☆6‐2
「悪ぃ、少尉! 待たせたな!」
辰生がやって来たのは、四十五分になる一分前だった。
(チッ、ギリギリで罰金逃れやがった……)
青尉は心中で舌を打つ。
辰生はぼさぼさの髪の毛を掻きまわしながら謝った。
「ほんっとゴメン。起きれなくってさぁ」
「はぁ? お前まさか、今の今まで寝てたのか?」
「うん」
呆れる青尉に、辰生は悪びれもせず頷いた。
「いやぁ、昨日の深夜の生放送、どうしても見たくってさぁ。あの人もともと開始時刻遅い上に、延長がんがんすっから、放送終わったの朝の三時だぜ? んで、寝ようと思ったら新着動画にめちゃくちゃ面白そうなの上がってくるしさー、見始めたらもう止まんないわけよ。でぇ、眠りに就いたのはぁ、なんと今朝の六時! そっから、いつも通り七時間睡眠したら、一時半だったと、そういうわけよ! 分かる?」
「いや、分かんねぇ」
青尉はきっぱりと首を振った。おそらくネットの話だろうとは思うのだが、あまり詳しくない青尉には内容の半分も理解できていなかった。
辰生は偉そうに人差し指を立てた。
「要するに、夜更かしして寝坊した、ってことだ!」
「じゃあ最初からそう言えよ」
「言い訳は全力でする! それが俺の主義だ」
「威張って言うことじゃねぇな……」
「まぁまぁ。あ、ほら、あれあれ、あの味噌饅頭!」
鈴美庵の店内を覗き、辰生が指差した。
「六個パックのでいーよ」
「……あぁ、はいはい、あれな」
青尉は辰生の言い方がずいぶん高飛車な件について一言言ってやろうかと思ったが、面倒臭くなって止め、素直に従った。
「ほらよ」
「うぇーいっ! さんきゅー少尉!」
喜色満面で受け取った辰生は、店を出るなりパックを開けた。さっそく歩きながら食べるつもりらしい。だらしなく頬を緩めた辰生は、まるでお菓子の家を前にした子供のよう。目がきらきらと輝いて、悪い魔女の存在など考えもしない。
ポテトチップスを食べるぐらいのペースで、饅頭が消えていく。彼は本当に甘党だ。それはもう、美味そうに幸せそうに食べている。
(……ほんと、美味そうだな)
最後の一個になった瞬間、青尉は横からそれを奪って口に放り込んだ。
「んむっ、あっ、ちょ、おい、何すんだよ少尉!」
「……あぁ、ほんとにうめぇなコレ」
「だろっ! 最高だよなコレ!」
理解された喜びに弾んだ声が、次の瞬間海底に潜る。
「って、そうじゃねぇよお前っ、何勝手に食ってんだよう俺の最後の一個~!」
「一個くらいいいだろ。遅れてきた罰だ」
「うぅ~……。少尉って甘い物好きなの?」
「嫌いじゃねぇよ」
「ふーん、そっか。何か意外」
「そうか?」
「うん、特にシュークリームとか、洋物あんまり似合わなそう」
「そう、か……?」
というかそもそも、似合う似合わないと好き嫌いには何か関係があるのだろうか。疑問に思った青尉だったが、それについて議論を交わすより先に、「まぁそんなことはさておき、だ」と、辰生が本題に入った。
「能力に関する話なんだけど……少尉はどこまで知ってるんだ?」
「どこまで?」
答えあぐねる青尉に、質問の悪さを察したのか、辰生は重ねて尋ねた。
「うーんと、七大組織は分かるよな」
「……何となく。名前だけは」
「じゃー、能力の発現条件に関する仮説は?」
「何それ?」
「能力の仕組みについての仮説は?」
「聞いたこともない」
「はい、じゃあ、今現在、日本国民の約何人が能力者でしょーうか」
「ええと……?」
青尉が半笑いで傾けた首が九十度に達するかというところで、辰生の方が音を上げた。
「約七十万人。全人口の〇・六パーセントくらいだよ。だいたい、二百人に一人って計算になる」
「へぇー、そうなんだ。初めて知った」
「本当に何も知らないんだな、少尉」
呆れたように言った辰生が、唐突に拳を振り上げた。
「よっし! そんじゃー、今日は俺が知ってること全部教えてやっから、心して聞けよ!」
「うーっす」
青尉は従順に頷いた。
辰生が尊大に腕を組み、講釈が始まる。
「まずは七大組織からだ! 『賢老君主』『マッド=コンクェスト』『ユウレカ』『
「あぁ、聞いた覚えはある」
「んじゃ、簡単な勢力図を説明すっぞ。まず、穏健派と過激派に分類できる。穏健派は『GPU』『足早運輸商事』と『JISコーポレーション』と『賢老君主』で、この四つはあんまり争いを好まない。ジープは、正式名称……なんだったかな。ぐろぉばる、さいきっくす、ゆにおん……っつったかな?」
