第16話「一夜明けて……」


「いてててて……」


 ひどい頭痛に苛まれ目を覚ましたレイル。

 そこは先日までの、粗末な宿の部屋天井ではなかった。


「あー……飲み過ぎた」


 のどの渇きを覚えて、痛む頭痛をこらえながらベッドわきの水差しに手を伸ばし一気に煽る。

 うまい……。


「ぷはぁ!」


 1リットルほどの水を全て飲み干してようやく周囲を見渡す余裕ができた。


 ここは……。

「宿の……一番高い部屋か?」


 部屋の隅には、見覚えのある荷物が置かれていた。

 『放浪者』のリーダー。ロードの持ち物だろう。


 つまりここはロードが使っていた部屋らしい。

 要するに一番いい部屋────。


 コンコンッ。

 ロードの荷物をじっと見ていたレイルの耳に、控えめなノックが届く。


「は、はい?」

「失礼します──朝食ができましたが、いかがしますか?」


 声の主は宿の主人らしい。

 たしか不愛想な印象の男だったが、今日はいつもより声に張りがある。


「も、貰います──……それと、水と酔い醒ましをいただけますか?」

「わかりました。よい薬草を用意しますとも」


 ニコリ、と不器用そうに笑う主人。


 どうやら、レイルが英雄と呼ばれたのは夢ではなかったらしい。

 愛想の悪い宿の主人の対応ですらこれだ。


「昨日のあれは──やっぱり現実だったんだよな?」


 Dランクのレイルが、災害級のモンスターであるグリフォンを退治したこと……。

 体に漲る力は、レベル急上昇によるステータスの向上によるもので──。



 そして、なにより…………。



「ステータスオープン」



 ──ポォン♪



 ※ ※ ※

 

名 前:レイル・アドバンス

職 業:盗賊

スキル:七つ道具

    一昨日おとといに行く


 ※ ※ ※



 あ…………────。



 『一昨日に行く』



「──やっぱり現実なんだな……」


 二つ目のスキル……。

 この世界の者なら成人を迎えたときに誰でも授かる、神の恩恵スキル


 あぁ、そうか……。


「……ミィナ。俺、スキル貰ったよ────」


 そうっと、ステータス画面に表示されているスキルをなぞり──しみじみと呟くレイル。

 それは、彼女との約束であった、戦闘系のスキルではないけれど──。


 それでも……。


 そう。

「──それでも、俺を救ってくれた……」

 そして、

「……俺を英雄にしてくれたスキルだ」


 握りしめる手。

 ギリギリという音を聞き、実感するその力。


「どれだけレベルアップしたんだろう? 俺は──」


 体中からみなぎる力。

 超々格上の魔物を倒したことによる急成長。


 ステータスは以前の何倍にもなり、スキルのLvも上昇した。


 ──ポォン♪



 ※ ※ ※


レイル・アドバンスの能力値


体 力: 529(UP!)

筋 力: 475(UP!)

防御力: 518(UP!)

魔 力:  86(UP!)

敏 捷:1821(UP!)

抵抗力:  63(UP!)


残ステータスポイント「+1540」(UP!)


※ 称号「グリフォン殺しグリフォンスレイヤー」(NEW!)

