第25話 私のお仕事

 パーティーは終わり、国王一家とワーグマン皇国皇帝一家の懇親はつつがなく終了し、その後。

 カトラリーやワイングラスを全て片付け、洗い終わった「赤獅子亭」の面々は、にこやかな笑顔をいっぱいにして声を上げた。


「よし、後片付けも終わり! お疲れ様、皆!」

「「お疲れ様でしたー!!」」


 タニアが声をかければ、女中も調理担当も一斉に返事を返し、歓声を上げる。食器類やら何やらは王宮の持ち物なので、運ぶ荷物は殆どない。せいぜい、自分たちが着る衣装くらいのものだ。

 そして全ての仕事は今終わった。これからは楽しい打ち上げの時間である。


「この後は『紅眼の鷲亭』で打ち上げだっけ?」

「そう、店長が貸し切りにしてくれたんですって」

「わー、すっごーい!」


 女中の誰かが声を上げると、次々に黄色い歓声が上がった。一番街通りの「紅眼の鷲亭」で、ロビンを始め今日に参加していない女中や調理担当の皆が待っているはずだ。きっと、今日は夜までお祭り騒ぎだろう。

 と、ふと辺りを見回したベッキーが、タニアの腕をくいと引いた。


「ねえ、タニアさん。リセはどうしたの?」

「うん?」


 問われたタニアは、小さく首を傾げて困った表情を見せながら、あまりにもあっけらかんに返す。


「ああ、リセは別件のお仕事があるんですって。今頃陛下やリチャード王子とご一緒のはずよ」

「えぇーっ!?」




 と、いうわけで。お店の皆と別行動で追加のお仕事が入った私である。

 今いるのは王宮の応接室。当初はそのへんの廊下で適当に問い詰めようかとも思っていたのだが、王妃様と王子妃様に「折角なので念入りに」と連れてこられたのだ。

 そして私の前には二冊の同じ本がある。日本で言うところの同人誌みたいな、個人出版しているんだろうなと思わせられるような文庫本だ。


「これが、その本ですか?」

「仰る通り、リクオ・タチナミ著『銀のしとね』の初版本です」


 王様に問いかければ、相手は神妙な表情でうなずく。これが、王様と王子様がわざわざ自分でお求めになったという過激な内容・・・・・の本だ。


「拝見してもよろしいですか?」

「どうぞ、御覧ください」


 許可を得て本を手に取る。ページをめくれば、整った書体でつらつらと、なんとも官能的な文章が記されていた。

 お姫様と王子様の出会い。それに伴う両親との顔合わせ。そこで相手の王妃様に目を奪われ、心を奪われてしまう王様の心の動き。

 なるほど、これはなかなか引き込まれる、心に重くのしかかるような文章だ。きっとその「リクオ・タチナミ」なる覚醒者は、元の世界で文筆業でもやっていたのだろう。


「……ふーん」

「その……女中殿。私にどんな責め苦を並べ立ててもいいが、この本の著者にまでは、ご容赦いただけないだろうか……」


 ページを淡々とめくる私に向かって、王様がおずおずと言葉をかけてきた。

 それに対し、ちらと視線を返す私。王様の表情は……いや、王子様の表情も、二人揃って随分と怯えていた。

 まあ、そうもなろう。自分の推しの作家が自分のせいで迷惑をこうむるなど、考えたくもないことだろうから。気持ちは分かる。

 私が無言を貫いていると、王子様が小さく身を乗り出して来た。そのままの勢いで私に深く頭を下げる。


「そうです。リクオ殿には何の罪もない。罪は私と父上にこそ」

「分かっています」


 その輝かんばかりの金髪を生やした頭を見ながら、私は小さく返した。

 元よりそのつもりだ。王様と王子様を狂わせた書物だからといって、その書物の作者に罪はない。勝手に狂ったこの二人が悪いのだ。

 読み進め、本を優しく閉じながら私は笑って言う。


「よく出来た内容ですね。妻と娘のいる身ながら、娘の婚約者の母親に心を動かされる父親。その心情の動き、悩み、苦しみがよく描かれています」

「ほっ……」


 私の言葉を聞いて、王様がほっと胸をなでおろす。しかしその後ろに立つ王妃様は、実に苦々しい表情をしていた。


「全く……本に感銘を受けたならまだしも、その本で行われていたことを実践しようとするなんて。混同するにも程がありますよ、貴方」

「そうです。リチャードがそんな理由で人妻を口説くことに走っていたなんて……私はどんな顔をすればいいんですか」


 王子妃様もなんとも言えない、悲しそうな顔をしている。

 お二人の気持ちも痛いほど分かる。自分の夫がこれほどまでに他人に無礼を働き、見境長くなったその原因が、一冊の本だったとは。怒りをぶつける矛先にも困るやつだ。

 厳しい言葉を投げかけられ、王様と王子様がそれぞれの妻に深く頭を下げた。


「……面目ない」

「申し訳ありません、母上、クラリス」


 なんとも重苦しい表情をして、二人が真摯に謝る。その姿に私も、王妃様も王子妃様も、苦々しい笑みを浮かべていた。

 ここまで言われたら、あんまり鋭く追求するのも酷というものだ。本をテーブルに置いた私は次の段階に話を進める。


「とりあえず、私から言うことは二つ。もう二度と、物語に感動したからって自分でもやってみようとしないでください。苦しむのはお二人だけじゃなく、王妃陛下や王子妃殿下、他の皆さんなんですから」