青尉は、ひらがなで発音された文章を苦労して英語に変換した。
(ええと……global psychics union. 国際超能力者連盟ってところか? ……安直な名前)
「アメリカに本部がある国際組織だから、もともと派手なことはできないんだ。だから基本は傍観者。足早商事は完全中立。その名の通り、宅急便とか引っ越しとか、そういうので儲けてる会社だし。JISは、過激派連中から能力者の保護を率先してやってるんだ。慈善事業に近いかな。まぁ、ちょっとキナ臭いところもあるけど」
辰生が指折り数えながら特徴を並べ立てていく。
「で、一番食わせ者なのが『賢老君主』。政界・法界・教育界、あらゆるところに顔が利いて、戦闘以外のところで好き勝手やってる組織なんだ。まぁ、一番古参の組織だし、政治家とかばっかりで構成されてるから、当然なんだけど。異能力が公になって九年も経ってるのに、大っぴらに法律とかで規制されたりしてないのは、『賢老君主』が裏で操作してるからだ、って、もっぱらの噂だよ。国会の過半数はすでに『賢老君主』の能力者だって話もあるくらいだからな」
「へぇ……」
賢老君主イコール杜本先生とか神島先生のイメージしかない青尉にとって、その話はやけに大袈裟に聞こえた。
「んで、残りの三つが過激派だ。『マッド=コンクェスト』はご存知テロ組織、『ユウレカ』は研究組織、それも秘密主義で、『stardust・factory』は橋留さんを潰して警察に食い込んだ。まぁ分かるだろうけど、この三つは物凄く仲悪いよ。隙あらば潰そうって、狙い合ってる」
と、辰生は訳知り顔で腕を組んだ。
「『stardust・factory』通称、星屑さんな。星屑さんらは一番人数が少ないんだけど、戦い慣れててチームワークがいい。警察と手ぇ組んじまったからなー、今一番警戒されてる組織だよ。『ユウレカ』は、一般人と能力者で半々くらいの大組織で、異能力について研究を重ねてる。気に食わないのが、その研究成果をまったく外に漏らさないこと。それどころか、別の大学が独自に研究したこととか、買収したり無理やり揉み消したりするんだ。だから、能力に関する研究はまったく進んでないんだ。噂じゃあ、もうほとんど解明できてるって話なんだよなー、困ったことに」
居酒屋で不景気に嘆くサラリーマンのような重苦しいため息をつく辰生に、青尉は尋ねた。
「何が困るんだ?」
「だって、考えてもみろよ」
辰生は強い口調になった。
「能力の仕組みが全部解明できたらさぁ、人工的に能力者を増やしたり、能力の使用を封じる機械を作れたり、いろいろできるようになるじゃん。けっこう危険なんだよ。能力独占主義って」
「ふぅん……」
青尉は冷めた相槌を打った。
「……能力独占主義? ってなに?」
「えーっと」
辰生は慎重に説明を重ねた。
「さっき、七大組織を穏健派と過激派に分けただろ」
「うん、分けたな」
「それとは別に、組織ってのは能力解放派と能力独占派に分けられるんだ。『足早』さんは穏健派で解放派。『ユウレカ』は過激派で独占派。『星屑』さんは過激派で解放派、って感じ。異能力を一般に出来るだけ晒さないで、“特別なもの”として希少価値を高めたがるのが独占派。一般社会に生かしたり、能力者を増やそうとしたりするのが、解放派」
「えーっと……つまり、保守派と革新派、みたいなもんか?」
「政治的に言えば、まぁ、そうなるかな」
辰生が頷く。青尉は自分なりに理解して、理解できなかったところを率直に尋ねた。
「能力者を増やす、って、どういうことなんだ?」
「あー、それはだなぁ……」
辰生は口ごもった。
(うーんと……それを説明しようと思ったら、能力の発現の仕方について説明しなきゃなんないな……。M=Cの目的でもあるし……どこから説明すりゃいいんだろう? なんか、ぐちゃぐちゃになりそうだな)
もうすでに混沌となりつつある会話に、二人はそろって眉をひそめて、互いにそっぽを向いた。
車道側を歩く辰生は、ちょうど横切ったパトカーを目で追いながら手の中のプラスチックパックをもてあそぶ。
青尉はふと目線を落として、そこに猫がいたことを知った。少し後ろを付いてきていた灰縞の猫。視線を向けると、睨んだつもりはなかったのだが、猫はびくりと身体を震わせて、ぱっと路地裏に走り去った。
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