☆8‐5 辰生&兄貴たち
「おい」
と、朱将が不機嫌そうな声で言った。
「お前らだけで勝手に納得してんじゃねぇよ。説明しろ」
「あー、うん、分かってるよ。でも、その前に――」
黄佐はふと室内を見回して、目当ての人物を探し当てると、
「ねぇ、えっと、あんた……片倉、って言ったっけ?」
「は? ……俺?」
「そうそう、君君」
突然の名指しに戸惑う片倉。ただでさえこの兄弟には恐怖しか抱いていないというのに、こうも唐突に指名されては生きた心地もしない。黄佐の満面の笑みが余計に怖い。
「ちょっと質問なんだけど、君の能力って、体表硬化ってやつなんだよね?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「“体表”って、具体的にどの部分だと思ってる?」
「え? そりゃ……――」
片倉は質問の意図が分からなくて、それでも必死に頭を巡らせて、ようよう答えた。
「――……皮膚、全部?」
「ふんふん、なるほど。やっぱりね、そうだと思った」
堪らず朱将が口を挟んだ。
「黄佐、お前さっきから何がしたいんだ」
黄佐は、朱将の問いには一切答える素振りを見せずに続けた。
「朱兄、昨日さ、能力を発動させている状態の片倉から、爪を剥いだ上に鼓膜を破ったんでしょ?」
「あぁ」
「でもそれさ、本当に片倉が“体表”を硬化させてたなら、不可能だったと思うんだよね」
と黄佐は言った。
「だって、“体表”って、大雑把に言えば、体の表面の空気に触れる部分すべて、ってことになるんだから」
その時片倉は『えっ? マジで? 知らなかった!』と叫びたくなったが、寸でのところで押し留めた。ちなみに、驚愕の声を抑えたのは、朱将もまた同様である。
「つまり、爪も鼓膜も、“体表”の一部ってことなんだよ。もしそれらも全部硬化させていたんだったら、ただの一般人である朱兄に破れたわけがない。だけど――」
黄佐はちらりと片倉の様子を窺った。
「――片倉はそのことを知らなかった。“体表硬化”の能力者が、“体表”の定義を間違ってたら、当然、上手くいくはずないよね。そんな状況で能力を使えば、本人が“体表”だと思いこんでいる部分だけが硬化されることになる。で、その結果消費するエネルギーが、本来の出力を下回っていたら――自然と“代償”も小さくなる」
この時点で、朱将は話の流れを察した。もし、同じようなことが青尉にも起きているとしたら――。
朱将の表情から、察したことを理解したらしい。黄佐は軽く頷いて、真っ先に結論から述べた。
「資料によれば、青尉の本当の能力は、シャーシン、すなわちグラファイトの操作じゃない」
強調するように一呼吸入れる。
「――炭素の、操作だ」
「たぶん、その気になれば」
言葉を繋いだのは辰生だった。
「空気中から炭素を取り出して、好きなように操ることも出来るんだろうと思います。でも、本人がそのことを知らないから、やらない。やらないから“代償”も少ない。逆に、それをやったら、大きな代償が来てしまう……」
「“最強の能力者”って呼ばれるのは、元々の能力が強すぎるからだろうね。だから、九割方セーブして使っても、普通より強い。しかもその上、『代償』までセーブされるから、他よりずっと長く使い続けられる」
と、黄佐。
「青尉は“代償が無い”わけじゃないんだ。“極端に少なくなってる”ってだけで。少ない代償で一騎当千の威力を持っているから――」
「――“最強”」
黄佐と辰生は顔を見合わせて、「納得」「いや本当」と頷き合った。
「代償とか最強がどうのこうのを抜きにしたって、元素に直接作用できる能力って今のところ確認されてませんからね」
と辰生。
「これが知られたら余計、狙われるようになりかねませんよ。――特に、ユウレカには」
黄佐は顔をしかめて天井を仰いだ。
「あー、だよねー。俺も今ユウレカへの対処だけが迷っててさー。星屑さんらは曲がりなりにも警察の一部になったから最悪放置しても大丈夫だし、M=Cさんにはいろいろと交渉の材料が揃ってるから問題ないとして。ユウレカだけがどうにもできないんだよねー。何かないかなー、弱みとか弱みとか弱みとか。研究機関ってことは機密情報がかなり多そうだから、それの一つや二つぽろっと手に入れることができたらこう、ね、煮るなり焼くなり好きなようにし放題なんだけどさぁ、何せガードが固すぎるじゃん? 一か所とっかかりがあればそこから潜り込めると思うんだけど、如何せん鉄壁なんだよなー、参ったなー。まぁ、今はそんなことどうでもいっか」
黄佐はあっさりと自分の言を翻して座り直した。
「朱兄、『
「あぁ、なんでも言え」
