時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女

第01話 魔女エスティ、クビで自暴自棄になる


 荒野の岩陰。


 寝ているはずのテントから、再び淫らな声が響く。



「……まーた始まりましたよ」

「これで5回戦だな、勇者もよくやる」


 エスティは身を潜めながら、使い魔である灰猫のロゼと夜番をしていた。


「大自然の中では、勇者でも獣に落ちるか」

「マチコデさん、最近『絶倫の勇者』の称号が付いていたらしいですよ」

「それは……はた迷惑な」


 称号というのは、日頃の行いに対して神から与えられるものだ。それ自体に効果は無いが、その者の本性を現すような意味合いを持つ。


 勇者マチコデ・ラクスは『人助けの勇者』として、その人格と実力を高く保証されていた。



「周りの彼女達も悪いですよ。あんなに簡単に踊らされちゃって、いつでも勇者スキスキ状態になってるじゃないですか」

「そう言ってやるな、あれも窮地で勇者に助けられた結果なのだ」



 『ラクス救助隊』と呼ばれるこのパーティは、ラクス王国に襲い来る魔族を討伐しながら人助けをしていた。そしてラクスの名の付く通り、勇者マチコデ・ラクスはあれでもこの国の十数番目の王子なのだ。


 パーティはその王子様兼勇者のマチコデを中心として女騎士ムラカ、聖女ミア、弓士のエルフであるリヨン、そして空間魔法使いの魔女エスティの計5名。



「エスはなぜ加入したんだ?」

「……あれでも人助けの勇者ですからね。私も彼に返したい恩があったんです。それに待遇が良かったんですよ、給与面の」

「なら文句を言うものじゃないな」



 エスティが使えるのは特殊な空間魔法と学校で習う初級の魔法だけで、攻撃手段はない。夜番と荷物持ちの役割で参加していた。



「でも、毎晩こうなるなんて聞いてないですよ。彼女達3人とも『淫乱の』とかの称号を持ってるんですよ?」

「そういうパーティなんだろう」


「――おぉいエスティ! お前も来るのだ!!」



 テントの中から、男の美声が聴こえた。エスティはぶるっと体を震わせる。もちろん、寒さからではない。


「王子様命令だぞ、エス」

「あれは絶倫の勇者です」


 エスティは渋々立ち上がり、勇者たちのテントの中へと入る。



 エスティの空間魔法で引き出したそのテントはかなり大きく、中には簡易ベッドが4つも並んでいる。家具や調理場、それに湯浴みもできるという王子様仕様のものだ。


「おぉ、美しき魔女エスティ!!」


 すっぽんぽんの4人が薄っぺらいシーツを被り、エスティを見ていた。


「エスティよ、いい加減俺のものになれ。もう何十日待ったことか」

「申し訳ありません。私は荷物持ちですから」


 何度目か分からない誘いを、今日も断る。


「はっはっは! 何のためにお前をパーティに入れたと思っているんだ? その輝くブルーグレーの長髪に青い瞳、整った顔立ち、そして俺を見る時のジトーっとした冷たい目! 王都ラクスにおいて、魔女エスティの存在はその美貌だけで名が広まるほどだぞ?」


 エスティがパーティへの加入を許可された理由は、後から聞かされた。空間魔法の使い手としてではなく、ただの見た目だったのだ。


「光栄です。ですが、夜番がありますから」

「――俺が全員守ってやる」


 勇者がドヤ顔でそう言うと、侍らされた女性たちが淫らな息を吐いて勇者に絡みつき始めた。エスティは目を伏せる。この周囲の勘違いっぷり、王子様は催淫の魔法でも使っているのだろうか。


「……どうぞ、そのままお楽しみください。失礼します」

「おいエスティ! 俺の命令が聞けないのか、エスティ!!」


 制止する声を振り切って、エスティはテントから外に出た。



 冒険者とはいつ死ぬかも分からない職業だ。ましてやこのパーティは、自ら積極的に危険に突っ込んで人助けを行う。そんな王子様らしからぬ勇敢な活動に人々は驚嘆し、勇者マチコデに対して歓声を上げている。