 ⇒ 空を飛ぶ魔物に対する攻撃力30%上昇

   鳥系の魔物に対する攻撃力20%上昇


 ※ ※ ※



 なんつー上昇幅だよ……。


 いや──。

「それほど格上の相手だったということか──……」


 間違っても、Dランクの冒険者が戦うような相手ではないことだけは確かだ。

 その上、パーティメンバーの『放浪者』は逃げ散り、経験値は総取り。


 そりゃあ、強くもなる。

 そして、頼みのスキル。


 ……スキル『七つ道具』は、はるかに冴えわたり──。

 スキル『一昨日に行く』は、僅かではあるがLvが上昇した。



 ポォン♪


 ※ ※ ※


 スキル『七つ道具』

 Lv:7

 備考:MP等を消費し、

    開錠、罠抜け、登攀、トラップ設置など、

    様々なスキルを使用できる。



 スキル『一昨日に行く』

 Lv:2

 備考:MPを消費し、「5~10分」程度、一昨日に行くことができる。

    一昨日から戻るためには、スキルのキャンセル、

    または、一定時間の経過後、もとの時間軸に戻ることができる。


 ※ ※ ※


「ふむ……」

 Lvが上昇とはいっても本当に少しだけ。

 恩恵も、制限であった「5分間だけ一昨日に行くことができる」というものが、数分ほど伸びた程度ではあるけどね。


 それでも、レイルは満足していた。


 戦闘系ではないとはいえ、スキル『一昨日に行く』は規格外のスキルだ。

 これで、『放浪者』に入った時の目標のように、純粋に強者となれば天職やスキルなど関係なしに護衛くらいこなせるだろう。

 少なくとも、万年Dランクからは脱することができる──。


 なにせ、あのグリフォンを仕留めたのだ。


 幼体でも、手負いでもない成体のグリフォン──……しかもつがいを、だ。

 グリフォンにつけられた傷をなぞり、レイルは固く誓う。


「あぁ、俺の人生はまだ捨てたものじゃない……」

 一度はあきらめかけ、そしてロードに誘われまた再燃した「夢」。


 そして、先日再びその「夢」は現実のものとなった。

 …………もう一度やり直して見せる、と。


 そのためにも、グリフォンから取れる大量の素材と、クエストの討伐証明を持ち帰り、詳細をギルドに戻って報告する…………。


「それにな、ロード……」


 ジャラリ……──。


 薄汚れた小さな袋から大量の冒険者認識証ドッグタグを取り出すレイル。

「お前は許されないことをした────。だから、絶対にこれは報告しないとな……」


 レイルの手にあるのは……ロード達の置き忘れていった荷物から回収した無数の人々の名前の刻まれたたくさんの認識票だった。

 それも、E~Cランクのそれ。


 つまり────。



「…………全部で56人──俺を入れて57人か」



 ──ロード達が囮に使った冒険者の持ち物だ。


「サイコパスどもが……!」

 血汚れさえついたそれらは、すべて個人のもので、故人のものだ。


 おそらく、これらの認識票はこれまでに騙して囮に使った冒険者のもので、レイルと同じように、冒険者仲間からも疎まれ、「誰からも必要とされなかった者たち」の末路のだろう──。


(──戦利品のつもりか? クソ野郎ども)


 …………さぞかし楽しかったろうな。


 彼らを否定して、

 彼らを罵って、

 彼らを食い物にして────。


 魔物の囮にして、隠れて眺めてゲラゲラと笑う。


 ……56人分の生きたエサ。

 モンスターを狩るためだけの囮……。


 実際はもっと多いかもしれない。

 死体から入手できたのがたまたま56個の認識票だっただけ。


 一歩間違えればレイルの冒険者認識票もあの中にあったのだろう。

 57枚目の冒険者認識票だけの存在としてこの汚い袋の中に──……。


 だから、レイルとしてはシンパシーを感じずにはいられない。


 皆……。

 皆、ロードたちの踏み台にされた哀れな冒険者たちだ。


 ロードがレイルに言ったように、消えても・・・・誰も気にしない存在・・・・・・・・・

 それがこの冒険者認識票の元の持ち主──。


「……必ず──必ず仇を取ってやるよ」


 レイルにだけはわかる彼らの苦しみ。

 だから、認識票に触れるだけで彼らの慟哭が聞こえてくるようだ。



 「疫病神」「疫病神!」

 「売女!」「忌み子」

 「クズ!」「ろくでなし!」「使えないやつ──……」



 そう罵られていたであろう、孤独な冒険者たち。

 そして最後の最後まで、踏みつけにされた哀れな犠牲者。


 ひとつ一つ、認識票の名前を見ているだけで彼らの人生を垣間見た気がする。



 ──傷だらけのDランクの認識票や、

 ──年季の入ったCランクの認識票。

 ──それにまだ真新しいEランクの少女の名前が刻まれたそれ──……。



 ジャリン……!



「もう少しだけ待っててくれ……。俺の用事のついでで悪いけど、必ず俺がみんなの分の恨みを晴らしてやるから」


 まるで自分のことにように、認識票を掴むレイル。

 再びそれらを袋に仕舞い、固く口を縛る。


「………………だから、これ以上、好きにやらせるかよ──ロード!!」


 義憤に駆られたわけでも、

 正義を気取ろうというのでもない──……。



 ただ。

 ただ、ただ、ただ!!




「────借りは返すぞ……!」

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