「承知した」

「誓って、今後お相手の居る方に手を出したりはしません」


 私の言葉にぴしっと背筋を伸ばしながら、二人は宣言した。とりあえずはこの二人の良心に任せるしかないが、一国の王であり、王子である人だ。責任感はあるだろう、きっと。

 うなずいて、私はもう一つの点に切り込んでいく。


「よろしい。もう一つ……この本・・・ないし作者をお二人に・・・・・・・・・・紹介した方が居ますね?・・・・・・・・・・・


 私の言葉に、王様も王子様も、さらにはその後ろに立つお二人も目を大きく見開いた。

 予想外、というしかない表情だ。まさかそこまで言い当てられるとは、思っていなかったのだろう。


「何という慧眼だ」

「まさかそこまで見抜かれていたとは……」

「やはり、いるのですね」


 二人の反応に深くため息をつきながら、私は念押しする。かくして、王子様がこくりとうなずいた。王様も一緒にうなずいて口を開く。


「ベティから教えてもらったのです。非常に興味深い小説を書く覚醒者の作家がいると……」

「内容はどろどろして下衆ではあるが、だからこそ読んでいて楽しいとのことで……」


 曰く、王宮で働くメイドの一人にベティという子が居て、その子がそういう、若干どろどろした展開の本を読むのが好きなのだそうだ。そこを王子様に見つかり、「何を読んでいるんだい?」と問いかけたら、そのリクオさんという作家のことを教えてもらったんだとか。

 そのことを聞いて、王子妃様が信じられないとばかりに口元に手を当てた。


「ベティ、って、私達の身の回りの世話をしてくれているメイドのベティ?」

「なんてこと……そんなところから伝わっていただなんて。しかも王子に」


 ゆるゆると頭を振りながら、王妃様も言葉を漏らす。これは、そのメイドはやらかしたと言わざるを得ないだろう。私は王妃様に視線を向けながら口を開く。


「その方に、何かしらの罰を与えてください。全くお咎めなしでは、示しがつかないでしょうから」

「ええ、ええ、勿論ですとも。厳粛げんしゅくに対応させていただきます」


 すぐさまにうなずく王妃様。これで早晩、そのメイドは何かしら罰を下されるはずだ。そうすれば王様も王子様も、自分がやったこと、そのメイドがやってしまったことの重さを実感するに違いない。

 話は十分だ。まとまったところで、私はソファーから立ち上がる。


「このくらいでよろしいでしょうか。私もあまり、この件は表沙汰にしたくありませんので」

「ありがとうございます」

「ご厚意に感謝いたします……」


 笑顔を見せながら私が言えば、王妃様と王子妃様が深く頭を下げた。お王様と王子様はと言えば、同じように頭を下げて肩を震わせている。泣いているのかもしれない。

 その姿を一瞥しながら応接室を出ていこうとしたところで。王様が顔を上げた。


「女中殿」

「はい?」


 その言葉に立ち止まる私。すると王様は、目の端の涙を拭って背筋を伸ばしながら言った。


「確か、貴殿の店では、店の外に女中を連れ出し、共に楽しむやり方も受け付けている、とロビンから聞いたことがあるが、誠か?」

「……はい、ございます。同伴という仕組みでございますね」


 その突飛な問いかけに私は首を傾げた。

 確かに同伴のシステムはある。お客さんが店に来るのではなく、女中がお客さんの元やお客さんの望む場所に同行するシステムが。しかし今になって何故、それを?

 私が疑問に思っていると、王様がぎょっとするようなことを言い出した。


「もし、私が同伴のお願いを貴殿にしたら……受け付けてはもらえまいか」


 その言葉に、今度は私が目を見開く番だ。

 王様との同伴依頼だなどと。いや、今までに貴族の方々からあちこち同伴の依頼を貰ってはいたけれど、王族からは初だ。

 かっと目を見開いた私が何を言うより先に、王妃様が王様の肩を叩く。


「あなた」

「誓って言うとも。手を付けたりはしない。ただ、貴殿の酌で飲む酒は、殊の外美味かった。貴殿の店に行くことは叶わずとも、貴殿に来てもらうことが許されるなら……また、あれを味わいたい」

「父上……」


 王子様も呆気にとられて自分の父親を見ていた。

 まさか自分の父親が、町の高級娼婦でもない女中をこれほどまでに求めるとは。驚くだろう、それはどう考えたって。

 下手をすれば国家転覆の危機だが、この王様はそこまで入れ込んだりしないだろうし、そもそも私が入れ込ませない。下手なことにはならないだろう、そう信じたい。


「かしこまりました。その折には、三番街通りの『赤獅子亭』までお手紙をお願いいたします」


 笑みを返しながら私はうなずいた。果たして嬉しそうに目を見開く王様の肩に王子様がすがりついて声を張る。


「ち、父上ばかりずるいです! 私も、私も機会がございましたら、是非!」

「もう、あなた。女中殿は一人しかいらっしゃらないのですよ」


 まるで子どもが駄々をこねるような言葉を吐き出す王子様に、王子妃様が困ったように笑いながらたしなめる。

 ああ、私は遂にここまで来たのか。これなら、この国のアルハラセクハラを撲滅するのも、そう夢物語ではないのかもしれない。


勿体もったいなきお言葉です。私をご用命でしたら、是非とも喜んで」


 だから私は深く頭を下げて、王様と王子様ににっこりと笑いかけるのだった。

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