と、朱将はさも当然のように頷いた。『朱雀荒神』が自分の手足となってくれることはよく理解しているし、こういう状況下において、黄佐の指示以上に正確なものは無いとも知っている。
「まず、俺の考えを言うね」
と前置きして、黄佐は話し出した。
「今この状況は、青尉にとっては最悪だけど、同時に最大のチャンスであるとも俺は思うんだ。青尉がどう思っているかはさておき、俺と朱兄の望みって、青尉の安全を確保することでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「でも、ただの一時的な安全じゃ意味がない。青尉が能力者である限り、青尉は一生誰かに狙われ続けるかもしれない。そこで、俺らの望みを正確に言えば、“青尉の安全と自由が永続的に保障され、今後一切組織と関わらずに生きていけるようになること”だよね?」
朱将は胡乱げに首を傾げた。
「……それが、今なら出来る、と?」
「一応、チャンスではある。今関わってきている三つの組織――」
と、黄佐は指を三本立てた。
「――ユウレカ、M=C、星屑。この三つそれぞれに関して、恩を売る、あるいは弱みを握る。そうすれば、今後一切、青尉に関わらないことを約束させられるかもしれない――少なくとも、こちらの立場が強まることは確実だ。今この、戦争が起きるかもしれないっていう情勢下だったら、それが出来る」
黙って聞いていた朱将は、慎重に口を開いた。
「言いたいことは分かった。でも、そんな悠長にしてる場合か? 青尉は今、誘拐されてんだぞ?」
「うん、分かってる」
と、一転、黄佐は不安げに顔を曇らせた。
「正直、俺も迷ってるんだ。今すぐM=C第一支部に強襲かけて、青尉を助けに行ったほうがいいんじゃないかって。ただ――」
「ただ?」
「――まだ、M=C第一支部に青尉がいるって確定したわけじゃない。おそらくそこにいるだろう、ってだけだ。もしも違ったら、ただの骨折り損になる……まぁ、違ったとしても、もちろん、支部解放の手助けはするけどね」
これは不安げに話しを見守っている速美に向けた言葉だった。黄佐はちょっと微笑んでから、先を続けた。
「それとはまた別の話しとして……だとしたら、確定できるまで待たなくちゃいけない。そこに青尉がいるかどうか、確実に分かるタイミングは青尉が移送される時だ。けど、それまでただ待っているだけっていうのは性に合わない。だからその間に、出来ることをやりたいんだけど……」
不意に黄佐は、真剣な眼差しの中にすがるような色を滲ませた。
「……一か八かで今すぐM=Cを襲撃するのと、確定するまで待ってその間に青尉の立場を強める工作をするのと、どっちがいいと思う? 朱兄」
朱将は口をつぐんで、考え込んだ。黄佐の逡巡は手に取るように分かる。要するにこれは、未来のために一瞬だけ青尉を見捨てるか否か、という決断だ。
黄佐が目を伏せる。
「ごめん、朱兄。俺じゃ決められなくって」
「ああ」
「……どっちにしても、朱兄の責任にするつもりはないから」
「分かってる」
朱将は頷いた。
(そういや、澤城のおっさんいわく、責任なんてのは後付けの理由、だったな。……やりたいことをやりたいようにやれ、か。それなら……)
結論は出た。
「それなら、しっかりやり返すか」
「やり返す? ってことは?」
「工作でもなんでも、お前が考えてるようにやれ。その代わり、青尉の居場所が確定したら即座に動くぞ。……それでいいな」
黄佐は一も二もなく首肯した。
「うん、了解。それで行こう」
朱将と意見が一致したということは、間違っていないということだ。黄佐は、自分の意見に自信がない時は、朱将の直感と判断を何よりも当てにしている。そして、一度全幅の信頼を置いたら、どんな結果になろうとも決して恨んだりはしないのが主義だ。
(うん、大丈夫、朱兄の決断は俺の決断だ)
黄佐は一度深呼吸をした。
「よし、それじゃあ、これからのことなんだけど――」
と、黄佐が計画を話そうとした、その時だった。
「あ、悪ぃ、電話だ」
朱将が携帯を取った。良平だ。何か見つかったのだろうか。
「もしもし。――うん。――あぁ、そうか、分かった。そしたら……」と、電話口から顔を離して、「黄佐、うちを見張ってる連中がいたらしい。動画を撮ってるみてぇなんだけど、どう処理する?」
「動画? ってことは、リアルタイムで見られてるってことか……」
黄佐は少しだけ考えて、
「ねぇ、辰生くん」
「あっ、はい? 何すか?」
唐突に名前を呼ばれて、辰生は慌てて姿勢を正した。
黄佐がにっこりと笑う。
「動画の編集って得意?」
「はい、チョー得意っす!」
即答して、辰生もにっこりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます