静止していました。


 床に目をやると、至る所から『特集! 巨乳お姉さん!』だの『あなたの股間を疼かせる魅惑のボディー』だの『夏の開放感は女性の性も開放的にする!?』などの煽り文句が目に飛び込んできます。


「…………エドワルさん」


「…………んだよ?」


 やがて、私は正気を取り戻し、エドさんに声をかけました。


 返事をしたエドさんは不機嫌そうな顔をしていましたが、この場で私が彼にかける言葉は、ただ一つです。






「…………これ、見てもいいですか……?」


「    」






 私の言葉に、エドさんは目を見開いていました。ついでに口も半開きです。よほどびっくりしたのでしょうか。


 少しのあいだ呆気に取られていたエドさんでしたが、やがて意識が戻ってきたのか、ニヤリと笑いながら私に話しかけてきました。


「ほほう……ただの面白くもねー優等生クンかと思ってたが……オメーも漢だったんだな……」


「……こういったものは、初めてでして」


 そうです。私は元の世界にいた時も、こういった書物が存在していることは知っていました。


 しかし、厳しい両親のしつけのため、こういった春を見られる本は手に入ることはありませんでした。


 一人暮らしを始めた時も、思い切って買ってみようかとは思いましたが、レジにこれらの本を持っていく勇気がなく、結局は買わずにいたのです。


 こちらに来てからも、ジルさんやマギーさんというナイスバディーが近くにいて、私の下の息子もなかなかに悶々としていた時もありました。


 私も立派な思春期です。女性の身体に興味を持って、何が悪いのでしょうか。


 そして今、こういったものが目の前にあり、更にはこういったことに興味がある先達の漢がいるではありませんか。この状況で、何を我慢しろと。


「そーかそーか……なら、まずはこの辺からどうだ? なかなかにいいぞ?」


「おおおっ! これは……」


 すると、エドさんは一冊を手に取って、私に見せてくれました。肌色満載の、素晴らしい本を。


「……え、エドワルさん」


「んなムズ痒い呼び方すんなよ。エドでいいぜ?」


「解りました、エド……いえ、兄貴」


「おお兄弟よ。こっちにもいいのがあるぜ?」


「おっ、おおおおっ!」


 そして、私はエドさん――兄貴と一緒に、荷物を片付けるのも忘れて、兄貴コレクションを堪能していました。


 本を見て、感想を言い合い、時にはお互いの趣向について意見をぶつけながらも、私達にとっては酷く充実した夜となりました。


 夜がふけ始め、寮長さんが見回りに来たときは流石に焦りましたが、私の弁解と兄貴の機転によって何とか隠しきり、その場を凌ぐことに成功しました。


 その時に交わしたハイタッチは、一生忘れないかもしれません。


 こうして私は、多くの肌色のコレクションと共に、かけがえのない友人を手に入れることができました。

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