 正直な所、エスティはそんな勇者が嫌いでは無かった。今回も人助けの為に、安い報酬で強大な魔物の討伐にやって来ていたのだ。



 だけど、あの光景は嫌いだった。


 明後日には王都に戻れる。

 あと、たった1日の我慢だ。



◆ ◆ ◆



「――で、クビになったわけだね?」

「去り際にあの女に何を言われたか分かりますか!? 『さよならチビッ娘プレートメイル』ですよ!!?」


 プレートメイルだけでは何か分からない。だが語頭にチビッ娘とつけて、貧乳娘と煽って来たのだ。


「空間魔法であの無駄な胸を削ってやろうかと思いましたよ!!」

「まぁまぁ妹弟子よ、今日は飲みたまえ」

「兄弟子ぃ……ぐびぐび……うううううぅうええええぇぇぇ!!」


 エスティ達が王都に到着して報酬の分配を済ませた後、エスティは王子様にパーティのクビを宣告された。


 クビだ。恩を返したらいずれ抜けようかと迷ってはいたが、いざお前はクビだ不要だと言われるとズシリと心にくるものがある。


 そのまま兄弟子であるバックスを研究所で捕獲し、酒場へとやって来た。バックスは同じ孤児院で育ち、同じ魔法学校に通った家族のような存在だ。ポッチャリとした体型で研究者気質の変人だが、わずか21歳で研究室を一つ任されるほどに頭脳明晰だった。



「見た目はいいからねぇ、エスティは」

「もう、酒場の看板娘にでもなってやりますよぉおお……」


 バックスの言う通り、エスティが酒場に入った途端、まるで時間が止まったかのように喧噪がすっと途切れ、男たちの視線がエスティに釘付けになった。だがすぐにその正体が魔女エスティだと分かると、再び騒動が戻って来るのだ。



 美しき魔女エスティ。

 その言葉だけが一人歩きしていた。



「そう落ち込むな、エス。すぐに就職先が見つかる」


 ペロペロとスープを飲んでいたロゼが、エスティの頭にひょいっと飛び乗る。エスティは顎をテーブルに乗せ、ジョッキを食みながらいじけていた。


「今はまだラクス救助隊の一員だと思われているからねぇ。王子様はすぐに新しい荷物持ちを募集し始めるだろうから、その時に妹弟子はフリーだと気づくだろう。君ほどの膨大な魔力を持つ空間魔法使いはそうはいないし、ロゼの言う通りで引く手数多だろうさ」

「王子様、もう新しいメンバーは決めてたみたいですよ。去り際に巨乳を紹介されました」

「へぇ、そりゃ中々に悪趣味だ」


 エスティは去り際を思い出したのか、再び泣きそうになる。


「まぁ妹弟子、お金は溜まったんだろう?」

「ぜーんぶパーですよ。今の私は素寒貧です」

「は?」

「人助けのためだと剣を向けられたら断れませんよぉ……ううぅ」


 エスティは追放されるとき、全財産を取られていた。空間にある資材も資金も、ありとあらゆるものが引き出されてしまった。聖女ミアの力である、何もかも見通すエロい目でエスティの所有品を全て見抜いてしまうのだ。



「ひっく……そういえば奴等から大事なものを奪ってやりましたよ」


 エスティが悪い顔で微笑む。


「……おいエス、我は嫌な予感がするぞ」


 エスティは空間魔法を使い、ジョッキの中からこぶし大の光り輝く魔石を取り出した。にへぇっと笑い、椅子の上に乗ってそれを掲げる。


「――ぐへへ……これこそが王子様が肌身離さず持っていたこの国の秘宝です!!」

「馬鹿かお前! 返してこいエス!!」

「わっ、ちょ、ロゼ! やめろぉ!」


 ロゼが飛び掛かり、エスティが椅子から転げ落ちる。


「相手はこの国の王子……あ、マタタビにゃー!!」


 エスティが空間から取り出したマタタビに、ロゼは大興奮でゴロゴロと転げ回った。


「はぁはぁ……所詮は猫ですね」

「い、妹弟子よ。さすがにそれは返した方がいいんじゃないかな?」


 これは去り際に空間魔法でバレないように奪い取った戦利品だ。エスティの1年間の労力の代替品でもあったが、それにしては価値が違い過ぎる。


 こんな物を王子が持っている事はパーティ以外の誰も知らないだろうし、失うとしたら王子が死ぬ時か空間魔法使いのエスティがこっそり盗む時だ。


 つまり、すぐに足が付く。



 秘宝を盗んだ者がどうなるか。

 そんなの、決まっている。


 エスティは秘宝を高く掲げた。


「ちょ、ちょっと待っ――!」



「これは最後の抵抗です! 証拠隠滅ー!!」



 エスティの叫び声と共に、酒場が魔石の光に包まれた。

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